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第 3 節 書くことを中心とする実践

次に、日本赤十字広島看護大学で行った実践を取り上げ、本研究で提案する国語教育について さらなる具体化を図りたい。

本節において本苧の実践を取り上げる理由は、学生たちの様子が、これまで出会ってきた学習 者の現状と重なる面が多く見られるからである。私がかかわっている学生は

1

年生がほとんどで、

高校卒業直後の者たちが大半である。学生たちからは、小学校・中学校・高等学校と国語科の授 業において、自分はどう感じ、どう考えるのかといったような「自分のことば」、すなわち基底部 としての自己と連続したことばを求められることなく、意識的にも無意識的にも、授業用のこと ば、表層的なことはを一面的に構築してきたように感じられた。

そのため、講義において感想や意見を書かせようとすると、 正解"を求める学生が多く、 正 解"から外れてしまうことに不安を抱えてしまう様子が、これまでたびたび見られた。こうした 学生たちの様子は、国語教育においても国語科教育においても示唆に富むと思われる。

第 1項 目 標 の 設 定

日本赤十字広島看護大学は、広島県の西部に位置する大学であり、看護師育成のための密なカ リキュラムが4年間を通して組まれている。学生は広島県や山口県出身が多く、四国や九州、山 陰地方からの進学者も見られる。学生たちの中には、看護師になることを高く志して入学した者 や、本学に入学したことで志さなければならなくなった者などが多い。いずれにしても、学生は 過密な看護教育カリキュラムに疲弊しており、看護以外のことについて考える余裕がないような 印象を受ける。また、看護を学ぼうとする彼らは、これまで学校教育に対しまじめに参加してき た、いわゆる「いい子」が多いように思われる。

また彼らの中には、看護関係に就職するという自分の思いをかたくなに信じ、決して疑わない 者がいる一方で、看護師になるかどうか迷い、迷う自分を強く否定する者もいる。こうした様子 から、学生たちは「看護職を目指す自分」という自己が一貫していなければならないと思い込ん でいることがうかがえた。「看護職を目指す自分」という自己とはずれてしまう迷いや悩みが生じ ても、ある者は「そんなわけがなし、」と迷いや悩みを見ないようにする。またある者は、「看護職 を目指す自分」という自己とずれてしまう自分に後ろめたさを感じ、自己否定を行う。学生の中 には、「一貫性の病J(難波

2 0 0 8 : 1 9 6 )

に縛られた、一元的自己観を持っている者が存在していた。

本節で取り上げる実践は、

2008

年度における

1

年生および編入

3

年生対象の一般教養科目(選 択必修)である。「文章表現法」は、本学の前期期間に実施される講義であり、計

1 1 9

人(うち編 入

3

年生は

4

人)の学生が履修している。

私がこの授業を担当するようになったのは

2006

年度からであり、

3

年にわたって共通している のは、「書くこと」に対し苦手意識を持つ学生が多いことであるロなぜ苦手に感じるのか理由を訊 くと、「うまく文章が書けないからJ

r

書くことがまとまらないから」などの答えが返ってくる。

だが一方で、友だちに手紙を書くことや、日記をつけることを好む学生も多く、上手な文章を書 かなければならないというプレッシャーを感じていることがわかった。学生たちは、教師が求め る「上手な文章」ベの苦手意識を持っているのである。彼らは文章表現に関しても、教師が求め

1 3 5  

る 正解"から外れることを恐れているのである。このことは中・高での教員経験においても感 じられたことである。これまで行ってきた国語の授業同様「文章表現法」においても、 正解"を 求めない「書くこと」を学生が取り組めるようになることが授業の目標であった。 正解"を求め ず、自分の書きたいことを書くという姿勢は、今の学習者にとってなかなか身につくものではな い。それは本学の学生たちも同様である。

また、文章表現の技術面に関して学習することも彼らにとっては大切なことである。だが私は、

スキル的な学習を取り上げて直接的に指導するのではなく、 正解"を求めずに書こうとする姿勢 を獲得する中で身につけるべきだと思っているし、そうでなければスキルは身につかないと思っ ている。講義「文章表現法」における価値目標は「看護職を目指す自分」をアイデンティファイ すること、そのために(1)動的な自己観に立って言語活動を行うこと

( 2 )基底部としての自己

と連続した「書くこと」を行うことの

2

つを活動目標として設定した。

2008

年度前期における全

1 4

回の講義内容は以下の通りである。授業では毎回、使用教材に対 してさまざまな闘いを設定し、文章で答えさせた。各時間自由記述欄も設け、講義内容だけでな く、幅広い文章表現を行わせた。書かせたものは教師がパソコンで打ち直し、他の学生の意見と 交流する場も設けた。また、書かせたものについては、必ず赤ベンでコメントを残している。

│期間 単元名 使用教材

4 / 1 0  

イントロタ.クション なし

0

あなたは表現が好きですか、嫌いですか。

4 1 1 7  

わたしを知る 香山リカ

( 2 0 0 4 )Ii生きづらい〈私〉たち一心に穴があいてい

る』講談社現代新書

o r

素顔のあなたJ

r

本当のあなた」は存在しますか。存在する のであれば、それはどのようなあなたですか。存在しないと 考えるのであれば、それはなぜですか。

4 / 2 4  

わたしを大切にする 平木典子・沢崎達夫・野末聖香編

( 2 0 0 2 )Iiナースのためのア

サーション』金子書房

矢沢あい

( 2 0 0 2 )I

i

NANA

7

巻』集英社

o rDESC

法」について、あなたはこの方法がアサーティプな 自己表現を行うのに有効だと思います。それともあまり使え ないと思いますか。

5 1 1 5

他者との距離 草野仁

( 2 0 0 3 )Iiジンメル・つながりの哲学.!lNHK

ブックス

5 / 2 2   DVD r

かもめ食堂J

( 2 0 0 6 )  

o r

淋しい」とすぐには答えなかったサチエさんは、「他者」と どんな距離を取る人だと考えられますか。

6 / 5  

「弱者」について 佐藤秀峰

( 2 0 0 4 )Iiブラックジヤツクによろしく第 9

巻』講談 社

倉本智明

( 2 0 0 6 )Iiだれか、ふつうを教えてくれ!.!l理論社

石川ミカ

( 2 0 0 3 )

Ii車いすのリアルー私たちはそんなに気の毒

1 3 6  

5 クイア・スタデイーズとしての国語教育の展開

じゃないし、かわいそうでもない』大和書房

0

資料① ④から少なくとも

1

つ選択し、感想を自由に書いて ください。

6 1 1 2   r

,性別」とは何か 香山リカ

( 2 0 0 5 )

Ii'働く女の胸のウチ』大和書房

  「夫(恋人)からの暴力」調査研究会発行(1

9 9 8 )

Ii'ドメステ イツク・バイオレンス断版

1 1 1

有斐閣

O自分の性別でよかったと思うことはありますか。

O自分の性別で嫌な思いをしたことはありますか。

O自分は「男らしい」と思いますか。それとも「女らしい」と 思いますか。

6 1 1 9

・ わたしとして生きる 伏見憲明監修・杉浦直行編

( 1 9 9 8 )

Ii'

H

の革命‑Q

UEER

SEX 6 / 2 6  

事典』、太田出版

NHK

教育「ハートをつなごう」ホームページ

DVD  r

キンキー・ブーツ

J( 2 0 0 5 )  

0

チャーリーがローラの存在を受け入れたのは物語のどの部分 だと思いますか。

o  r

キンキー・ブーツ」の感想を自由に書いてください。

7 / 3  

「笑い」と差別

DVD  r

タカアンドトシ新作単独ライブタカトシ寄席欧米ツア

‑2006J ( 2 0 0 6 )  

o  r

笑い」に対する永田の意見について、あなたはどう思いま すか。

看護観インタビュー なし

7 1 1 7  

まとめ・レポート作成 なし

0

これまでの授業を通して、最も惹きつけられたことばは何で すか。

期末試験 なし

この授業では、各国とも 正解"が存在しないようなテーマについて考えさせるようにした。

また、学生たちが自分自身について考えざるを得ないテーマとなるよう、教材の選択を工夫した つもりである。「文章表現法」では、講義で読んだものや視聴したもの、書いたことや教師からの コメントなどが自己を撹乱する契機となることを狙って、授業を行った。さらには、「看護職を目 指す自分」という自己とずれてしまう自分を無視したり否定したりする学習者に対し、「ことばを 通して当事者性を立ち上げる」ということはの学びが成立してほしいと願って授業を計画した。

第2項 方 法 と 内 容

ここで、

2008

5

1 5

日と

5

22

日の

2

回にわたり行った「他者との距離」という講義を 取り上げて、書くことを中心とする実践の方法や内容を具体的に示す。この講義は、学生たちが

1 3 7  

本学に入学して

1

か月余りが過ぎ、毎年友人関係で、悩む様子が見られる頃に行ったものである。

2 0 0 8

年度の学生たちも、

4

月からの講義で書かせるワークシートにおいて、自由記述欄に友人関 係での悩みを綴る者が目立ってきたため、「他者との距離」という単元名で講義を行った。

また、「他者との距離」の前時に実施した「わたしを知る」や、「わたしを大切にするJという 講義においては、 f信頼している相手(友人や家族、恋人など)になら、 ほんとうの自分"を見 せることができる/見せるべきである」という意見が多数出され、今の友だち(大学でできた友 人)にはまだ見せられていないという記述も確認できた。そこから学生たちが、大学における友 人に ほんとうの自分"を見せていない(見せられない)自分を後ろめたく感じたり、 ほんとう の自分"を相手に見せてもらっていないのではないかと悩んだりする姿を感じ取ることができた。

彼らは一元的自己観を持っており、親しい相手には自己のすべてを見せるべきであるし、また親 しい相手のすべてを見なければならないと考えているようだった。

一方、学生の中には多元的自己観を持つ者も当然存在する。多元的自己観を持つ彼らには、親 しい相手には自己のすべてを見せるべきであるし、また親しい相手のすべてを見なければならな いと考える一元的自己観の友人とのかかわりが、とてもしんどいと自由記述欄に書く者もいた。

さらには、場面や状況に合わせて自分を見せれば済むだけのことなので、自分は人づきあいが得 意であると書く者も見られた。よって、「他者との距離」を自分なりに考えてみることが学習者に は必要であると思い、この実践を設定した。

講義内容は、これまでのワークシートにおける記述をまず話題にして、「すべてをさらけ出すこ とが相手を信頼しているという証となるのだろうかJ

r

友人/家族/恋人に、すべてさらけ出す必 要があるのだろうか」と投げかけ、ともに「他者との距離」について考えようと促した。その上 で、「あなたは友だちのすべてを知りたいと思、いますかJ

r

友だちなら、何でも自分に話してほし いと思いますかJ

r

あなたは恋人のすべてを知りたいと思いますかJ

r

恋人なら、何でも自分に話

してほしいと思いますか」という質問を行っている。

その後、『ジンメル・つながりの哲学』から抜粋したプリント(詳しくは資料③を参照)を配布 し、

r r

秘密」とは、コミュニケーションを拒否した態度」なのかどうかについて考えさせ、自分 の意見をワークシートに書かせた。『ジンメル・つながりの哲学』の抜粋部分は、「秘密」を持つ ことをゆるさない関係性を例示しながら、「他者との距離をゼロにすること」への異論を唱えたも のである。「私に黙って した」という「秘密Jをゆるさないコミュニケーションとその異議は、

本学の学生たちにアイデンティファイを迫ると思い、教材とした。

さらに、

DVD r

かもめ食堂J

( 2 0 0 6 )

2

コマにわたって視聴させ、ワークシートの質問に答 えさせるという流れであった。「かもめ食堂」は、フィンランドのへルシンキで食堂を営むサチエ さんと、日本からの旅行者ミドリさん、マサコさんをめぐるゆったりとしたストーリーである。

ここで注目させたのは、サチエさんとミドリさんそれぞれの「他者との距離」の取り方である。

サチエさんは、行くあてのなかったミドりさんやマサコさんを自宅やかもめ食堂に迎え入れるが、

相手を決して束縛しようとはしない。ヘルシンキを去ろうとするマサコさんを引きとめることも なく、つねに相手を受け入れるが、相手の深いところに干渉したりふみこんだりすることはない。

一方ミドリさんは、自分を受け入れてくれたサチエさんを大切に,思っているが、サチエさんも自 分のことを大切に,思っているかどうかをずっと不安に思っている。あえて分類すれば、サチエさ んは多元的自己観を持ち、ミドリさんは一元的自己観を持つと言うことができるだろう。サチエ

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