日本 YWCA は、マクドナルドを総幹事とし創立委員会を中央委員会と改称、その後ローカ ル YWCA としての東京 YWCA の組織に着手した。東京 YWCA は 1905 年 11 月 25 日発会式をも って創立され、その様子は東京朝日新聞に次のように報じられている。
本日午後 1 時 大隈伯爵邸に於いて発会式を挙ぐ 次第次の如し 祈祷 △開会の辞 津田梅子 △挨拶 矢島揖子 ミス・マクドナルド
△基督教女子青年会に就いて 元田作之進 △演説弁士 伯爵大隈重信 江原素六 成瀬仁蔵 フィッシャー1
大隈伯爵邸庭園での開催の経緯を記したものに行き当たらず、キャロライン・マクドナ ルドの伝記『東京に白い天使』の記述が、現時点での唯一のものであった。
大隈は自由主義者で、キリスト教に寛容であった。キャロライン、津田梅、河井道が 大隈に助力を求めたとき、彼はこの園遊会の主人役を務めることを喜んで引き受け、彼 自身が客を迎えることにも賛成した。残念ながら病気のために彼はその役目を果たせず、
祝辞をおくるだけになった2。
大隈の好意により開催された発足会は、津田梅子の開会の辞、マクドナルドの挨拶、矢 島揖子の推薦の言葉の後、立教中学校校長の元田作之進(日本聖公会初代邦人主教)の演 説と、東京 YMCA 理事長の江原素六(衆議院議員/麻布中学校創立者・校長)、と日本 YMCA 同盟協力主事フィッシャー(夫人は日本 YWCA 初期中央委員の一人)らの祝辞が述べられた ようである。大隈が YWCA とこのような関係性を持っていたことを示す資料もなかなか見い だせない状況であるが、職員記録版の年表に、日本 YWCA 創立委員会の発起委員の関係者の 中に、子爵青木周三氏、同夫人、鳩山春子、山本達雄(日本銀行総裁)夫人、らの名前と 共に伯爵大隈重信の名が記されている3。津田梅子や友人である大山捨松などの人脈であ るのか、大隈自身は成瀬の日本女子大学校の創立委員長を務めるなど、女子教育への関心 を少なからず持っていたといえ、その大隈が、アメリカや、カナダから派遣された YWCA 幹事と、津田や河井を始めとする新しき事業に立ち向う、先進的な女性たちが掲げる新し
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い女性像に関心を持ち、庭園を提供することで、YWCA を支援する意思を表したのではと推 測するが、この経緯に付いては今後の課題とする。
華々しいスタートを遂げた東京 YWCA であったが、その最初の委員4は以下の人々であっ た。
会長:津田梅子
副会長:バック(Mrs. Buck)米公使夫人 会計掛:小畑続枝(久五郎5夫人)
記録通信掛:河井道子
委員:岡田みつ子(東京女子高等師範教授)、本多貞子(庸一6夫人、青山女学院教師)、 鈴木うた子(女子学習院教授)、長尾みな子(半平7夫人)、川島芳子、新渡戸万里子(稲 造夫人)、岡見けい子、今西糸子(鎌三夫人)、小室美恵(三吉8夫人)
東京 YWCA の運営方針を定め事業を推し進めた委員は、津田梅子とつながりを持つ女性教 育者や、キリスト教界の指導者、政財界で活躍する夫を持つ婦人たちであった 。日本 YWCA はホイットマン委員長を始めとした外国人主導による運営であったことはすでに述べたが、
これに対し東京 YWCA は日本人女性による運営であったといえる。日本 YWCA はナショナル YWCA として機関誌の刊行と学校 YWCA の組織を担当、発足の翌年には第 1 回学生夏期修養 会を開催(28 校 165 余名の参加者)するなどの活動を展開した。一方、東京 YWCA はロー カル YWCA として、地域課題へ対応する事業に取り組んだ。まず手始めの事業として、借家 での学生寄宿舎を開設、その後土地を購入しての、寄宿舎事業を展開した。当初、日本 YWCA と東京 YWCA は共にマクドナルド(A. Caroline. Macdonald)が総幹事(事務局長)を務め、
事務所も麹町土手三番町十五にあったマクドナル宅内に併置されており、外部からはほと んど一つのものと見られていた9 。しかし、当初の混然一体とした状況は徐々にそれぞれ の役割を追求していく過程で整えられていった。東京 YWCA は、ローカル YWCA として地域 的課題に向き合い、学生、家庭婦人、有職婦人を対象とした①寄宿舎事業、②社会事業、
③教育事業などを展開していったのである。
51 第1節 初期東京 YWCA の事業
1.寄宿舎事業
日本の 20 世紀は女子教育で始まるといわれるように、津田梅子の女子英学塾(1900 年)、 成瀬仁蔵の日本女子大学校(1901 年)を始めとする女子の高等教育が盛んとなり、地方か ら多くの女学生が上京していた。学校が腐心していた安全な住まいとしての寄宿舎の不足 に対し、東京 YWCA は自らの最初の仕事として寄宿舎事業をおこなった。1906 年に小石川 区水道町 28(現在の春日辺り)に二軒家を借り、学生の寄宿舎を開設したのである。その 後、英米加 YWCA の寄付により、牛込区納戸町 45(現在の新宿区納戸町)に土地を購入、
第 1 寄宿舎を設置(1908 年)、翌年には小石川区水道町の土地を購入、寄宿舎を改築し第 2 寄宿舎とした10 。納戸町の寄宿舎の落成式には、文部大臣小松原英太郎、大隈伯爵、新 渡戸稲造らが来賓として祝辞を述べたと記録されている11。こうした動きは、海外からの 寄付のみで実施されたわけではない。マクドナルド総幹事や外国人委員による実践的な指 導としてキリスト教関係者や篤志家への寄付を依頼する行動や方法に戸惑いながらも、日 本の委員たちは募金活動の方法を学び、積極的に取り組み事業を展開していた。
1915 年、国内で集められた募金と米国大学生、英国女教師会、カナダ YWCA からの寄付 金とによって、東京 YWCA は自前の会館を神保町に建設したのである12。東京 YWCA 神保町 会館は、東京 YWCA 事務所のほか、体操場を兼ねた集会場や教室、日本間、図書館、食堂な どがあり、会館の 3 階部分には一般女性のための寄宿舎13 が設置されていた。また会館 内には日本 YWCA 事務所も移転してきた。その他、夏の期間、避暑のため 1 泊 20 銭で宿泊 できた鵠沼海岸での女子休養所(1916 年)や職業婦人のための夏期休養所を鎌倉に設置
(1919 年)するなど、青年女子や婦人の休養や会合場所としての施設を作り、学生や働く 若い女性たちの休息の場とした。事務所と事業のための会館、女子学生から一般女性にま で対象が広がった寄宿舎、そして日常生活を離れひと時の休息をとる場所としての休養所 は、学びの場として、また学業や労働に向かう若い女性の安全な生活の場、休養の場であ った。寄宿舎では、「規則を厳しくして束縛するようなことはせず、出入時間その他二、三 のほかは、友愛的共同生活に導く」14 精神の基に運営がなされていた。彼女たちが個と してまた社会人として学び成長する機会がそこにはあり、施設は教育的な意図を持って運 営される事業であった。同時に施設は自営を原則とし、東京 YWCA の財政を担う役割も持つ 事業として展開されていた。
52 2.教育事業
1915 年、東京 YWCA は自前の会館を持つに至り、商業簿記、珠算、実務などの女子計算 員養成科の新設のほか、体育部、宗教部、教育部の新設、女中夜学校の開講など、会館で の教育事業を広く展開していった。こうした教養教育や専門的職業教育は学校的な教育事 業であったが、もう一つの教育事業が開始された。それはグループワークを基礎とした自 治的集団活動である「クラブ」と呼ばれるものである。クラブの実践を通し、若い女性た ちの人格形成、人間教育を培うことを目的としていた。1915 年学生を対象としたクラブが 開始され、1919 年働く若い女性の最初のクラブである BG(ビジネス・ガール)クラブが発 足した。これは鉄道局勤務の女子従業員たちのクラブで「勇泉クラブ」と呼ばれた。引き 続き、女子学生に至らぬ年齢の少女たちには少女部クラブ、学校卒業後、職業に付かず家 にいる「家庭青年」と呼ばれた女子青年のクラブが作られた。グループワークを基礎とし た自治的集団活動である「クラブ」の実践を通し、若い女性たちの人格形成、人間教育は どのように培われたのであろうか15。少女、学生、BG、家庭青年と年齢や所属の違いによ ってクラブは構成されている。クラブはクラブ毎の活動と、全クラブの連合体としての活 動がある。各クラブの活動はクラブ員の興味や関心によりプログラムが企画運営される。
それはクラブ員の話し合いが基礎となり決定される。クラブ全体としての活動は、聖書研 究や各種講座、レクリエーションなど年齢に応じたプログラムへの参加や、東京 YWCA 全体 で実施される社会奉仕活動とその資金づくりなどがある。
こうした取り組みは各クラブで話し合いを重ね、各クラブ代表はクラブで出された意見 を元に全会での協議を重ね、内容を決め運営の責任を持ち実施に向き合う。クラブ員は、
話し合いと協力による自治的集団活動の経験に含まれる人間教育的な影響を受け、その人 格形成を促すことになる。YWCA の委員会や会議においても自治的集団活動による組織運営 がなされている。クラブの活動を通して成長するクラブ員は、YWCA 運動を担う「会員」と しての育成が同時に実施されているとも言える。
3.社会事業
日露戦争から第 1 次世界大戦にかけての日本の近代産業の目覚しい発展は、その背後に 過酷な労働と貧しさの中に閉じ込められた労働者を生み出していた。特に「女工」と呼ば れた女子労働者の状況は大きな社会問題となっていた。東京 YWCA はこうした問題に取り組