第 3 章 理論上の枠組み
3.2 構文文法及び認知文法
認知言語学では構文は形式と意味の組み合わせであるとされている (山梨2009: 156)。つ まり、構文が異なるのであれば、それは意味的にも異なると捉える。認知言語学における 構文に関する理論にはFillmoreら (1988) をはじめ、Langacker (1987)、Goldberg (1995)、
Croft (2001) 等が存在し、Croft (1999) によればそれぞれの構文文法の理論の概念は多少異
なるが、いずれも以下の4点で共通している。
1) Constructions are independent grammatical entities.
2) Constructions are symbolic units.
3) Constructions exist to varying degrees of schematicity.
4) Constructions are organized into a network of grammatical knowledge in the mind.
Croft (1999: 64 - 66)
換言すれば、いずれの構文文法の理論においても構文は独立した文法の実体であり、記 号ユニットであるとしている。また、スキーマ性が様々な程度で存在しており、ネットワ ークをなしていると捉えられる。構文は形式と意味が対となった記号であり、構文間はネ
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ットワーク構造を成して言語知識を構成する (森・高橋2014: 208)。構文に関しては、構文 文法に注目したGoldberg (1995) は、以下のように述べている。
(1) “…constructions―form-meaning correspondences that exist independently of particular verbs. That is, it is argued that constructions themselves carry meaning, independently of the words in the sentence.”
Goldberg (1995: 1)
Goldberg (1995) では、構文の多義性 (constructional polysemy) に関して、英語の二重目
的語構文 (Ditransitive) は、基本的に動作主から受領者への対象物の移送 (transfer) の成功 に関わっている構文であるが、その構文のままで異なる動詞と組み合わせ用いる際、多義 性を持っており、同一の構文として複数の意味を持っているとされている。Goldberg (1995) は、二重目的語構文の多義性に関して以下のように指摘している。
二重目的語という形式には、体系的に関連し合う一連の意味が結びついており、互 いに関連し合う複数の異なる意味が同一の形式に組み合わされた「構文の多義性」
の一例であるとみなされる。
Goldberg (1995: 33) [河上他 (訳) 2001: 46]
このような構文の多義性が生じた理由について、Goldberg (1995: 33) は二重目的語構文 で表われる実際の移送の成功の中心的意味が起点領域 (source domain) としてメタファー 的に拡張されたことによるものであると指摘している (河上他 (訳) 2001: 47)。
Goldberg (1995) は動詞の項構造構文を取り上げ、動詞と構文が融合していると捉えられ
ると主張している。Goldberg (1995) の構文文法においては動詞の「参与者役割」(participant
roles) を重視しており、参与者役割は構文に結合する「項役割」(argument roles) とは区別
しなくてはならない (Goldberg 1995: 43 [河上他 (訳) 2001: 59])。Goldberg (1995) は動詞の プロファイルされる参与者役割と構文でのプロファイルされる項役割が融合 (fusion) し て1つの記号ユニットとして示されるために、ボックスで表示して説明している。典型的 なのは、動詞の参与者役割と構文の項役割が一致している場合であり、二重目的語構文 (ditransitive construction) と動詞 ‘hand’ の結合の例で見られる。動詞 ‘hand’ は ‘hander’ ,
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‘handee’ , ‘handed’ の3つの参与者役割がプロファイルされる。二重目的語構文を以下の図
3-1で示す。
図3- 1 Goldberg (1995: 50) による二重目的語構文
図3-1で示すように、二重目的語構文では動作主 (agent)、受領者 (recipient)、対象(patient) という3つの項役割がプロファイルされている。Goldberg (1995: 51) は以上の対応関係に ついて以下のように説明している。
構文は、どの役割が動詞の参与者役割と義務的に融合しなければならないかも特定 する。融合が義務的な場合、項役割と動詞の参与者役割の間を実線で結んで表示す る。動詞の参与者役割との融合が義務的でない役割、つまり構文によってもたらさ れる項については、破線で表示する。
Goldberg (1995: 51) [河上他 (訳) 2001: 67]
図3-1では、二重目的語構文と動詞 ‘hand’ が融合すると、以下の図3-2で示すように、
構文の項役割と動詞の参与者役割が一対一対応の関係になる。
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図3- 2 Goldberg (1995: 51) による ‘hand’ を二重目的語構文と融合した合成構造
以上のような事例は典型的な例であるが、Goldberg (1995) は役割のプロファイルが一致 していない動詞 ‘sneeze’ の事例も取り上げている。動詞 ‘sneeze’ は ‘sneezer’ の単一の参 与者役割のみプロファイルされている。それが移動使役構文 (caused-motion construction) に結合されると、以下の図3-3になる。
図3- 3 Goldberg (1995: 54) による ‘sneeze’ を移動使役構文と融合した合成構造
図3-3で分かるように、動詞 ‘sneeze’ の場合、自動詞であり、1つしかない参与者役割 である ‘sneezer’ (くしゃみをする人) のみプロファイルされる。一方、移動使役構文は「原
因」(causer)、「移動するもの」(theme)、「移動先」(goal) の項役割を持ち、そのうち「原因」
と「移動するもの」は義務的な項である。動詞 ‘sneeze’ は移動使役構文と融合すると、「移 動するもの」と「移動先」の項役割が構文によって与えられ、それぞれ構文の目的語 (OBJ) と斜格 (OBL) として成立する。その結果、以下に示すような表現が構成され、認可され る。
72 (2) He sneezed the napkin off the table.
Goldberg (1995: 55)
認知文法はLangacker (1987, 1991, 2000, 2008) によって提唱された理論である。Langacker の認知文法は生成文法と異なり、語彙・文法・意味が完全に分離されるのではなく、それ らが連続体をなすと捉える。また、認知言語学のアプローチでは、人間は、伝達の場にお いて繰り返される言語パターンを定着させていくという慣習化の能力を持っており、この 能力により、繰り返される言語パターンはやがて慣習化され、自動化された単位として成 立する (山梨2009: 32)。認知文法は、生成文法と異なり、使用基盤モデルをとるため、「規 則」は具体的な使用事例にあるものであり、実際の言語使用からボトムアップ的に抽出さ れるスキーマとして存在する (坪井2013: 282)。更に、認知文法では、語より大きなレベル の句スキーマや構文スキーマも語と全く同じに形式と意味が対になった記号であり、その 意味で文法のレベルから文のレベルに至るまで、その全体が記号的なものとされる (坪井 2013: 282-283)。
認知文法では、言語知識が「慣習化された言語記号の体系的な目録」である (Langacker
1987: 57 [ 尾谷・二枝2011: 78] )。すなわち、語彙や構文はネットワークとしての「体系的
な目録」という形に形成される。一例としてLangacker (2000: 34) による英語の二重目的語 構文のネットワークが挙げられる。
図3- 4 構文と語彙のネットワーク(Langacker 2000: 34)
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図3-4の左側の円は二重目的語構文の構文スキーマにおけるネットワークであり、右側 の円は ‘send’ の語彙のネットワークである。「V NP NP」の二重目的語構文は物の位置や 所有の移動を表す動詞が用いられており、その中で ‘give’ や ‘send’ が使用頻度が高く定 着度も高い (太線)。これにより、両方の語彙とも「give NP NP」や「send NP NP」という 特定の構文スキーマが二重目的語構文の構文ネットワークにおいて成立される。
本研究では「構文文法」及び「認知文法」の理論を枠組みとして日本語とタイ語の授与 動詞の多機能性は構文間の関連性を持っており、構文のネットワークを構成していると捉 える。この枠組みを構文的アプローチと呼び、これに従って考察を行う。