• 検索結果がありません。

東京YWCA館外事業

「地の塩」終刊号

*1 名称については原文表記を使用、漢字・ひらかなは、当用漢字・語句を使用した

*2 事業実施順を優先した

(東京 YWCA 機関誌『地の塩』より作成)

90 第 2 節クリスマス奉仕から「私共の家」設置へ

1.クリスマス奉仕

日露戦争以後、徐々に日本の経済状況は厳しさを増し、第 1 次世界大戦後の深刻な不況 は、一般市民の生活を脅かしていた。新会館が竣工した 1929 年は、ニューヨーク株式相場 大暴落による世界大恐慌が始まった年でもあり、東京市には「細民」が 30 万人14ともい われた時代である。こうした状況に対して、東京 YWCA は会館再建の翌年、細民地区に対す るクリスマス奉仕計画を企画した。

世を挙げて不景気を嘆じ、彼処に此処に失業と飢餓の声迫り、年の瀬と酷寒との前 に慓え戦く多くの同胞が巷に満ちている昨今の状況を見る時に、私共にも亦、なす べき何かの責任が与えられている事を感じないでは居られません。例年は各部任意 に各種の奉仕をして参りましたが、今年は特にその意味から、全体が一つの事に向 かって動くことにいたしました15

それは、東京 YWCA 会館近辺の子供クリスマス祝会や贈り物をするというような、例年の 取り組みとは趣の異なる奉仕計画であった。奉仕委員会は、候補地として押上方面、小石 川区氷川下町及白山御殿町、牛込榎町、巣鴨町水久保、荏原町蛇窪、千住町五丁目付近を 挙げている。

その道の専門家より、比較的社会事業の施設薄く又 YW として取扱うに適したところ として提唱されたところですが、これらの地区に対しては 22 日迄に各部にて詳細に調査 の上取捨し或いはその実情に応じて奉仕案が立案される事に成っています。

その上で各部に責任を分けて年末に際してそれぞれの計画が遂行される筈になっていま すので確定的なことを申し上げる事は出来ませんが、子供の為のクリスマス祝会贈り物、

母の会福引、病人老人への見舞、古着市あるいはその贈呈という様な事が腹案としてあ ります。この資金は宗教音楽会の純益を以て当度い計画ですが、少なくとも 4 百円を必 要といたします16

各担当委員及び職員たちは実情を探るため、現地の実地観察と共に、方面委員事務所17

91

役場、交番、警察また地域の社会事業団体、例えば、白山御殿町の聖ステパノホーム18な どを訪ね関係者と面会、各機関の調査や実情の情報収集と共に、どの様な働きを行うべき かの相談打ち合わせを行った。『地の塩』には調査の様子が次のように報告されている。

夕闇迫る百軒長屋の足もと危うい溝板の上に、ドン底生活の足場を踏みしめる者、日 の光も通はぬ室の中に我人ともに尊しとする生命の息吹に、満ち充てる胸押されて今更 ながら吐息を久しうする者、その一人一人の報告は想像以外の数多くの事柄が山々です。

病魔に犯されて日々に消え行く姉娘を看り乍内職する母、その母を助けて自分も倒れた 妹、しかも今は其姉は亡く母も病臥し、母子枕を並べて餓死を待つ。七十歳近くして半 身不随の妻を抱へ大工を職となすも月四円にも充てぬ収入、それも有る無しの現状。三 児を懐く若き母、青物行商をなししが去月以来病臥、等々書いたら皆書かなければなら なくなります。

隣人の悲惨な態をみて私共は腕をつかねている事が出来ませうか、寸時も安閑として いられません。この時に当って女子青年会が例へ微力でも奉仕できることを喜び感謝し ます。一人の小さい力も 1500 の会員の団結となります。私共会員は強く立ってゆきませ う。キリストの愛の実行者となりませう19

奉仕委員会は、YWCA 会員たちに向け、自らの日常生活の中では想像すら出来なかった現 実の厳しさを前にし、胸潰れる想いを味わいつつ、行動を起こす呼びかけを行った。また 千住や白山御殿町の地域の様子を示す写真や家族調査の事例などが『地の塩』誌上 2 回に わたり掲載報告され、「クリスマス奉仕」は始まった。

十二月二十二日南千住方面に出かける事になりました。その日は特別に寒く、空はど んよりとして雪空でした。交番で大体の見当を聞いて其の目指す家を探しに行きました が、容易に探せません、その家族は娘が奉公に出て其の給料の一部と、親戚から送られ る毎月の御米で生活しているのだそうで、前の家族に比べていくらか有福 らしいものを 見て安心しました。けれ共、前の家族を訪ねた時も、そうでしたが、同じ軒続きの同じ 様に貧しい人達の様子を見ては、私達がここへ来て少しでも人の為に尽した、と云うよ りも、貧しくて救われねばならないまだ多くの人を見せられた様な気がして、却って、

苦しく思われました。

92

十二月二十四日各部の方々十四五名と白山細民街に配給に出かけた。横丁をうねう ねと辿り聖ステパノホームに一先落付いた。別れ別れに受け持った家に古着とお米の引 換券を配った、送られた人達は大喜びで幾度もお礼を述べられるので非常に恐縮したが この深い彼等の感謝を皆様どうぞ覚えて下さい。キシキシと鳴る溝板を気にしたり、干 物をよけて通ったりする程それは私共の想像の及ばない状態だ。家の込んでいる関係か、

学校が冬休みの為か非常に子供が大勢いるのを見かけた。物珍しさに付きまとう鼻をた らした子供、おできの出来た子供、皆無心の愛くるしさを持っていた20

「クリスマス奉仕」は、困窮を極めている人々を助けることを目的として実施された。

具体的な支援としては、警察の調査を基として千住 27 家族 134 人、聖ステパノホームの協 力によって調べ出された小石川白山御殿町 21 家族 96 人に対し、年内一人平均一日米一合 を一週間分配給し、同時に会員から集めた古着や玩具 993 点から、その家族に適したもの を選び届けた。

この「クリスマス奉仕」は、取り組みの過程で、奉仕範囲を広めた方が良いとの意見に より、配給から廉売へと奉仕の方法が変わった。それまでの配給者には、廉売価格の半価 で分ける事とし、奉仕期間は翌 1931 年 3 月まで延長された。最終的には 1,920 名に対して 1升 10 銭で白米 145 俵分を廉売、他に木炭 50 俵、古着なども廉売や配給が計 8 回行われ た。何度となく廉売や配給のため、東京 YWCA の学生部、少女部、家庭婦人部、有職婦人部 全ての会員が何らかの形で関わり「細民地区」へ通うことになったのである。

2.白山御殿町における「私共の家」の開設

「クリスマス奉仕」から始まった、東京 YWCA による白山御殿町との関わりは、一時的な 奉仕活動から継続的な活動へと変わっていった。1931 年度の有職婦人部年間報告21中に、

毎週水曜日白山御殿町で出張集会が行われている事が記載されている。こうした会の為に 白山御殿町に間借りがおこなわれていたようだ。「私共の家」への引っ越し記事22の中か らそれは読み取れるが、その期間(1931 年 10 月~1932 年 6 月)についての詳細な記事は 無い。東京 YWCA 幹部委員会 の記録によると、「勤労婦人のために移動講習を 10 月以降開 く事を計画している」23との労働婦人部の報告がある。また 11 月幹部委員会には「白山 御殿町細民街ステパノホームに於いて労働婦人の為のクラブを開いた。現在 8 名くらい出 席。今後も続ける筈」24との報告がなされている。これらから、10 月よりステパノホーム

93

に間借りし、女工たちのクラブを始めたことが分る。

では、なぜ東京 YWCA は、白山御殿町で女工たちのクラブを始めたのであろうか。その背 景について考えてみたい。

日本の YWCA は設立当初から、女子工場労働者に対する働きかけを使命と考えていた。し かしその実現は容易ではなく「工場講話会」や「工女慰労会」などを行っていたが、労働 条件の厳しい工場労働者の自主的活動を生み出すには至らなかった 。1927 年日本 YWCA 同 盟は労働調査部第 1 回委員会(委員長:志立タキ、幹事:正田淑子25)を開催、1930 年 2 月、名古屋ルーテル教会の 2 階を借りて、名古屋インダストリアル・センターを設置し、

女工教育、労働事情の調査に着手した。そして同年 5 月名古屋千種町に一軒家を借り、婦 人求職者のための宿泊施設事業を始とする「友の家」事業を開始した。その他、有職婦人 部担当幹事(職員)の全国研究会なども開催され、全国的な取り組みが展開されていた。

東京 YWCA においても 1929 年労働部の活動開始が決議され26、1930 年には工場世話係、

監督の講習会、大井町新興毛織における定期的な事業、工場調査(神田、牛込、小石川)

などが開始されていた。この調査には、日本女子大学社会事業学部の学生が実習に来てい たとの記述も残されている27

全国の YWCA の幹事(職員)たちによって行われる幹事研究会において、東京 YWCA は「女 工余暇時間の利用を研究する為調査票に基き調査」「大井町の女工教育のため適当な組を開 始」を希望しており、以下の労働部方針を掲げた。

全ての婦人の正しき成長を希ひ労働に従事する女子の人格を尊び、社会人として正し く起つことの出来る様、女子労働者の教育を持って目的とす。故に女工現在の生活状態 及び其の要求を正しく知り工場労働者と密接なる関係を有する農村問題をも研究し、労 働者教育事業を為す事28

東京 YWCA のこのような方向は、クリスマス奉仕を扱った『地の塩』第 36 号、37 号紙面 上にも「現下の工場婦人を視つつ」「労働統計実地調査報告を見て」「工場世話係り教育会 から」「労働組合法について」「工場の集まりから」「区内工場内の女工就業状態調査に就い て」などの記事掲載からも裏付けられる。

東京 YWCA が女子工場労働者に向け、労働者教育事業を為さんとした時「クリスマス奉仕」

で白山御殿町に出会うのである。