第2章 言語資料に基づくキルギス語の進行を表す補助動詞の考察
1.2 本動詞が変化動詞の場合
変化動詞とは、その動作が起こる前と後で変化が生じている動詞のことをいう。また、瞬間に 終わってしまう動作を表し、その結果が残っていることを表しているので、瞬間動詞ともいう。
変化動詞は、基本的に主体の〈変化の結果の状態〉の意味を表す。つまり、動作が終わった後に、
主体の変化した状態が持続することになる。
V-(ï)p jat-形式の特徴は、以下の(33)と(34)が示しているように動詞「死ぬ」と組み合わさり、
必ず眼前で「死んでいる」状態を表すことである。日本語では「死ぬ」は変化動詞で〈変化の結 果の状態〉の意味を表しているとされているが、キルギス語も同じ用法をもつと言えるだろうか。
V-(ï)p jat-形式は、「現在+進行アスペクト」の意味が中心的であるが、この無意識的な状態変化
を表す動詞「死ぬ」と結合できるのは、jat-の語彙的な意味「横たわる」に深く関わっていると 考えられる。キルギスの日本語学習者も日本語の「死んでいる」という文を「死につつある」と 誤解し、〈変化の結果の状態〉の意味で捉えにくいのもその理由である。次の2つの例の文脈か ら分かるように、両方とも眼前で死んでいる人を指している。
(33) …öl-üp jat-kan kiši-nin öl-gon-ü-nö da 死ぬ-CVB jat-PART 人-GEN 死ぬ-PART-3:POSS-ACC も
išene al-gan jok-mun. (Bašï jok čabandes) 信じる-CVB al-PART NEG-1SG
「そこの人が死 ん で い る ことを信じられなかった。」
(34) Ušu-lar-dïn ič-i-nde čalka-sï-nan tüš-üp kïbïla-nï これ-PL-GEN 中-3:POSS-LOC 仰向け-3:POSS-ABL 降りる-CVB 祈り側-ACC betten-ip öl-üp jat-kan Serikbay körün-du. (Dürbölöŋ zaman)
向かう-CVB 死ぬ-CVB jat-PART PSN 見える-PAST1
「これらの中に仰向けになって祈りの方角に向いて死 ん で い る セリクバイが見えた。」
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これらの文では、人が「死ぬ」途中(あるいは「死にかけている」)のではなく、もうすでに
「死んだ」後の変化した結果の状態を表している。このように「死ぬ」という動詞に関しては補 助動詞 jat-が使われ、他の補助動詞(tur-、otur-、jür-)を使うことができないのが特徴である。
死んでいる姿が必ず眼の前に存在しなければならないという条件がある。もし眼の前になければ、
「死ぬ」に-gan接尾辞の不定過去形、または〈動作の完了〉を表す別の補助動詞 kal-が使われ、
補助動詞jat-は不要になる。
なお、変化動詞と補助動詞のjat-が用いられていても、主体の〈変化の結果の状態〉でも〈動 作46の進行〉の意味でも使われる用例がある。下の(35)〜(38)の ura-(倒れる)、küy-(燃える)、
tokto-(止まる)、jayna-(広がる)などの動詞を含む形式が該当し、ある時点における〈動作の
進行〉と〈変化の結果の状態〉の両方の文法的な意味を表せると考えられる。すなわち、眼前に 倒れている状態、燃えている状態、止まっている状態を表す時にjat-が使われるが、その状態は 現在進行中なのか、結果として眼前に残っているのかで二つの文法的な意味を表すと考えられる。
キルギス語の先行研究でも、jat-が〈変化の結果の状態〉を表すと記述されていないのは、jat-が 進行アスペクト形式として捉えられているからと考えられる。
(35) Sovetter Soyuz-un-da salïn-gan mektep-ter bügünkü ソビエト 連邦-3:POSS-LOC 建てられる-PART 学校-PL 今日
kündö ura-p jat-a-t. (barakelde.org/news) 日 倒れる-CVB jat-PRS-3
「現在、ソビエト時代に建てられた学校は倒 壊 し つ つ あ る 。」
(36) Ïsïk-Köl oblus-un-da tyan šyan karagay-larï küy-üp jat-a-t. (bulbul.kg) イシククル 州-3:POSS-LOC 天山 トウヒ-PL 燃える-CVB jat-PRS-3
「イシククル州では天山トウヒが燃 え て い る (燃えつつあった)。」
(37) Kömür kazuu-ču, kïš, sement čigar-uuču 炭 掘る-VN ブロック セメント 出す-VN iškana-lar tokto-p jat-a-t. (kabarordo.kg) 工場-PL 止まる-CVB jat-PRS-3
「炭、ブロック、セメントを作る工場は止 ま っ て い る 。」
46 ここでの動作とは、工藤 (1995: 70)が外的運動動詞(開ける、切る、殺す、食べる、見る、読む、
たたく、歩く、遊ぶ、動く、座る、行く、死ぬ、枯れる、曇る、結婚する)に対して用いている意味 のことを指す。すなわち、外的運動動詞(dynamic verb)は、時間のなかに成立(開始)・展開・消 滅(終了)し、場合によっては、結果を残す、ものの動態的な運動をとらえている動詞らしい動詞で ある。したがって、本論文での動作は、以上の工藤(1995: 70)の定義に基づき、本来の動作よりも 広い意味で用いることにする。
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(38) Ördök, kazdar top-top bol-up, biröö uč-sa, アヒル ガチョウ いっぱい なる-CVB 一人 飛ぶ-COND biröö kon-up, saz-dïn bet-in ber-be-y 一人 着く-CVB 沼-GEN 面-3:POSS あげる-NEG-CVB
jayna-p jat-ïš-kan ĕken. (Kara šumkar) 広がる-CVB jat-RECP-PAST2 MOD
「アヒルとガチョウは一緒になって、飛んだり、止まってりして沼の表面に広 が っ て い た 。」
(39) Sögüp jiber-e tašta-p oktos ber-ip bar-ïp, 悪態つく-CVB しまう-CVB しまう-CVB 急なジャンプする-CVB 行く-CVB özün- özü araŋ toktot-up jat-tï. (Kara šumkar)
自分自身 やっと 止めさせる-CVB jat-PAST1
「悪態をつくことを、自分自身でなんとか止 め さ せ て い た 。」
(40) Apa men-den ĕmne-ni jašïr-ïp jat-a-sïz? (super.kg) 母 私-ABL 何-ACC 隠す-CVB jat-PRS-2
「お母さん、何を隠 し て い る の ?」
上記の(39)と(40)の本動詞は変化動詞であるが、これらも現在進行中の動作を表し、〈変化の 結果の状態〉の意味を表すと位置付けるのにはー考の余地がある。
アクマタリエワ(2014)では、(41)のbaš koš-(結婚する)の例をみると、複数主語による動 作であるから、jat-は、主体の〈動作のくりかえし〉の意味を表すが、(42)の(離婚する)の場 合には〈変化の結果の状態〉の意味を表すと主張している。しかし、発話時点で複数の主語が(結 婚する)行為を行っているので、発話時前から始まっており、現在も継続しているので〈動作の 進行〉として取ることができる。(離婚する)も発話時点で離婚しようとしている最中で、まだ 離婚していない状態として捉えるのが直感的に妥当である。ここでは、〈変化の結果の状態〉の 意味ではなく、両方とも〈動作の進行〉の意味を表すと考えられる。
(41) Akïrkï ubaktar-da jaran-dar ubaktïluu sotsialdïk jana materialdïk 最後 時-PL-LOC 住民-PL 一時的 社会的 と 経済的
abal-dar-ïna kara-p baš koš-up jat-ïš-at. (kabarordo.kg) 状況-PL-3:POSS-ACC 見る-CVB 結婚する-CVB jat-RECP-PRS
「最近、人々は相手の社会的地位と経済的状況を見て結 婚 し て い る 。」
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(42) Biz ajïraš-ïp jat-a-bïz, birok anïn sebeb-ter-in 私たち 離婚する-CVB jat-PRS-1PL しかし それの 理由-PL-ACC ayt-uu-ga mildet-tüü ĕmes-min. (super.kg)
言う-VN-DAT 義務-ADJ ない-1SG
「私たちは離 婚 し よ う と し て い る が、その理由を説明する義務はない。」
なお、これらの用例に現れる jat-を他の補助動詞(tur-、otur-、jür-)に置き換えることはでき ない。