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同時代的感覚を取り入れた教材とは

囚⑤.鱒⑤・⑤・・④鱒⑭

第1節 同時代的感覚を取り入れた教材とは

 学校の音楽教育に箏を取り入れる際に、特に留意すべき点として筆者が感じてい たことのひとつに、教材として取り組む楽曲には何らかの同時代性が必要なのでは ないかということがある。現代を生きる生徒たちの持つ若い世代独自の感覚に訴え かけ、「演奏してみたい」と思わせる動機付けをするためには、箏が伝統的な楽器で あるだけではなく、現在もなお発展している姿を見せることも大切であることを痛 感している。この同時代性とは何か、同時代的感覚を取り入れた教材とはどのよう

なものなのかについて、考えていきたい。

 今日、子供たちの周辺でさまざまな音楽が供給され続けており、その情報量たる や今の大人たちの子供時代の量とは格段の相違がある。これらの音楽を聴いて育っ てきた子供たちは、情報量の限られた時代に育った大人たちとは音楽感覚も感性も 異なってきている。音楽情報が地球レベルで即時性をもって行き交い、子供たちの 感覚・感性はよりグローバルになっている。澤田篤子は、明治・大正生まれの人々 が、七音の長音階による童謡の旋律を五音音階に変形して歌うなどという場面によ

く出会ったことを例に出しており、今の中高年層よりも若い世代にはこのようなこ とはまず見られないとしている。伝統的な音楽に対する若者の興味関心の的につい ても、津軽三味線や和太鼓のビート感あふれるエネルギッシュな側面であったり、

狂言や雅楽という伝統音楽の若き伝承者たちが、他ジャンルとの接点を持とうとす る側面であったりで、教師たちが期待するようないわゆる「伝統」的要素そのもの に対する興味関心とはいえない。しかし、目本の伝統音楽には不変的な側面と可変 的な側面があり、それらが合わさって、現在の「伝統音楽」が成立している。一見 伝統的とはいえない側面も、伝統音楽の不変的な側面と可変的な側面を併せ持って いる、ひとつの側面なのである1。

1峯岸創『日本の伝統文化を生かした音楽の指導』2002年 暁教育図書株式会社

P.39      88

 明治維新によって西洋音楽が輸入され、邦楽もその影響を受けて、同時代的感覚 を生かした邦楽作品が数多く生まれた。その中でも、箏曲家・宮城道雄の存在はと りわけ大きく、それまでの伝統的な日本音楽にはなかった宮城自身が生み出してき た新しい手法に加えて、西洋音楽の機能和声によるハーモニー、楽式などを使って 数々の名曲を作曲した。宮城道雄の楽曲がこれほどに広く愛好されているのは、宮 城作晶が西洋音楽から移入した「新しさ」を取り入れながらも、基本的には日本の 伝統的な手法に基づいて作曲されているからであるということが指摘されている。

山内雅子は『宮城道雄の世界』から上尊墨祐康の次の文章を引用している2。

 「宮城音楽における不易の要素として私が指摘したいのは、一口に言えば伝統の 継承である。宮城は実に華々しい新作曲活動を展開したが、彼の作品は邦楽の伝統

に深く根ざしたものであった。革新的で注目を浴びたけれども、伝統尊重の姿勢も 強固であった。この点は革新性を偏重した従来の説明では、見落とされがちだった と思う。結論を先に言ってしまうことになるが、伝統的要素を色濃く保持している からこそ、宮城音楽は箏曲界に容易に受け入れられて、レパートリーに定着したの であり、さらにまた、それだからこそ、《春の海》の例で見るように、日本人の感覚 に適合して、広く愛好されてきたのである、と私は言いたい。」

 宮城道雄が新しさや革新性だけで受け入れられてきたのではなく、伝統的であっ たからこそ受け入れられてきたというのは、大変興味深い視点である。

 また、わらべ歌の現代性についての小島美子の記述には次のようなものがある3。

「わらべ歌にはどんな意味でも、子供たち以外の外部からの強制が加わっていない ため、子供たち自身の自然な生活感覚や音楽感覚、そしてことばに対する感覚など が、すばらしく自由に、直接的にそのまま反映している。」「単語の点では、古いこ

とばを残しながらもそれぞれの時代相を非常に鋭く反映しており、その面では、古 い要素を持ち続けている音楽的側面よりも、きわだって現代っ子的であるというこ とができる。」「子供たちは、単語や小さなフレーズの断片などには、現代っ子的な 表現も持ち込んでいるが、わらべ歌をいろいろな形で歌いつつ、音楽的に伝統的な 2山内雅子『日本音楽の授業』2001年 音楽之友社 p.84

3小島美子『日本の音楽を考える』1999年 音楽野曝社 pp.242−248       89

語法や慣用句を身につけているだけではなく、文学的にも日本語のさまざまな表現 の基本的な素朴な形や慣用句や構成方法を身につけている。子供たちは遊びの中で、

いろいろな能力を養っているのである。」つまり、わらべ歌は、音楽的に伝統的な部 分を残しながらも、歌詞においては時代を反映した新しい要素を取り入れながら、

子供たちの中に生き続けているということが言える。

 また、子供たちに好まれる流行りの歌謡曲(Jポップ)においても、唱歌や童謡 などの他のジャンルの歌に比べて、目本の伝統的音階の1つでもある民謡音階のテ

トラコルドをうまく利用している曲が多いという。教科書に出てくる唱歌や童謡と いった、本来子供の教育用に作られた歌は子供たちに好まれず、アニメソングや歌 謡曲が好まれるのは、単に情報量の問題ではないと小島美子は述べている4。

 これらの音楽学者の言説によれば、日本の子供たちに伝統音楽を教えるには、伝 統的な音楽感覚や伝統的要素を前提として部分的にでも残しておきながら、その上 にリズムや和声、テンポなどに見られる同時代的感覚がプラスされていることが、

子供たちに受け入れられる音楽の形であるといえる。ただ異質で目新しいというだ けでは、子供に受け入れられず、新しい伝統として根付いていくこともない。

 同時代的感覚を取り入れた教材とは、このように伝統的要素をも持ち合わせてい るものである必要がある。伝統音楽とは、狭義には近世までに成立した日本の伝統 的な音楽ないしその様式に基づく音楽を指すが、現代に作られた音楽であっても、

伝統的な要素に基づいている場合が少なくない。例えば、現代作曲家による和楽器 を用いた現代音楽作品や、日本を題材とした洋楽器による現代音楽作品、演歌、沖 縄ポップスなど、伝統音楽の要素を残したり取り込んだりした大衆音楽などである。

これらのように現代に演奏される機会の多い、伝統的要素に基づいて作られている 音楽も広く視野に入れて、教材として適切であるかを検討して選別し、教材化する

にあたっては生徒の演奏能力を考慮した上で、次のような方法で同時代的感覚を付 加することができる。

  1) 旋律を重ねる…  旋律をカノン風に処理するなど。

  2) 音階または旋法を一部変える…  もとの旋律を異なる旋法や音階に移 4小島美子『日本の音楽を考える』1999年 音楽之郷社 p.194

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3)

4)

5)

6)

 吉崎清富は、箏という「博く」て、

で授業実践を行うためには、箏および、その音楽の基本をふまえつつも、あれこれ と試してみることが肝心である5としている。

 このように、同時代的感覚を持つ教材とは、伝統的要素に基づいた音楽に生徒が 無理なく演奏できるアレンジを、さまざまな手法を使って自由に施したもの、とい えるのではないだろうか。また、伝統的要素を尊重する側面と、箏を使って自由に 遊んでみる側面の両面を持ち合わせたアレンジがなされた教材ともいえる。

「自由に」をどのように考えるのかは、学校教育の場合は生徒に直接関わる教師に 委ねられ、生徒の嗜好、演奏能力、音楽の流行の傾向、日本音楽の動向、教育現場 における実践報告などを合わせて多面的に考えた上で、試行錯誤していかなければ ならない。その試行錯誤には失敗や反省点が多々あるかもしれないが、伝統を、今 を生きる形に再生させていく活動を、生徒たちに見せること自体に意味があるとも 考えられる。時代とともに、文化や音楽が新しい伝統を形作りながら変わっていく 中で、同時代性とは何かを定義することは難しいが、音楽教育活動も、伝統を尊重 しながらも新しい伝統を生み出していく創造的な活動であることが大切なのではな いだろうか。

         しただけで音楽の印象を大きく変えることができる。

リズムを変える…  ワルツ、タンゴ、マーチ、ジャズ、ロックなどの       リズムを利用する。

拍子・速度を変える…  四拍子の旋律を三拍子にしたり、速い旋律を       緩徐なテンポで表現したりする。

ハーモニー・対位法を加える…  伴奏として和声をつけたり対位法的       処理を加える。

演奏形態(楽器)を変える…  旋律線を複数のパートに分配したり、

      箏以外の楽器を使用したりする。

       しかしながら、音楽科にとっては「新しい」楽器

5山口修・田中健二企画監修『邦楽箏はじめ〜今日からの授業のために〜』2002 年 カワイ出版 p.148

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