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第三章 寄付の法的構成の検討

三 日独における各学説の内容

(一) 贈与、負担付贈与構成

日本法において、贈与説は、寄付者から募集者への無償の出捐があり、それについて双方が 合意したものとみなして贈与と解するものであり、負担付贈与説は、寄付者と募集者との間に 贈与が成立し、募集者はその寄付された財物をある一定の目的のために使用すべき義務または 寄付を受益者に与える義務を負担するものというものであった。ドイツ法においても、贈与説 は、寄付者による寄付は、無償で、寄付者の自己の財産から出捐がなされ、反対給付を生じさ せることなしに、相手方(募集者)の財産に移転すると解されていた。負担付贈与説は、寄付者が 募集者に寄付を受益者へ給付するよう負担を設定してなされる贈与であるというものであった。

このようにみると、日独ともに、贈与説、負担付贈与説の内容は概ね同様のものと理解する ことができる。両説は、寄付において寄付者から募集者への無償の出捐があるという寄付の実 態に着目しており、寄付者の直接の相手方を募集者として、寄付者の出捐が直接受益者へ渡ら ないという寄付の実態にも着目していると思われる。さらに、負担付贈与説においては、寄付

者の意図が、受益者に自己の無償の出捐を移転させるという点を重視し、受贈者に受益者への 寄付の給付の負担を設定する。寄付の場合、寄付者の目的と、募集者の目的は、寄付者の無償 の出捐が受益者へ移転することであり、この点、寄付の実態に即するように思われる。

しかし、贈与説、負担付贈与説については日独ともに批判的であった。まず贈与説について であるが、確かに、贈与説については、寄付者から募集者への無償の出捐が行われており、形 式的に見れば、寄付者は募集者に贈与を行っているようにみえる。しかし、実際に、募集者は 寄付者から直接の利益を受けるわけではなく、寄付者は寄付によって募集者に財産を与え、募 集者を利得させようとする意思はないと思われる(募集者も利得を受ける意図はない)。この点、

ドイツ法においては、寄付者の出捐は、募集者を利得させるものではなく、寄付者の出捐と募 集者の利得は結びついていない等を理由に贈与説を否定していた(644)。また、贈与における受贈 者の利得について、ドイツ法では、贈与者の財産の喪失から、受贈者に利得が生じなければな らないとし、贈与の前後において、経済的観点によって決定される利得の客観的な増加が必要 であるとされており、立法過程から現在に至るまで受贈者の利得を厳格に解していた(645)。日本 法においても、立法過程から現在に至るまで、贈与者の財産の出捐は、贈与者の財産が減少し、

受贈者に財産的利益がなければ贈与ではないとされており、贈与は自己の財産により相手方に 利益を与える契約であると解されていた(646)。したがって、寄付を単に贈与と解することは適切 ではないと思われる。さらに、日独における贈与説においては、寄付者からの撤回について言 及されておらず、基本的に寄付者による寄付の返還について想定されていないので、寄付目的 が達成されない場合等において寄付者がどのように対処することができるのかについてまで十 分にカバーできていないと思われる(647)

次に、負担付贈与説については、確かに、寄付者が受贈者に寄付を受益者へ給付するよう負 担を設定して贈与をすることは十分可能であると思われる。日本法においては、立法過程から、

受贈者が負うあらゆる負担を負担付贈与の負担と理解する立場にあり、贈与者の出捐と受贈者 の負担との間の対価のバランスが取れていない場合、受贈者に利益がある場合を広く負担付贈 与と解していた(648)。さらに、負担付贈与における負担にあるか否かについての判断について、

民法(債権法)改正検討委員会では、負担が贈与者の債務と対価関係ないことを表す意味で、受 贈者の債務を「負担」と表現することとし、負担の内容を広く解することを前提として、負担

(644)贈与説を否定する論者として、Puchta、Kiepert、Fischbach、Rademacher、Stolzberg、

Fischer等が挙げられる。本稿第二章Ⅲの二(一)参照。

(645)本稿第二章Ⅱの三(二)、四(一)参照。

(646)本稿第一章Ⅱの二(一)、三(一)参照。

(647)この点、小賀野晶一教授も同様の指摘をしている(小賀野・前掲注(27)85-86頁)。本稿第一章

Ⅲの三(二)参照。

(648)本稿第一章Ⅱの二(一)、Ⅱの三(二)参照。

の内容については定義規定を設けることはなされなかったので、負担の内容の解釈は一定程度 の柔軟性を持っている(649)。特に、寄付のように、受贈者が贈与の目的物そのものに関して贈与 者に負担を負うような、目的物の使徒制限の場合は負担付贈与と構成していた。これに対して、

ドイツ法では、贈与説同様に負担付贈与説も否定する。すなわち、贈与である以上、受贈者の 利得が必要であり、寄付においては、募集者は自己の利益を得るものではない等の理由から否 定する見解が多く、この見解は立法過程および判例(RGZ62,386ff)からもうかがわれる(650)。 これらのことから、寄付の法的構成を贈与、負担付贈与と捉えるかどうかは、贈与、負担付 贈与における受贈者の利得の理解、負担の内容をどのように捉えるかによって見解が分かれる と思われる。特に、寄付を単に贈与と構成した場合は、募集者が受益者へ寄付を移転するとい う目的は確実ではないと思われる。なぜなら、贈与説においては、寄付者の寄付目的が十分に 達成されるかどうか、募集者が、寄付目的達成のために寄付金の必要な管理、処分を適切にな されるかどうか、達成されない場合どのような対応をとることができるかについてまでカバー できておらず、前述したように基本的に寄付が撤回されるような場合を想定していない。それ を考慮して、負担付贈与説が提唱されたように思えるが、負担付贈与における負担の内容を広 く解することができれば、寄付を受益者へ移転するという負担を設定することは可能である。

ただ、寄付の場合、募集者が受贈者としての地位を有するかどうか、すなわち、募集者が利得 を受ける者であるかということについては、受贈者の利得を厳格に解すれば、負担付贈与と構 成することはできず、ここでの募集者は単に中間者、媒介者としての地位を有するのみとなろ う(651)

その他、寄付者が負担付贈与に第三者のためにする契約を援用して、受益者に履行請求権を 認めることも可能であると思われる(652)。しかし、寄付の場合、明確に受益者が決定されること はなく、寄付者が寄付をする時点で明確に受益者を特定して(民法537条を援用して)、募集者に

(649)本稿第一章Ⅱの三(二)参照。

(650)負担付贈与を否定する論者として、Stolzberg、König、Erb等が挙げられる。本稿第二章Ⅱ

の三(二)、Ⅱの四(二)、Ⅲの二(一)参照。

(651)ドイツ法においては、立法過程において、出捐者が、第三者の利得を意図し、そのためにあ

る者に財産を無償で移転する場合、そこでの負担は贈与における負担ではなく、負担付贈与に おける受贈者とはならないので、その場合の出捐の受取人を、単に中間者、仲介者としての立 場を認めるべきであるとされていた(Mugdan,a.a.O.(Fn.328),S.753)。学説においても、立法過 程と同様の見解である。例えば、Manselは、出捐は財産的な利得の提供であると理解されてお り、出捐の対象は、受贈者の財産が増加することであるとし、またこの出捐は、贈与者の現に 存在する財産の減少であると理解する。そして、受贈者の利得については、受贈者が単に中間 者であり、信託行為または慈善目的で募金する等の寄付において、出捐の受領者は自ら使用す るわけではなく、受け取ったものを返還あるいは移転する必要がある場合等は、それは利得で はないとする(Jauernig Kommentar/Mansel,16.Aufl.,a.a.O.(Fn.368),§516 Rn.7.)。

(652)日本法、ドイツ法において、負担付贈与に第三者のためにする契約を援用することについて

は立法過程から肯定的であった。本稿第一章Ⅱの二(一)、第二章Ⅱの一(一)以下参照。

負担付贈与をする形はとることが難しいようにも思われる。

(二) 寄託構成

日本法において、寄託説は、寄付者は募集者に財物を寄託するものとし、寄付者と募集者と の間の関係は、寄託契約であり、募集者は受寄者として目的の実行まで寄付財産を保管する義 務負うとするものであった。ドイツ法においても、寄託説は、寄付における募集者の負担は、

集められた寄付を募集者の手の中にまとめること、寄付目的の実現まで寄付を確実に保管する ことであり、寄付者と募集者に寄託契約が成立するとされていた。

このような寄託説は、寄付者と募集者の関係において、寄付者から募集者へ寄付が移転し、

募集者が寄付を受益者へ配分するまで管理、保管するという点に寄付の実態に着目したもので ある。この寄託説によれば、寄付者が寄託者、募集者が受寄者となり、寄付者から募集者へ寄 付が移転するが、それは寄付目的の実行まで、募集者が寄付財産を管理、保管する義務を負わ せることができる。寄付の場合、寄付額が巨大になることも多く、その点で、募集者に求めら れるのは、受け取った寄付を、寄付目的のために適切に管理、保管することであり、寄付者も 寄付が適切に管理されていることを募集者に要求するように思われる。このことから、寄託説 は、寄付には寄付財産の管理、保管が求められるといった寄付の実態に着目し、募集者の寄付 財産の管理、保管義務を基礎付けることを重視した法的構成であるといえる(653)

しかし、寄託構成においては、寄付が募集者によって寄付目的の実行のために適切に管理保 管されることしか捉えていないこと、寄付の実態を、募集者に寄付の管理、保管という行為が 必要であるということしか捉えておらず、寄付の法的構成としては適切ではない。この点、日 独においても、寄託説については批判的であったが、寄付の場合、寄付の管理保管以外に、募 集者が受益者へ寄付を移転するような寄付を処分する権限が必要である。また、寄託において は、寄付者は返還を要求することができるが、寄付においては基本的に、寄付者が返還を要求 することはなく、寄付者の意図は返還されることではなく、募集者によって寄付が受益者へ移 転されることであると思われる(654)

(三) 委任構成

日本法において、委任説は、寄付者は、直接その目的たる事業の完成に関与せず、募集者に 委任するものであり、寄付者と募集者との間に委任契約が成立し、前者を委任者、後者を受任

(653)Kiepert、Fischbach、Rademacher、Stolzberg等も同様に指摘していた。本稿第二章Ⅲの

二(二)参照。

(654)寄託説を否定する論者として、Kiepert、Fischbach、Stolzberg等が挙げられ、各論者も同

様に指摘していた。本稿第二章Ⅲの二(二)参照。