第二章 “畢”について
3. 五作品における“畢”のまとめ
3.1五作品に見られる“畢”の形式とタイプ別割合
五作品における“畢”の用例数とタイプ別割合は以下の表にまとめる。
表2-21 五作品における“畢”の用例数
水滸傳 103/約96万字
西遊記 175/約82万字
金瓶梅詞話 549/約80万字
紅楼夢 282/約107万字
児女英雄傳 45/約57万字
(“畢”の用例数/作品字数)
明代の白話小説と清代の白話小説ともに“畢”の用例が見られる。作品別用例数を見る と、『金瓶梅詞話』における“畢”の用例数が圧倒的に多い。それに対して、『児女英雄伝』
における“畢”の用例数は最も少ない。『水滸傳』と『西遊記』における“畢”の使用は百
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以上に上り、『紅楼夢』における“畢”の使用数は三百弱である。この五作品を見る限り、
“畢”の使用頻度は時代とは関係ないようである。
表2-22 五作品における“畢”のAタイプとBタイプの割合
Aタイプ Bタイプ
水滸傳 78.64% 31.36%
西遊記 35.43% 64.57%
金瓶梅詞話 20.40% 79.60%
紅楼夢 21.99% 78.01%
児女英雄傳 80% 20%
Bタイプは『西遊記』、『金瓶梅詞話』、『紅楼夢』で多用され、Aタイプは『水滸傳』、
『児女英雄傳』で多用されている。タイプ別割合も時代とは関係ないようである。
表2-21と表2-22からわかるように、明清時代においては、“畢”の用例数もタイプ 別割合も通時的変化は見られない。“畢”の用例数は作品により、ばらつきが見られる。
無論、作品の分量により、“畢”の用例数にも影響を及ぼす可能性は否めない。また、A タイプとBタイプの割合については、『西遊記』、『金瓶梅詞話』と『紅楼夢』の分布は類 似し、『水滸傳』と『児女英雄傳』の分布は類似している。明清時代では、二つの用法が 併存しており、どちらかが優勢になったとは言えない。
3.2「V+O+畢」と「V+畢+O」新旧の語順の対立
Aタイプの「V+O+畢」は本来の古い語順であり(以下Ⅰ型語順と呼ぶ)、Bタイプの「V
+畢+O」は新しい語順である(以下Ⅱ型語順と呼ぶ)。Ⅰ型語順とⅡ型語順の用例数の分 布は以下表2-23の通りである。
表2-23 “畢”のⅠ型とⅡ型の用例数の分布
Ⅰ型 Ⅱ型
水滸傳 8 1
西遊記 11 1
金瓶梅詞話 50 124
紅楼夢 34 20
児女英雄傳 0 0
本研究で取り上げた作品においては、『金瓶梅詞話』を除き、基本的にはⅠ型の用例数が
Ⅱ型より多い。一方、『金瓶梅詞話』では、Ⅱ型の方の用例数が圧倒的に多い。
50 3.3“畢”と共起する副詞
Aタイプにおける“畢”と共起する副詞が多数見られた。“畢”と共起する副詞を以下の 表六のようにまとめられる。今回の調査に限り、“畢”と共起する否定副詞は“未”と限定
できる。一方、「すでに、もう」の意味を表す副詞は“畢”と共起しやすい。
表2-24 “畢”と共起する副詞
否定副詞(未) 副詞(已/方/才)
水滸傳 6 已:60
方:1
西遊記 9 已:20
才:1
金瓶梅詞話 5 已:31
纔:1
紅楼夢 0 已:21
児女英雄傳 0 已:26
“畢”と共起する否定副詞は“未”のみである。“方”と“才”とを比べて、共起する副 詞としては“已”が圧倒的に多い。
3.4“畢”を含むフレーズの特徴
本研究で取り上げている作品における“畢”と共起する語彙の用例数とタイプ別用例数 は以下の表2-25の通りである。
表2-25 “畢”を含むフレーズの用例数とタイプ別用例数
延べ語数 異なり語数
“畢”を含むフレーズ 1154 395
Aタイプ 354 311
Bタイプ 800 84
“畢”と共起する語彙で出現回数が多いのは以下の通りである。(右下の数字は出現回数)
説276;唱33;禮31;看30;拜29;吃28;事23;想21;寫18;吃畢茶16;言15;見畢禮數12; 聽12;吃畢飯11;祭11;茶11;敘禮11
AタイプとBタイプの用例数を比較すると、Bタイプの用例数の方が圧倒的に多い。こ れは『金瓶梅詞話』において“畢”が多用され、Bタイプの割合が高いからである。“畢”
と共起できる語彙が非常に多く、しかも意味も多岐にわたっている。一方、地の文と会話 文の境界を示すマーカーとしての用例“説畢”“寫畢”が多い。とりわけ、『金瓶梅詞話』
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における“説畢(169例)”の用例数は他の作品をはるかに上回る。しかし、『水滸傳』には
“説畢”の用例が1例も見られない。さらに、“畢”と共起する語彙は単音節の場合が多い。
3.5明清以前の“畢”について
“畢”は「終わる、終える」等の意味を表し、先秦両漢時代からすでに使われていた。
(72)康王命作冊畢。(『尚書・巻六』)
(康王は書状を作りおえるよう命令した。)
(73)事畢,不与王言。(『左傳』僖公)
(用事が終わったのに、王に報告しない)
先秦両漢時代から六朝までは“畢”は動詞としての用法のみ存在していた。「V(+O)
+畢」と「名詞(+副詞)+畢」の形式が見られる。一方、唐・五代から “畢”は接続用 法も見られるようになった34。
(74)“今日所產兒胎,置臨河之岪。”言畢,忽然不見。(『祖堂集』巻十七)
(「今日御産みになった赤ん坊は、河に面した山の中腹の道に置きなさい。」と言って、
突然いなくなった。)
例(74)の“畢”の例は従来の動詞としての用法と異なり、“畢”は動詞“言”の補語で ある。また、“言畢”は台詞に後置し、台詞と地の文の境界を示している。
元代になっても、従来の“畢”の用法もあり、大きな変化は見られなかった。
(75)有这场喜事,撮土焚香,三拜礼畢。(『西廂記』第三本第二折)
(今回の慶事で、土を積んで、お香を焚き、婚姻の三拝の礼を終えた。)
先秦両漢時代から元代まで“畢”の意味・用法には変化が見られなかった。一方、接続 用法の用例が見られるようになった。
3.6小結
“畢”について、以下のことが指摘できる。
①先秦両漢時代から明清時代まで“畢”は広く使用されていた。その形式は「V(+O)
+畢」と「名詞(+副詞)+畢」である。一方、明代になると、「V+畢+O」の形式の用 例が多く用いられるようになった。
②本研究で取り上げた明清白話小説においては、“畢”の用例はすべての作品において見ら れる。
③作品により、“畢”の虚化の度合いも異なっている。作品別 “畢”の虚化の度合いの相 違が見られない。
④ “畢”は様々な語彙と共起でき、広く使われている。二音節(二音節以上)の語彙と共 起しやすい。単音節の語彙と共起する用例は比較的少ない。単音節の語彙と共起する場 合、接続用法の言語系語彙が多い。
34 本研究の調べる限り、“畢”は接続用法として初めて使われていたのが唐五代からである。
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⑤本研究で取り上げた白話小説においては、基本的にはⅠ型が多く見られるが、『金瓶梅詞 話』にのみ“畢”のⅡ型の用例が多く見られる。
⑥“畢”は“了”と併用している用例はごく少数が見られる。
⑦“畢”がAタイプの場合、副詞挿入の用例も多く見られる。そのほとんどは“已”であ る。否定副詞の場合は全部“未”が用いられている。
⑧接続用法の用例は作品により、占める割合も異なっている。特に『金瓶梅詞話』と『紅 楼夢』には用例が多い。
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