4. 先行研究レビュー
5.1. 日本の情報政策の展開(村上浩介)
本章では,「子どもの情報行動」に関係する各種施策のうち,特に(1)子どもの読書 活動推進,(2)違法・有害コンテンツ規制,(3)インフォメーションリテラシー・情報 活用能力の涵養の3つを取り上げて,背景,経緯,動向について紹介する。その上で,
これらの施策のもと,学校や図書館,図書館類縁機関がどのような活動を行っている のかについて,現況を紹介する。
これに先立ち本稿では,これら個別の施策に通底する,府省を横断した政府全体の 情報政策,戦略スキーマについて,1990年代後半から時系列で概観する。個別の施策 については,特に「子どもの情報行動」に関係のあるものについて,その概要を紹介 する。ただし各種審議会での議論及び答申については,本稿では取り扱わない。
なお本稿では,金容媛に倣い,情報政策の概念を「政府が,情報社会の実現のため 設定した,情報生産・情報流通・情報応用・情報制度などの目標達成のため行うすべ ての促進的または規制的計画・活動」と定義する1。
IT
(InformationTechnology)政策,
ICT(Information and Communication Technology)政策などと呼ばれるものも包含して
紹介する。5.1.1. 高度情報通信社会推進に向けた基本方針(1995~1998年)
日本政府による高度情報通信社会のための政策は,1994年8月に内閣に高度情報通信 社会推進本部を設置したことを嚆矢とする。米国でクリントン大統領・ゴア副大統領が 就任し,全米情報基盤(National
Information Infrastructure),情報スーパーハイウェイ
(Information Superhighway)構想を掲げた1993年の1年後である。同本部は翌1995年 に「高度情報通信社会推進に向けた基本方針」2(平成7年2月21日 高度情報通信社会推 進本部決定)を発表し,情報通信インフラ整備の必要性を提起するとともに,その実現 に向けた課題と対応策,そのための行動原則,官民の役割,政府の取組の在り方などを 示した(高度情報通信社会推進本部 1995)。「子どもの情報行動」に関するものとし ては,当面対応すべき具体的な政策課題「公共分野の情報化等」の中で学校・大学等に おける情報機器・ソフトウェア等の整備が,また同じく「人材の育成」の中で児童生徒 の情報処理・活用能力の向上が,必要な施策として挙げられている。なお,この1995 年基本方針には,行政の情報化,防災の情報化,情報化の進展に対応した著作権等の施 策の展開,セキュリティ対策,プライバシー対策,相互運用性・相互接続性の確保,ソ フトの供給など,後に実現する,又は重要な課題として議論される政策課題が数多く盛 り込まれており,興味深い。
この1995年基本方針から3年後の1998年,「想定し得なかったスピードで経済・社会 の諸分野におけるネットワーク化が進展してきている」ことを受けて,改訂版の「高度
情報通信社会推進に向けた基本方針」(平成10年11月9日 高度情報通信社会推進本部決 定)が策定された(高度情報通信社会推進本部 1998)。この基本方針では,当面の目 標として(1)電子商取引普及,(2)電子的な政府の実現,(3)情報リテラシー向上,(4) 情報通信インフラ整備の4つが掲げられた。また1995年基本方針で挙がった各課題に加 え,電子商取引等推進のための環境整備及びハイテク犯罪への対策の必要性が特記され ている。「子どもの情報行動」に関する観点からは,情報リテラシー向上が目標として 明記されたこと,電子商取引等推進のための環境整備の1つとして「違法・有害コンテ ンツ対策」の必要性が提起されていることが注目に値する。後者については,コンテン ツの充実という項目においても,青少年の健全な育成に配慮したコンテンツの制作・利 用体制の整備が必要とされている。
1995年基本方針で掲げられた情報社会実現のための政策課題は,
「子どもの情報行動」に関するものに限れば,金の言う「促進的計画・活動」のみであった。これに対し,
1998
年基本方針では,違法・有害コンテンツ対策という「規制的計画・活動」が加わってい る。以後,促進/規制の両面での政策展開・議論が行われていく。5.1.2. 基本方針アクション・プラン及びミレニアム・プロジェクト(1999~2000 年)
翌1999年には,
1998年基本方針に基づく情報通信関連施策全体の進捗状況を測る指標
として,また関係省庁の施策推進に資するものとして,「高度情報通信社会推進に向け た基本方針: アクション・プラン」(平成11年4月16日 高度情報通信社会推進本部決 定)が策定された(高度情報通信社会推進本部 1999a)。これは,基本方針の4つの当 面の目標と,その他の課題との各々に対し,具体的な施策事項とその目的や期待される 効果,措置内容,連絡先省庁を示したものである。「子どもの情報行動」に関係するも のとしては,「違法・有害コンテンツ対策」として郵政省・通商産業省・警察庁などの 施策が,「情報リテラシーの向上および人材育成」「教育の情報化」「コンテンツの充 実」として文部省・郵政省・通商産業省などの施策が挙げられている。例えば「教育の 情報化」においては,2001(平成13)年度までにすべての公立学校をインターネットに
接続する,公立学校においては小学校で22台(児童2人に1台で指導),中学校・普通科 高等学校で42台(生徒1人に1台で指導)の教育用コンピュータを整備する,と年限を明 記した形で,施策事項とその目標設定がなされている。なおこのアクションプランにお いて,警察庁による「少年に有害な情報に関する研究」として情報と少年非行との関連 についての実態把握・分析が,郵政省による「青少年と放送に関する調査研究」として メディア・リテラシーに関する議論の蓄積が,各々必要だと提起されていることにも目 を向けておく必要があろう。アクションプランで掲げられた施策事項のうち,「教育の情報化」など4つの事項(他 は自動車保有関係手続のワンストップサービス,政府調達手続の電子化,行政事務のペ ーパーレス化)については,
1998年12月に設けられた内閣総理大臣直轄の省庁連携タス
クフォース「バーチャル・エージェンシー」によるプロジェクトとして検討が進められ,1年後の1999年12月,内閣総理大臣に対して最終報告が行われた(バーチャル・エージ
ェンシー 1999)。「教育の情報化プロジェクト」の報告では,世界的な趨勢を見ても
「教育の情報化は,日本の教育における最重要課題」であるという認識のもと,情報化 の推進によって「子どもたち」「授業」「学校」がどのように変わっていくのかという 姿を目標として設定するとともに,その目標を達成するための具体的な取り組みと,そ れを進めていく上で配慮すべき事項が提示されている。ここでは,「主体的に学び考え,
他者の意見を聞きつつ自分の意見を論理的に組み立て,積極的に表現・主張できる」よ うに「子どもたちが変わる」ための前提として, (1)情報に関するモラルやルール等の ための教育の実施,(2)心の教育の充実,(3)教育のための技術の研究開発の3点に配慮 しながら,
2005年を目安として,ハード・ソフト両面での具体的な取り組みを施策とし
て推進すべきと提言している。また「教育情報ナショナルセンター」を整備する必要性 も提言されている。なおこの報告には,「情報化の「影」の部分への対応」という表現が登場する。情報 化により,子どもたちのコミュニケーション能力が飛躍的に高まる一方で,「子どもた ちがバーチャルな空間に埋没することによって,自然体験・社会体験の不足,人間関係 の希薄化,現実感の欠如を招くなど,いわゆる情報化の「影」の部分も懸念される」と する。そして,この事態に対応するために,より一層の「心の教育」の充実,子どもた ちに自然にネチケットを身に付けさせていくことが重要だとされている。この「情報化 の「影」の部分への対応」という表現は,以後の文部科学省による「教育の情報化」施 策の方針にも登場し続けている。
このバーチャル・エージェンシーによる報告を受けて同1999年末,「バーチャル・エ ージェンシーの検討結果を踏まえた今後の取組について」(平成11年12月28日 高度情 報通信社会推進本部決定)が発表された(高度情報通信社会推進本部 1999b)。これは 各施策について,目的・目標,具体的な方策,実施に当たっての課題,スケジュール,
推進体制等を定めるものであった。内容はほぼ,報告の提言に従うものであったが,以 下の3つの事項についてスケジュール(年限)が具体的に示されたことに注目したい。
(1) 平成13年度(2001年度)までに,すべての公立小中高等学校等がインターネッ トに接続でき,すべての公立学校教員がコンピュータの活用能力を身につけら れるようにする。
(2) 平成14年度(2002年度)に,我が国の教育の情報化の進展状況を,国際的な水 準の視点から総合的に点検するとともに,その成果の国民への周知を図るため,
国内外の子供たちの幅広い参加による,インターネットを活用したフェスティ バルを開催する。
(3) 平成17年度(2005年度)を目標に,すべての小中高等学校等からインターネッ トにアクセスでき,すべての学級のあらゆる授業において教員及び生徒がコン ピュータを活用できる環境を整備する。