第四章 “訖”について
2. 明清白話小説における“訖”
2.1『水滸傳』における“訖”
2.1.1『水滸傳』における“訖”の形式とタイプ別割合
『水滸傳』に見られる“訖”を用いた形式は以下の通りである。
Aタイプ(0例)
Bタイプ(22例)
◎述語動詞+訖
(106)“……臣不勝幸甚之至”言訖再拜。(百十六回)
(「某にはこの上のない光栄でございます。」と言って、再拝した。)
80
(107)隨即又起送了二人去訖。(百十回)
(そのあとすぐ二人の見送りをして去っていった。)
(108)監斬官便道:“斬訖報來!”(四十回)
(死刑監督官は言った、「死刑を執行し終えたら、報告せよ!」と。)
表4-1 『水滸傳』に見られる“訖”のタイプ別の用例数と割合
“訖”のタイプ 用例数 割合
Aタイプ 0
Bタイプ 22 100%
合計 22
例(108)は接続用法としての用例である。例(108)は会話文の用例である。『水滸傳』
には“斬訖報來!”の用例が2例、“斬訖來報!”の用例が4例ある。これはすでに一種の 固定表現と見なせる。“訖”を用いる用例は少ないが、全部Bタイプの用例である。“訖”
の虚化の度合いが高い、と言える。
2.1.2『水滸傳』における“訖”と共起する語彙の特徴
『水滸傳』に見られる“訖”と共起する語彙の一覧表は、以下の通りである。
表4-2 『水滸傳』に見られる“訖”と共起する語彙
接続表現・言語
言訖 5
交代訖 1
軍事・刑罰
斬訖 8
日常生活
去訖 3
用訖 1
收訖 2
示訖 1
『水滸傳』における“訖”と共起する語彙の特徴は、以下のようにまとめられる。
① “訖”と共起する語彙が少ない。
② “訖”と共起する語彙が固定表現として使われたり、接続用法として使われたりする。
81
③ 接続用法としての用例には“言訖”が見られるが、“說訖”や“聴訖”の表現は見られ ない。
④ “訖”と共起する語彙はほとんど単音節である。
2.1.3『水滸傳』における“訖”の地の文と会話文の用例
表4-3 『水滸傳』における“訖”の地の文と会話文の用例数と割合
地の文 19(5) 97.22%
会話文 3 2.78%
先述した例(108)のように、『水滸傳』における“訖”の会話文の用例は、ほとんど固 定表現“斬訖來報!”である。基本的には“訖”は地の文に用いられている。
次に『水滸傳』における“訖”の接続用法の用例の語彙を見てみる。
表4-4 『水滸傳』における“訖”の接続用法の用例の語彙
言訖 5
『水滸傳』における“訖”の接続用法の用例はすべて“言訖”である。
2.1.4『水滸傳』における“訖”のまとめ
① “訖”を用いる例が少ない。Aタイプ(0例)とBタイプの用例の割合と副詞の挿入の
用例の用例数(0例)から判断すると、『水滸傳』における“訖”の虚化の度合いは高 い。
② “訖”を用いる用例には、固定表現と接続用法としての用例が大きな割合を占めてい る。先述した“畢”・“罷”にも固定表現と接続用法としての用例が多数見られる場合 が多い。しかし、“畢”・“罷”両者はその他の語彙と共起する場合も多い。また、“畢”・
“罷”両者に多く見られる“說畢”や“聴罷”の表現は見られず、“言訖”のみが存在 する。“言”は、“說”と同じく「話す、言う」の意味を表しているが、“言”は“說”
より文言的な要素が強い。“訖”は広く使われていた“說”より“言”と共起しやす いと言える。
2.2『西遊記』における“訖”
『西遊記』に見られる“訖”を用いた構文は、以下の通りである。
Aタイプ(5例)
◎動詞+目的語+訖
(109)二童領命訖。(二十四回)
82
(童子二人は命令を受け終えた。)
Bタイプ(28例)
◎目的語+述語動詞+訖
(110)龍王合盤做賊,先下血雨一場後把舍利偷訖。見如今照耀龍宮縱黑夜明如白日。
(竜王は[九頭駙馬]と結託して、盗みを働いた。血の雨を降らせたあと、舎利を盗 み終えた。今は、宮殿を照らし、夜でも昼のようだ。)
(111)方纔取寶印用了花押遞與長老。長老收訖。
(やっと判子を押して、長老に渡した。長老はそれを収め終えた。)
表4-5 『西遊記』に見られる“訖”のタイプ別の用例数と割合
“訖”のタイプ 用例数 割合
Aタイプ 5 15.15%
Bタイプ 28 84.85%
合計 33
2.2.2『西遊記』における“訖”と共起する語彙の特徴
表4-6 『西遊記』における“訖”と共起する語彙 接続表現・言語
回訖 1
言訖 2
謝訖 1
謝恩訖 1
飲食関係
飲訖 1
刑罰
示众訖 1
日常生活
去訖 11
散訖 6
納訖 1
領命訖 3
拜訖 1
收訖 3
犯罪
83
偷訖 1
『西遊記』における“訖”と共起する語彙の特徴は、以下のようにまとめられる。
① “訖”は犯罪などを表す語彙と共起する例が見られる。“畢”と“罷”の場合、このよ うな例は見られない。
② “訖”と共起する語彙が少ない。また、接続用法としての用例も少ない。“言訖”が見 られるが、“說訖”や“聴訖”の表現は見られない。
③ 固定表現として、“去訖”、“散訖”が頻繁に見られる。
④ 単音節と共起する場合が多い。
2.2.3『西遊記』における“訖”の地の文と会話文の用例
『西遊記』における“訖”の地の文と会話文の用例の割合と接続用例は以下の通りであ る。
表4-7 『西遊記』における“訖” の地の文と会話文の用例の割合
地の文 33(6) 100%
会話文 0
『西遊記』における“訖”はすべて地の文である。そのうち、接続用法としての用例が 見られるが、全体を占めている割合は多くない。
2.2.4『西遊記』における“訖”のまとめ
『西遊記』における“訖”の用法と特徴について、以下のようにまとめる。
① “畢”と“罷”の用例と比べ、“訖”を用いる例が少ない。
② Aタイプ(5例)とBタイプ(28例)の用例の割合及び副詞の挿入の用例(0例)の多 寡から判断して、『西遊記』に見られる“畢”の虚化の度合いは高い。
③ “訖”と共起する語彙が少ない。そのうち、接続用法としての用例も少ない。“言訖”
が見られるが、“說訖”や“聴訖”の表現は見られない。
④ “去訖”、“散訖”などの固定表現が繰り返し出現している。
⑤ マイナスの意味を表す“偷訖”が見られる。
2.3『金瓶梅詞話』における“訖”
2.3.1『金瓶梅詞話』における“訖”の形式とタイプ別割合
『金瓶梅詞話』に見られる“訖”を用いた構文は以下の通りである。
Aタイプ(0例)
84 Bタイプ(22例)
◎述語動詞+訖+目的語
(112)于是按著桂姐親訖一嘴纔走出來。(五十二回)
(そこで桂姐を押さえつけて、キスし終えて、やっと出てきた。)
◎目的語+述語動詞+訖
(113)并责令地方火甲眼同西門慶家人即將屍燒化訖來回話。(二十七回)
(地方の巡査に命じ、西門慶の家人を殺し、死体を焼き終えてから報告せよ、と命じ た。)
表4-8 『金瓶梅詞話』に見られる“訖”のタイプ別の用例数と割合
“訖”のタイプ 用例数 割合
Aタイプ 0
Bタイプ 22 100%
合計 22
例(112)の目的語は“一嘴”である。このような回数を表す目的語の用例は2例見られ る。「V+訖+回数」の形式の用例は『金瓶梅詞話』にのみ見られる。
2.3.2『金瓶梅詞話』における“訖”と共起する語彙の特徴
『金瓶梅詞話』に見られる“訖” を用いた形式は以下の通りである。
表4-9 『金瓶梅詞話』における“訖”と共起する語彙 接続表現・言語
歌訖 1
言訖 5
書訖 1
飲食
嘗訖 1
恋愛・情事
幹訖 2
親訖一嘴 1
泄訖一度 1
日常生活
去訖 6
均分訖 1
85
退訖兩步 1
分訖 1
葬儀
燒化訖 1
『金瓶梅詞話』における“訖”と共起する語彙の特徴は、以下のようにまとめられる。
① “訖”と共起する語彙は、“畢”と“罷”に比べて、少ない。
② 接続用法としての用例“言訖”が見られる。“言訖”は見られるが、“說訖”や“聴訖”
は見られない。固定表現として“去訖”が見られる。
③ 恋愛・情事関係の語彙の用例が見られる。
2.3.3『金瓶梅詞話』における“訖”の地の文と会話文の用例
表4-10 『金瓶梅詞話』における“訖”の地の文と会話文の用例
地の文 22(5) 100%
会話文 0
『金瓶梅詞話』における“訖”は、すべて地の文の用例である。そのうち、接続用法と しての用例は多くない。
2.3.4『金瓶梅詞話』における“訖”のまとめ
①“訖”の用例数が少ない。『金瓶梅詞話』における“訖”のAタイプとBタイプの用例の 割合と副詞の挿入の用例の割合から判断すると、“訖”の虚化の度合いが高いと言え る。
② 固定表現として“去訖”がよく見られる。
③ 接続用法としての用例は“言訖”が見られるが、“說訖”や“聴訖”の表現は見られな い。
④「V+訖+回数(“退訖兩步”)」の用例が見られ、恋愛・情事関係の語彙が見られる。
⑤ 地の文のみに用いられる。
2.4『紅楼夢』における“訖”
2.4.1『紅楼夢』における“訖”の形式とタイプ別割合 Aタイプ(0例)
Bタイプ(1例)
(114)某年月日,龍禁尉候補侍衛賈蓉當堂領訖。(五十三回)
86
(某年月日、龍禁尉候補侍衛賈蓉をその場で拝命した。)
表4-11 『紅楼夢』に見られる“訖”のタイプ別の用例数と割合
“訖”のタイプ 用例数 割合
Aタイプ 0
Bタイプ 1 100%
合計 1
『紅楼夢』には例(114)の1例のみである。このような用例は現代語でも見られ、“訖”
の用法の名残と考えられる。
2.4.2『紅楼夢』における“訖”と共起する語彙の特徴
表4-12 『紅楼夢』における“訖”と共起する語彙
領訖 1
2.4.3『紅楼夢』における“訖”の地の文と会話文の用例
『紅楼夢』における“訖”は1例であり、地の文の用例である。
2.4.4『紅楼夢』における“訖”のまとめ
① “訖”の用例は1例のみである。
② 地の文の用例である。
2.5『児女英雄伝』における“訖”
A、Bタイプ(0例)