第 2 章 紙とコンピュータによる幼児の描画行動の比較分析
2.6 分析結果
2.6.3. 描画ソフトにおける不自然な行動・操作
描画ソフトを用いると,紙への描画時には見られなかった不自然な行動・操作が見ら れた.
【道具の移動・描画中の姿勢】
表 2.4 の「道具の移動」カテゴリーの「紙/パッド」と「クレヨンの箱」からわかる ように,紙での描画では,紙の移動:平均8回,クレヨン箱の移動:平均2回と,紙や クレヨン箱を書きやすい位置に移動させる行動が見られたが,描画ソフトを用いた場合 では,道具の移動が一切見られなかった.これは,描画ソフトの場合はペンパッドが大 きく重いためと考えられる.デザイナーの描画時に紙を回転させる行動に着目しペンパ ッドが回転する回転UIを提案した報告がある[17].幼児においても,自然な描画環境を 提供できる移動可能なペンパッドインタフェースの検討が必要である.
また,描画ソフトでは,色選択以外での操作ではきちんと椅子に座って描画を行って いたが,色の選択時には椅子から立ち上がって真上から覗き込む行動が見られた.この 行動の起因理由の一つとして,色のアイコンや図形ツールが液晶画面の上部に配置され ていたことが考えられる.この乗り出す行動は紙描画で見られなかった.描画ソフトで は,「体の位置」の「乗り出す」カテゴリーと描画時間から「乗り出す」行動は平均 (7.5+12.0+27.5)/(57.0+69.0+74.5)=22%にも達した.幼児のユーザビリティを考慮し,
ツールの配置にも注意を払った設計が必要であると考えられる.
【アイコンの選択】
時間見本法のチェックリストより,描画ソフトを用いた描画では,何度も同じ色のア イコンをクリックしたり,すでに選択されているアイコンをもう一度クリックするとい う不自然な操作が見つかった.そこで,このような操作行動を引き起こす要因を分析し,
以下の3つにまとめた.各要因によって引き起こされた行動の回数は,本手法より定量 的に測定することが出来た.その測定方法と結果を示す.
(1) 筆 圧
要 因:目的の色アイコンをクリックしても,その色に変更されない.
測定方法:「ツールの選択」「色」カテゴリーで選択したアイコンと,「object の描 画」カテゴリーで実際に描画した結果が異なる場合の回数を測定(図 2.6).
結 果:表 2.10 の「筆圧」の列に示した.アイコン選択の他に,描画時に線が 描けなかった失敗も多くみられた.一般に幼児は筆圧が低く,幼児に適 した筆圧調整の検討が必要である.
図2.6 筆圧による失敗の測定方法(被験者C:T1の例)
(2) 変更の不確実性
要 因:色アイコンをクリックすると,クリックしたアイコンがボタンを押した ように表示されるが明確に変更の確認ができずもう一度クリックする.
測定方法:「新しい紙」「ツールの選択」「色」カテゴリーにおいて連続して同じ欄 にチェックが記入してある場合,同じアイコンを連続してクリックした とし回数を測定(図2.7).
結 果:表 2.10 の「不確実性」の列に示した.幼児は,変更に確信がもてず何 度も同じアイコンをクリックする傾向がある事がわかった.幼児が,明 確に色変更が確認できるインタフェースの検討が必要である.
図2.7 変更の不確実性による失敗の測定方法(被験者D:T3の例)
(3) 記 憶
要 因:描画終了後に,現在選択している色をもう一度クリックする.
測定方法:「ツールの選択」「色」カテゴリーのいずれかにチェックがあり,その後 いくつかの観察単位後(「object の描画」カテゴリーなどにチェックが 記入された後),また同じ「ツールの選択」「色」カテゴリーにチェック がある場合の回数を測定(図2.8).
結 果:表 2.10の「記憶」の列に示した.幼児は,次に何を描くか考えその後
に描画を行うときなど,現在選択している色を忘れてしまい,もう一度 同じ色を選択する傾向がある.そこで,現在選択している色を忘却して しまうまでの時間を測定した.その結果,平均14.5秒(2.9単位時間)で
図2.8記憶による失敗の測定方法(被験者B:T2の例)
表2.10 アイコン選択の失敗 (失敗回数 / 総変更回数) 要因
被験者 筆圧 不確実性 記憶 合計回数
A 1/36 2/36 0/36 3/36
B 1/37 1/37 4/37 6/37
C 3/32 0/32 2/32 5/32
D 3/83 12/83 4/83 19/83
ある課題を実行するために必要な情報を,必要な期間能動的に保持する脳内プロセス を行う作業記憶がある.作業記憶では,一時的に保持できる情報量は限られている.一 般的に大人では7±2チャンク,情報の保持時間はおよそ20秒程度と言われているが,
記憶容量は年齢により異なり,5歳児では,大人の記憶容量の約6割,4.5チャンクと
される[18, 19].また,作業記憶に入力された情報は,維持しようとしなければすぐに忘
却する.本実験では,色アイコンを選択したあと,描画等の行動を行っているため,後 続に入力された情報に干渉され,選択した色を忘却したと考えられる.後続の情報を入 力し続けながら,約15秒のあいだ記憶を保持することは,5歳の幼児には困難である.
従来のツールであるクレヨンでは,クレヨン自体に色がついているため,現在の色を 作業記憶に頼らず手元を見れば思い出すことができる.コンピュータにおいても,作業 記憶に頼らず現在の色が瞬時に確認出来るようなインタフェースの検討が必要である.