第 5 章 本研究の方法論
② 統語論的な手続きによって形成される動詞
5.3. 本研究の方法論
「彼は最近、新聞に記事を書いている。」
これらの例に現れる jaz-「書く」は、「動作動詞」に属する。しかし、各補助動詞形式の
「主動詞の意味的なタイプ」としては、異なるタイプに分類される。まず、最初の例の jaz-は、《主体の活動動作を表わす動詞》にはいるが、次の例の場合、《主体の長期活動動作を 表わす動詞》にはいる。jat-の場合に現れる jaz-は、従属節を伴って、その場の母の動作を 表わしている。すなわち、ある時点での個別的な動作を表わしているのだ。これに対して、
jür-の場合に現れる jaz-は、特定の個別的な状態ではなく、新聞に書かれていることが表わ されている。
このように、同じ動詞であっても、組み合わさる補助動詞の種類によって、その動詞の 意味の異なる側面が発揮され、「主動詞の意味的なタイプ」は必ずしも同じタイプにはいる というわけではない。
5.3.2 .動詞の分類方法
ここでは、本研究で採用した動詞分類について簡単に述べておく。本研究で、次のよう な手順で動詞の分類を行った。
まず、各補助動詞形式ごとに「主動詞の意味的なタイプ」を取り出す。これは、前節で 述べたように、あるグループの語に共通の語彙的な意味のことである。この「主動詞の意 味的なタイプ」は、繰り返しになるが、各補助動詞形式との関係の中でのみ明らかになっ てくるものである。
次に、取り出された「主動詞の意味的なタイプ」から、動詞全体がいくつかの種類に分 けられることが確認できる。これらは、大きく「動作動詞」、「変化動詞」、「状態動詞」、「内 的感情動詞」の 4 つのグループに分類される。これらの動詞は、主体の動作か、主体の変 化か、主体の状態か或いは主体の内面的な状態かという意味特徴によって、分類されてい る。以下、それぞれの分類について、説明しておく。
「動作動詞」とは、主体の動きの側面を表わす動詞である。たとえば、ayt-「言う」、
oku-「読む」、oyno-「遊ぶ」、izde-「探す」、ište-「働く」、je-「食べる」、süylö-「話す」、kïl-「や る」、küt-「待つ」、jaa-「降る」などは、「動作動詞」である。現代キルギス語の動詞の多く がここに属している。
「変化動詞」とは、主体の変化の側面を表わす動詞である。これらの動詞の場合、動作 が終わった後、主体の状態が変わることになる。しかし、「変化動詞」の中に短い時間で変
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化する動詞と長い時間をかけて変化する動詞がある。たとえば、前者にはačïl-「開く」、
jïgïl-「倒れる」、öl-「死ぬ」、tol-「あふれる」などがあげられる。これに対して、後者には
agar-「赤くなる」、tünör-「暗くなる」、alïsta-「遠ざかる」、köböy-「増える」、などのように徐々 に変化するものがあげられる。
しかし、これらは、全ての動詞がこの2つの分類にきれいに分けられるとは言いにくい。
たとえば、jaša-「生きる、暮らす」は、具体的な動作を表わさないが、長い期間にわたる主 体の動きを表わす。したがって、このような動詞は、「動作動詞」に属する。この他、「動 作動詞」には、主体の言語活動、視覚・視聴活動を表わす動詞(たとえば、ayt-「言う」、
kara-「見る」、など)もはいる。その他に、主体の移動を表わす動詞ket-「行く」、kel-「来
る」、uč-「飛ぶ」などは、主体の動きを表わすと同時に、主体の変化も表わす動詞でもある。
本研究では、主体の動作という点に重視して、これらの動詞を「動作動詞」に入れて考え ることにする。
「状態動詞」とは、主体の状態を表わす動詞である。ここには動きと変化をともなわな い現象を表わす動詞がはいる。ここには、存在の意味を表わす場合のjat-「居る」、jür-「居 る」、主体の空間的な関係を表わす kurča-「囲む」、kamtï-「含む」、ěěle-「占める」、
sozul-「伸びる」、などのような動詞がはいる。
「内的感情動詞」とは、主体の内的な感情を表わす動詞である。これらの動詞は、人の 思考(oylo-「考える」、bil-「知る」、sez-「感じる」、išen-「信じる」、tüšün-「分かる」、な ど)や感情(kork-「怖がる」、azap ček-「苦労する」、keyi-「悩む」、kapalan-「悲しむ」、な ど)、そして、人の評価的な態度(čarča-「疲れる」、čïda-「我慢する」、sïymïktan-「誇りに 思う」、など)、つまり、人の心の動きを表わす動詞がはいる。
本研究の動詞の分類は、キルギス語の jat-、tur-、otur-、jür-の各補助動詞形式のアスペク ト的な意味を明らかにする上で、必要である。上述した「動作動詞」、「変化動詞」、「状態 動詞」、「内的感情動詞」の4つのグループの動詞にjat-、tur-、otur-、jür-が後接すると、な んらかのアスペクト的な意味が生じる。
まず、「動作動詞」によって〈動作の持続〉、「変化動詞」によって〈変化の結果の状態〉
というアスペクト的な意味が表わされる。しかし、これらのアスペクト的な意味は、一定 の語彙的・文法的な条件の下では、「動作動詞」が〈変化の結果の状態〉の意味を表わし、
「変化動詞」が〈動作の持続〉を表わす場合がでてくる。更に、キルギス語の場合、動詞 の語彙的な意味だけではなく、各補助動詞形式の種類によっても、アスペクト的な意味が 異なる場合があり、非常に複雑に相互に絡み合っている。
なお、「状態動詞」と「内的感情動詞」に各補助動詞が後接する場合、基本的に〈状態〉
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という文法的な意味を表わすが、本研究では主動詞の意味的なタイプによって、〈状態〉の 意味を更に細かく分けている。
キルギス語の場合、日本語と異なり、いくつかの補助動詞形式が使用されるので、それ ぞれの補助動詞形式の場合にでてくる動詞のタイプが異なる。たとえば、「動作動詞」は、
4つの各補助動詞形式いずれとも組み合わさることができる。しかし、それぞれの補助動詞 形式によって、「動作動詞」のタイプの偏りがみられる。本研究では、具体的にどのような 偏りがあるのかを確認する。
以上、本研究に取り入れた動詞の分類について説明した。まとめると、まず、各補助動 詞形式の場合に現れる「主動詞の意味的なタイプ(動詞のカテゴリカルな意味)」を取り出 し、タイプ化していく。これらの主動詞の意味的なタイプは、大きく 4 つの動詞の種類か ら成り立つ。つまり、動詞全体を対象とする動詞の分類(4つの動詞の種類)とそのある一 つの類の中にみとめられる小さな動詞類(「主動詞の意味的なタイプ」)が存在するという ことである。本論文の記述の際に、まず動詞全体の動詞の種類を示してから、「主動詞の意 味的なタイプ」について記述していく方法を選ぶ。
5.3.3. 文中での他の要素
ここでいう「文中での他の要素」というのは、副動詞接尾辞、補助動詞の形式、名詞の 種類、副詞相当句や後置詞句、文の成分等と各補助動詞の関係を指す。補助動詞の文法的 な意味は、このような文中での他の要素によって、他の文法的な意味に移行してしまうこ とがしばしばある。以下では、各補助動詞と共起する名詞の種類や副詞相当句、後置詞句 等について説明する。
(1) 共起する名詞の種類
26ここで取り上げる名詞の種類は、キルギス語の jat-、tur-、otur-、jür-の各補助動詞形式の 用例を考察する上で参考にする。
名詞は、大きく具体名詞、抽象名詞、現象名詞に分けられる。以下、それぞれについて 簡単に例をあげながら、説明しておく。
具体名詞(物名詞)
人名詞:adam「人間」、mugalim「教師」、kuday「神」、mamleket「国」、など
26 名詞の種類を考える際に、国立国語研究所(2004)『分類語彙表-増補改訂版-』を参考にした。
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動物名詞:at「馬」、koy「羊」、uy「牛」、took「鶏」、mal「家畜」、など 物名詞:kitep「本」、tereze「窓」、kiyim「服」、avtobus「バス」、など
場所名詞:mektep「学校」、aškana「食堂」、Biškek「ビシケク(地名)」、など
抽象名詞(事名詞)
一般的抽象名詞:madaniyat「文化」、maani「意味」、masele「問題」、など 動作性名詞:okuu「勉強」、iš「仕事」、keb「話」、など
行事名詞:soguš「戦争」、šayloo「選挙」、mayram「祭り」、など
時間名詞:kün「日」、kündör「日々」、jïldar「年月」、ubakït「時」、など
現象名詞
jaan「雨」、kar「雪」、šamal「風」、jaš「涙」、など
(2) 共起する副詞相当句
補助動詞の文法的な意味は、文中に現れる副詞相当句や後置詞句などによって、他の文 法的な意味に移行してしまうことが多々ある。ここでは、本研究で扱う「副詞相当句」に ついて簡単に説明しておく。
まず、本研究でいう「副詞相当句」は次のようなものである。
辞書などに「副詞」として載っている tez「早く」、daroo「すぐに」などのような質や様 子を表わす副詞、köp「沢山」、biz az「ちょっと」などのように量や程度を表わす副詞、
azïr「今」、jaŋï ěle「ちょうどさっき」などのように時間を表わす副詞以外にも、様々な要 素が文中で連用修飾語として機能する場合がある。いくつかの語がつながって、全体とし て副詞と同じような働きをするものも含めて「副詞相当句」と呼ぶことにする。たとえば、
次のようなものがあげられる。
擬声語・擬態語を表わすもの:
・ barkïldat-ïp kaynat-ïp jat-a-t グツグツと 煮る-CVB jat-PRES-3
「グツグツと煮ている」
・ kürs-tars ět-ip urgula-p jat-a-t ドンドンと 叩く-CVB jat-PRES-3
「ドンドンと叩いている」
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移動動作の方法を表わすもの:
・ arï-beri bas-ïp tur-a-t あちこち 歩く-CVB tur-PRES-3
「あちこち歩いている」
・ öydö-ïldïy uč-up jür-ö-t 上 下 飛ぶ-CVB jür-PRES-3
「上下に飛んでいる」
(3) 共起する後置詞句
「後置詞句」として、文中にjaraša「と伴って」、karay「によって」、sayïn「と共に」など のような変化の条件を表わすものをいう。たとえば、次のようなものである。
・ Temperatura-nïn özgörüš-ü-nö karay 気温-GEN 変化-3:POSS-DAT よって
ösümdüktüü-lük da özgör-üp otur-a-t. (Biologiya) 植生的-NMLZ EMPH 変化する-CVB otur-PRES-3
「気温の変化によって、植生の成長も変化していく。」
(4) 動作主
文中に現れる動作主が特定者であるか・不特定者であるか、或いは同一主体であるか・
複数主体であるかという点についても考える。これらの要素によって、他の文法的な意味 に移行する場合が想定される。
(5) 単文か複文か
文の種類(単文或いは複文)によって、各補助動詞形式の文法的な意味が変わることが ある。本論では、第Ⅲ部の第13章で各補助動詞が文中に複文として現れる場合にみられる アスペクト的な意味について考える。
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