• 検索結果がありません。

第三章 寄付の法的構成の検討

二 寄付と信託法上の信託の成否

付財産の処遇が問題となった場面である(687)。なぜこのような場面において、信託法上の信託の 適用が必要となるのかについては次のような理由が考えられる。すなわち、大規模な義援金等 の寄付の場合、集められた寄付財産は極めて公共的な性格、役割を担っており、募集者の破産 財団の組み入れ、債権者による差押え等から保護する必要性が高いと思われる。そして、負担 付贈与構成の場合、募集者に目的に従って寄付財産を使用する義務等を負わせることは可能で あるが、寄付財産を募集者の固有財産とは分別して管理させ、信託財産として募集者の破産財 産の組み入れ、債権者による差押え等から保護することまではできない。

以上のことから、本稿では、寄付を法的にどのような構成によって捉えるべきかといった問 題に対しては、基本的には寄付を負担付贈与構成によって捉えるべきであると考えるが、寄付 には前述した理由から信託法の適用が必要となる場面が存在し、可能な限り信託法の準用ない し類推適用によって寄付財産の保護を図る方向性を考えるべきであるという立場をとる。そし て、寄付の法的構成をこのように考えた場合、いかなる基準によって信託法の準用ないし類推 適用が考えられるかという問題にあたると考えられる。これについては以下で検討することと したい。

信託の要素は、特定の委託者・受託者・受益者の存在と、委託者からの受託者への財産権(信託 財産)の移転・処分(信託目的遂行に必要な管理・処分権等の移転)、当該財産に付随する目的的 制限(信託目的への拘束)の存在であり、それ以外の点は柔軟であると説明される(689)。さらに、

信託においては、委託者から受託者への目的的制限を伴った特定の財産権の移転・処分がみら れるので、その結果、受託者は純粋な財産帰属者として行動することができず、そこから自由 には自己の利益を得られないこととなる(690)。つまり、目的財産が、委託者の所有を離れるとと もに(その意味では使途を定めて処分された)、受託者のもとでなお一定の経済目的のためのみ に管理されることにあり(その意味では受託者の固有財産ではない)、そこにはあたかも財団が できたかのような状況が生み出されるのである(691)。そして、当該財産が「信託財産」であると 法的に性質決定された場合、結果として当該財産に対して、特定目的(信託目的)の遂行にとっ てふさわしい管理がなされていることが要求され、その義務違反には一定の制裁が用意される とともに、一定の民事的効果が演繹的に導かれるという(692)。例えば、当該財産を特定し、受託 者の他の財産から独立させるための分別管理義務、使途管理(特定目的への拘束)等である。

次に、信託の成立要件についてみていきたい。信託の成立要件については、平成18年法律第 109 号による改正前の信託法(以下「旧信託法」という)1 条は、「本法ニ於イテ信託ト称スルハ 財産権ノ移転其ノ他ノ処分ヲ為シ他人ヲシテ一定ノ目的ニ従ヒ財産ノ管理又ハ処分ヲ為サシム ルヲ謂フ」と規定しており、現行信託法2条1項は、「この法律において『信託』とは、次条各 号に掲げる方法のいずれかにより、特定の者が一定の目的(専らその者の利益を図る目的を除く。

同条において同じ。)に従い財産の管理又は処分又はその他の当該目的の達成の為に必要な行為 をすべきものとすることを言う」と規定している(693)。旧信託法においては、財産権の処分、当 該財産につき他人をして一定の目的に従い管理または処分をさせることが信託の成立要件と解 することができ(694)、現行信託法2条1 項も基本的には同旨であると解される(695)。なお、当事

(689)河上正二「信託契約の成立について-最高裁平成14.1.17判決をめぐって-」東北信託法研

究会編『変革期における信託法』(トラスト60、2006)70頁。なお、信託と類似の法律関係は、

委任、第三者のためにする契約の組み合わせ等によっても実現可能であるが、委託者から受託 者への目的的制限を伴った特定の財産権の移転・処分が見られる点に信託の特色があるとされ る(河上正二「クラウドファウンディングと信託(覚書)」水野紀子編『信託の理論と現代的展開』

(商事法務、2014)54頁)。その他、信託の概念については、大村敦志「遺言の解釈と信託」米倉

明他著『実定信託法研究ノート』(トラスト60、1996)37頁、道垣内弘人「信託の設定または信 託の存在認定」道垣内弘人=大村敦志=滝沢昌彦編『信託取引と民法法理』(有斐閣、2003)1頁 以下等参照。

(690)河上・前掲注(689)(水野紀子編『信託の理論と現代的展開』)55頁。

(691)河上・前掲注(689)(水野紀子編『信託の理論と現代的展開』)55頁。

(692)河上・前掲注(689)(水野紀子編『信託の理論と現代的展開』)55頁。

(693)新井誠監修『コンメンタール信託法』(ぎょうせい、2008)35頁以下参照。

(694)道垣内弘人「最近信託法判例批評(8)」金法1589号(2000)46頁、佐久間毅「判批」平成14

年重判1246号(2003)74頁。

者が信託という文言を用いていたか否か、法的な意味において信託契約であるという認識を有 していたか否かは、信託契約の成否について決定的な意味を持たないと解されている(696)。 寄付の取引形態が信託と類似する点については、本章Ⅱの三(七)で言及したが、寄付の場合、

寄付者による無償の出捐は、募集者を利得させる意図で行われず、募集者も寄付者からの無償 の出捐を受け利得を受ける意図はなく、寄付者の意図は、寄付目的が達成されることであり、

そのために募集者に自己の寄付を受益者のために使用されることを意図して託すと思われる。

そして、そのために、寄付では、寄付者から募集者へ寄付が完全に移転し(所有権の移転)、募集 者は寄付目的に従い、寄付財産を適切に管理、処分することが要求されるのである。これらの 寄付の取引形態を考慮すれば、前述した信託の成立要件と適合的であると思われる(697)。 しかし、寄付の場合、必ずしも明示的に信託が締結されているとは限らず、寄付を負担付贈 与と構成した上で、どのような場合に信託が成立し、信託の効果が導き出せるのかについて検 討する必要があると思われる。これについては、最判平成14年1月17日判決(民集56巻1号 20頁。以下「平成14年判決」という)が、明示的に信託契約が締結されていなかった場合の信 託契約の有無について判断しているので、参考になると思われる。以下でみていきたい。

2 平成14年判決の内容

平成14年判決は、公共工事の建設請負契約における前払金について、信託契約の成立を認め た判例である。事案の概要、判旨は以下のとおりである。

【事案の概要】

地方公共団体である愛知県(B)が請負業者(A)に公共工事を発注するのに際し、Aに対してB

(695)道垣内弘人『信託法』(有斐閣、2017)3頁、松元暢子「公益組織に対して使途を指定して行

われた寄付の法的性質と使途変更」樋口範雄・神作裕之編『現代の信託法 アメリカと日本』(弘 文堂、2018)274頁。

(696)中村也寸志「判批」法曹55巻8号(2003)149頁、四宮・前掲注(245)106頁、道垣内・前掲

注(694)46頁。その他、河上正二教授は、信託の成立については次のように述べている。ある財 産が分別して管理される、使途目的が制限される等の効果、制約を伴って管理されるべき財産 ついては、当事者の意思解釈上、「信託財産として管理されている」と解される余地があり、そ のような制約と無縁の財産の場合は、そうならない可能性が高いとする。そして、取引関係全 体の経済的・実質的機能からみて、当該財産が、通常の個人財産としてではなく、一定の目的 に従って管理・処分されるべく必要な取引関係と結合され、かつ、当事者がそのような了解の もとで事業を行っている場合、そこに現れた経済的・実質的な信託機能を追求する当事者意図 を読み取ることは比較的容易となるという。「信託行為」の代表格である信託契約は、一般に委 託者の信託を設定する意思(信託設定意思)と受託者の信託を引き受ける意思(信託引受意思)の合 致によって生じるが、いかなる場合に、かような信託意思を読み取れるかは、当事者の意思表 示の解釈問題にほかならないからであるとする(河上・前掲注(689)(水野紀子編『信託の理論と 現代的展開』55頁)。

(697)中野・前掲注(216)221頁。

から前払金が支払われた。前払金は信用金庫(Y2)の A 名義の預金口座に払い込まれた。その際 に、AにBに対する保証金の返還債務が生じた場合の前払金返還債務を保証事業会社(Y1)が保 証した。その後、Aの営業停止により工事の続行が不能となったため、本件請負契約が解除され た。AはBに対し本件前払金から工事の既済部分を控除した残金を返還しなかったため、Y1は Bに対し、保証債務の履行として残金相当額を支払った。Aの破産管財人であるXが、Yに対 し、本件預金についてXが債権者であること等の確認を求めるとともに、Y2に対し、本件預金 の残額およびこれに対する遅延損害金の支払いを求める訴えを起こした。

【判旨】

「本件保証約款によれば、……前払金の保管、払出しの方法、Y1による前払金の使途につい ての監査、使途が適正でないときの払出し中止の措置等が規定されているのである。……Aはも ちろん B も、本件保証約款の定めるところを合意内容とした上で本件前払金の授受をしたもの というべきである。このような合意内容に照らせば、本件前払金が本件預金口座に振り込まれ た時点で、BとAとの間で、Bを委託者、Aを受託者、本件前払金を信託財産とし、これを当 該工事の必要経費の支払いに充てることを目的とした信託契約が成立したと解するのが相当で あり、したがって、本件前払金が本件預金口座に振り込まれただけでは請負代金の支払いがあ ったとはいえず、本件預金口座から A に払い出されることによって、当該金員は請負代金の支 払いとして A の固有財産に帰属することになるというべきである。また、この信託内容は本件 前払金を当該工事の必要経費のみに支出することであり、受託事務の履行の結果は委託者であ るBに帰属すべき出来高に反映されるのであるから、信託の受益者は委託者であるBであると いうべきである。」

本判決は、上記保証約款等で定められたAおよびBとの合意内容に照らせば、公共工事の前 払金について、AとBとの間で、Aを委託者兼受益者、Bを受託者、本件前払金を信託財産と し、これを当該工事の必要経費の支払いに充てることを目的とした信託契約が成立したと解し

(698)。その結果、信託財産は受託者の破産財団を構成しないことから、本件預金の残額は破産

財団を構成しないこととなった。本判決においては、注文者から請負者に前払金が振り込まれ

(698)本判決に関する評釈、論文としては、佐久間毅「信託契約の成立-金銭の預託の場合」木南

敦・山田誠一編『信託及び財産管理運用制度における受託者及び管理者の責務及び権限』(トラ スト未来フォーラム、2016)3頁以下、同・前掲注(694)74頁以下、伊室亜希子「他人のために 金銭を保管すべき者が自己名義で預金をした場合における信託成立の可能性」関西大学法学論 集54号3巻(2004)474頁以下、金子敬明「判批」法協123巻1号205頁以下、安藤朝規「請負 者の破産と預金債権の帰属」新井誠編『信託法実務判例研究』(有斐閣、2015)4頁以下、河上・

前掲注(689)(東北信託法研究会編『変革期における信託法』)70頁以下、同・前掲注(689)(水野 紀子編『信託の理論と現代的展開』)59頁以下、中村・前掲注(696)155頁以下等を参照。

たこと、請負者が自己名義で本件預金口座を開設し管理していること、前払金の預金の管理方 法については、公共工事請負約款および保障事業法の保障約款で定められていたこと、この預 金の管理方法は注文者および請負者に周知されていたこと、受託者である請負者がこの前払金 の預金を自己の固有財産と区別して分別管理をしていたこと等を確認した上で、「このような合 意内容に照らせば」信託契約が成立したと解するのが相当であると述べている。このように、

本件の前払金の預金は公共工事の必要経費という特定の目的のために管理された財産であり、

信託システムに比肩すべき様々な管理体制が整っていたといえる(699)

また、この判旨からは、最高裁は分別管理を行うことやその管理方法が合意されていること をも信託契約の成立要件と解している可能性があることが読み取れる。この点については、旧 信託法1条や信託法2条1項から導かれる要件である、①財産権の処分、②当該財産につき他 人をして一定の目的に従い管理または処分をさせることになっていることとの関係では、次の 2 つの見解に整理される(700)。一つ目は、最高裁は上記①および②の要件に加えて、分別管理義務 が課されていること等をも信託契約の成立とする見解(701)。二つ目は、最高裁は、分別管理義務 を上記②の要件の存否を判断する際のポイントとしたとする見解である(702)。しかし、いずれの 見解に立つとしても、最高裁が信託契約の成立の有無を判断する際に分別管理義務の存在を重 視していると思われる(703)

3 寄付と信託法上の信託の成否について-平成14年判決を踏まえて-

平成 14年判決は、信託契約の成立要件として、旧信託法1 条に定める2つの要件である、

①財産権の処分、②他人をして一定の目的に従い管理または処分をさせることになっているこ とに加えて、あるいはその一部として、分別管理を行うことや管理方法が合意されていること も要求する可能性があることを示していた。したがって、平成14年判決を前提とした場合には、

本稿の対象とする寄付において信託契約の成立が認められるためには、①財産権の処分、②他

(699)河上・前掲注(689) (東北信託法研究会編『変革期における信託法』)77頁、安藤・前掲注(698)13

頁。河上教授は、本判決が、信託の成立を正面から認めたことは、それ自体画期的なことであ るが、しかし、そこには、双方当事者の信託的合意の要素のみならず、公共工事の前払金をめ ぐる様々な管理体制が法的裏付けをもって用意され、それが信託法のシステムに比肩しうるも のであること、前払金制度の持つ公益的使命等が多いに関わっていると考えるのが適当であり、

現時点でこれを安易に一般化することには慎重である(河上・前掲注(689) (東北信託法研究会編

『変革期における信託法』)76-77頁)。

(700)松元・前掲注(695)276頁。

(701)佐久間・前掲注(694)74頁、同・前掲注(698)29頁。

(702)道垣内弘人「最近信託法判例批評(9)」金法1600号(2001)84頁。その他、中村・前掲注

(696)148-149頁では、分別管理義務を②の要件の存否を判断する際のポイントであるとする。

(703)松元・前掲注(695)276頁、河上・前掲注(689) (東北信託法研究会編『変革期における信託

法』)71頁。