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余論――“完” について

現代標準中国語で“完”は、「終える、終わる」の意味を表す動詞または補語として常用 されている。過去には、ほかにも「終える、終わる」を表す語があったが、現代語ではこ の役割を“完”と“了” (liao3)が担っている。“完”の字は古くから使われていたが、動詞 の補語としての用法が最初に見られるのは元代の文献である。しかし、当時の“完”の補 語としての用例は極めて少なく、明清時代の文献には多く見られるようになる。先行研究 において、現代語以外の“完”に注目した論文はあまり多くない。また、作品ごとの“完”

の本動詞としての用法と動詞の補語としての用法の用例数を調べ、歴史的変遷について述 べた先行研究も見当たらない。本章では、白話文における“完”に着目し、その意味と用 法の通時的変遷を分析する。

1 .“完”の用法の通時的変化

先秦両漢時代の資料では、“完”は、「完全、完備、損傷がない、怪我させない、完美、

修繕、完成させる」などの意味を表し、動詞ないし形容詞として用いられている。

(128)破國不可復完,死卒不可復生。(『戦国策』巻三十三)

(滅びた国は、再び元通りになることはない。亡くなった兵士はまた生きかえること はない。)

六朝時代から宋代の文献における“完”の意味と用法は先秦両漢時代と大差ない。

(129)執辭不完,卻疑記錄有差。(『朱子語類』巻二十二)

(自分の見解が不十分なため、記録が間違っているのではないかと疑う。)

一方、明清時代になると、宋元時代までの意味と用法に加え、“完”は「終わる、終える」

の意味を表すようになり、動詞ないし動詞の補語としての用例が増えた。

(130)但是鴇児家中之物一毫不動。收拾已完,隨著四媽出房。(『醒世恒言』第三巻)

(ただし、やり手ババの家のものには一切手をつけず、片付けは既に終わり、四媽

について部屋を出た。)

“完”の「終わる、終える」の意味を表す用例は民国期にも見られる。

(131)有时讲义的一段落已完而时间还没有到,教师便……。(魯迅『呐喊』序)

(講義が一段落すでに終わってもまだ時間がある時に、教師は……。)

現代標準中国語の作品でも、同じような傾向が続く。

(132)钱荣吃完饭进门,决裂后第一次对林雨翔说话。(韓寒『三重門』)

(銭栄は食事を終えてから部屋に入り、仲たがいして以来初めて林雨翔に話しかけ た。)

上記の例(128)~(132)を通して、先秦両漢時代から現代まで“完”が使用され続け ていることが分かる。しかし、その意味と用法は変化してきた。また、近代漢語において

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は、「終わる、終える」の意味を表す動詞ないし動詞の補語としては、“了”・“畢”・“罷”・

“訖”などもよく使われていたが、現在標準中国語においては、その役割は“完”が担っ ており、“畢”・“罷”・“訖”などの用例はほとんど見当たらない。以下、「完全、完備、損 傷がない、怪我させない、完美、修繕、完成させる」の“完”を「意味1」とする。また、

「終わる、終える」の“完”を「意味2」として論じる。

2 .調査対象

本稿は六朝時代から民国までの白話資料を調査対象とする。

・余嘉錫注『世説新語笺疏』(上海古籍出版社1993年)

・孫昌武・衣川賢次・西口芳男点校『祖堂集』(中華書局2013年)

・王星賢注解『朱子語類』(中華書局1986年)

・梁伍鎮・李泰洙編『元代漢語本《老乞大》』(慶北大學校2000)

・『原本老乞大諺解(全)』(亞細亞文化社1980)

・『重刊老乞大』,『奎章閣資料叢書語學篇(二)』(首爾大學校奎章閣2003)

・『老乞大新釋』,『奎章閣資料叢書語學篇(二)』(首爾大學校奎章閣2003)

・『新刻出像官板大字西遊記』(明万暦世徳堂本)(上海古籍出版社1994年『古本小説集成』

所収)39

・『明容与堂刻水滸傳』(明万暦容与堂刻本)(上海人民出版社1975年)

・『忠義水滸全伝』(底本:楊定見・袁無涯本 明万暦四十二年)(排印本:『一百二十囘的 水滸』1929年初版1957年11月第3次印刷商務印書館出版)

・『金瓶梅詞話』日光山輪王寺慈眼堂所蔵本徳山毛利氏棲息堂所蔵本(株式会社大安1963 年・影印版)

・『醒世姻縁傳』同徳堂刊本(影印本1994年『古本小説集成』所収;排印本1981年 上海 古籍出版社)40

・『程甲本紅楼夢』(影印本1992年書目文献出版社)

・『児女英雄傳』清光緒四年聚珍堂本(上海古籍出版社1994年『古本小説集成』所収)

39 天津古籍出版社2006年刊排印本『李卓吾先生批点西遊記』(全二冊)も参考にした。

40『醒世姻縁傳』は明末清初に成立したという考え方が多いが、現存する最初の版本は天津 市人民図書館蔵乾隆三十三年(1768年)刊本であるため、清代の作品として扱った。今回 扱っている影印同徳堂本『醒世姻縁傳』は『古本小説集成』所収である。しかし、太田(1958)、

大島(2003)などはこの版本の成立年代が不明であるため、理想的なテキストとは言い難 いと指摘しているので、校勘が施されている上海古籍出版社1981年刊排印本『醒世姻縁傳』

(全三冊)も参考にした。

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3 .調査結果と分析

3.1『世説新語』、『祖堂集』、『朱子語類』に見られる“完”

上述の例(129)における“完”は「完全、壊れていない、丸ごと」の意味を表す。「意

味1」に当たり、“完”の「意味2」の用例は見当たらないが、“畢”にはそれに相当する用

例が見られる。

(133)語云:“白事甚好,待我食畢作教。”食竟,取笔题白事后云。(政事)

(言うには、「よい報告だ。俺が食べ終えたら、指示を出すよ。」と。食べ終わって、

筆を執り、報告を書いてからまた言った。)

(134)王飮酒畢,因得自解去。(方正)

(王恭は酒を飲み終わり、それでトイレに行った。)

上記の例(133)における“畢”は動詞“食”の補語としての用例であり、例(134)に おける“畢”は動賓フレーズ“飲酒”を主語とする述語動詞の用例である。41

また、“訖”の「意味2」に当たる用例も見られる。

(109)听訖,云:“二賢故自有才情。”(賞誉)

(聞き終えてから、「お二人は才智と情趣があります。」と言った。) なお、このような“罷”の用例は見当たらない。

『祖堂集』には、“完”の用例は見当たらないが、“畢”と“訖”の用例はそれぞれ数例 見られる。

(135)或在城市,隨處任緣。或為人所使,事畢卻還。(巻二)

(あるいは街にいながら、いたるところで身を任せる。あるいは人に使われ、用事が 済んだら、また戻る。)

(136)師言訖,便往新州國恩寺。(巻二)

(師は言って、新州國恩寺へ行った。)

『朱子語類』では、“完”の用例はほとんど「完全、完備」などの意味で複合語として見 られる。また、「意味2」の用例は以下の1例のみである。

(137)長沙米倉酒庫自在城外。萬一修得城完,財物盡在城外,不便。(巻百六)

(長沙の米と酒の倉庫はもともと街の外にあります。もし城壁の建築が終わったら、

財産はすべて街の外にあって、不便です。)

例(137)の“修”は述語動詞、“得”は構造助詞、“城”は述語動詞“修”の目的語、“完”

は“修”の補語である。現代の標準語では“把城修得完(把OV得C)”という語順になる が、『朱子語類』では「V得OC」の語順が存在している。42

一方、「終わる、終える」の意味を表す動詞ないし動詞の補語としての“畢”の用例は百

41 また、例(133)に見られる“竟”は、「意味2」に相当し、動詞の補語として用いられて

いる。“食竟”は「食べ終わる」の意味である。

42 古屋(1985)など。

100 例近くも見られる。

(138)說大學啟蒙畢。(巻十四)

(『大学』『啓蒙』について説明し終わった。)

(139)“……人若不誠實,便傳也傳箇甚底!”言未畢,先生繼云。(巻二十)

(「人は誠実でなければ、何を伝えても無駄だ。」と言い終えないうちに、先生は尋 ねた……)

例(138)は動詞としての用例であり、例(139)は補語としての用例である。両方とも

“完”の「意味2」に相当する用例である。

また、“罷”の同様の用例が三十例近くも見られる。

(140)先生飯罷。(巻百七)

(先生は食事を終えた。)

(141)先生因吃茶罷。(巻百三十八)

(先生はそこで茶を飲み終えた。)

例(140)と(141)は「意味2」に相当し、動詞として用いられている。

さらに、“訖”の用例が二十例近くも見られる。

(142)曰:“自古來聖賢講學,只是要尋討這箇物事。”語訖,若有所思然。(巻六十三)

(曰く「昔から賢者が講義をするのは、この物事を検討する時だけだ。」と言って、

思案するようだった。)

(143)候救荒事訖,交割下替。(巻百六)

(飢饉の救済が終わるのを待ち、交替した。)

例(142)は補語としての用例であり、例(143)は動詞としての用例である。両方とも

「意味2」に相当する用例である。

『世説新語』、『祖堂集』、『朱子語類』に見られる「終わる、終える」の意味を表す語の 用例数をまとめると、表7-1の通りである。

表7-1 “完”、“畢”、“罷”、“訖”の用例数 完 畢 罷 訖

『世説新語』 0 27 0 2

『祖堂集』 0 12 7 9

『朱子語類』 1 99 29 18

表7-1から以下のことが分かる。

まず、『世説新語』、『祖堂集』、『朱子語類』における“完”の用例は極めて少ない。次に、

『世説新語』、『祖堂集』、『朱子語類』においては、“完”と同じ「終わる、終える」の意味 を表す動詞ないし動詞の補語として“畢”・“罷”・“訖”が用いられ、中でも“畢”が最も

101 多く使われている43

3.2白話小説に見られる“完”

前節で述べた通り、早期の白話資料においては、“完”は「完全、完備」の「意味 1」で 用いられており、「終わる、終える」の「意味2」の用例は見当たらない。“畢”、“罷”、“訖”

などが「~し終える、~し終わる」の意味を担っている。

元代の『元刊雑劇三十種』では、「意味1」や複合語の例は数例見られるが、「意味2」の

“完”の用例はわずか1例しかない。

(144)漢祖功施宇宙,真乃是補完天地手。(「陳季卿悟道竹葉舟」)

(漢祖の功績は全世界に恵を与えるもので、誠に天地を補し尽くすほどのものであ

る。)

この“完”は動詞の補語と言える。

元代以降の明清白話小説における「意味2」の“完”の用例数は表 7-2のように推移し ていく。

表7-2 明代と清代の白話小説における“完”の「意味2」の用例数 版本の成立年代 作品名 “完”の用例数 明代 三国志演義 16

三宝太監西洋記 45 平妖伝 28 水滸傳 27 西遊記 46 金瓶梅詞話 39 清代 醒世姻縁傳 332

紅楼夢 363 岐路灯 294 児女英雄傳 223 官場現形記 337

表7-2からわかるように、清代の作品の方が明代より多くの用例数を有する。次節では、

明代の四大奇書及び清代の『醒世姻縁傳』、『紅楼夢』、『児女英雄傳』における「意味2」の

“完”の用例について詳細に述べる。

43 “了”、“卻”については本稿では扱わない。詳しくは曹広順(1995)などを参照された

い。