第3章 小学校 1 年生に関する人権教育資料を活用した道徳授業の検証
第1節 授業分析の概要
(1)対象とする教材の選定
本研究では、 [第三次とりまとめ](文部科学省、 2008)
349の後に刊行された人権教育資料に掲載さ れている小学校1年生を対象にした参加型人権学習(道徳授業)の指導例示に焦点をあてる。理由 としては、人権教育の根拠となる法令が政府や自治体等の公共機関の役割と責務を明記していると ともに、各地の教育委員会が作成した人権教育資料は、教員研修に公的な責任をもっていること、
また、 [第三次とりまとめ](文部科学省、2008)
350は、人権教育を通じて培われるべき資質・能力 を、 「知識的側面」 「価値的・態度的側面」 「技能的側面」を説明しているもっとも最近の公的な文書 に位置付くためである。そして、人権教育資料に掲載されている道徳授業の指導例示は、新設され た道徳科や人権教育を推進していくうえで、重要な位置づけにあるといえる。
以下、梅野正信研究室に所蔵してある都道府県及び政令指定都市の教育委員会が発行している人 権教育資料
351を参加型人権学習における学習活動の特色(「①人間関係の改善を目的とする技能の 習得」、 「②自己肯定感を育む自己表現の体験」 、 「③意思決定(ランキング)」 、 「④少数者体験・共感 的理解」 、 「⑤固定観念の自覚」 、 「⑥交流体験・疑似体験活動」 、 「⑦協力的作業を目的とした活動」 ) ごとに、参加型人権学習の指導例示を表 7 に整理した
352。表 7 の 1 番左の列が教育委員会の都道府 県名であり、2 番目の列が都道府県の中の指導資料を識別するためにアルファベット順に記号を記 した。 3 番目の列は資料名を『 』で示す共に、指導例示名を「 」で示している。4 番目の列は人 権教育を通じて育てたい資質・能力の 3 つの側面におけるねらいに該当しているものを〇印で示 し、5 番目の列は参加型人権学習における学習活動の特色を「①人間関係の改善を目的とする技能 の習得」 、 「②自己肯定感を育む自己表現の体験」、 「③意思決定(ランキング)」、 「④少数者体験・共 感的理解」、 「⑤固定観念の自覚」 、 「⑥交流体験・疑似体験活動」 、 「⑦協力的作業を目的とした活動」 ) ごとに該当するものを〇印で示した。なお、下記に表に該当する指導例示に関して([教育委員会・
記号])で識別できるように示していく。
表7から、国内における小学 1 年生を対象とした参加型人権学習は、人権教育を通じて育てたい
資質・能力の 3 つの側面の育成に向けて推奨されていることが確認できると共に、30 例示が確認
できた。知識的側面をねらいとしている指導例示は、4 例示が確認できる。また、価値的・態度的
側面をねらいとしている 22 例示が確認できると共に、技能的側面をねらいとしている指導例示は
18 例示を確認できる。
70
表 7 小学校第1学年を対象とした参加型人権学習の一覧
教 育 委
員会 資料名『 』 指導例示名「 」
ねらい ①
人
間
関
係
の
改
善
を
目
的
と
す
る
技
能
の
習
得
②
自
己
肯
定
感
を
育
む
自
己
表
現
の
体
験
③
意
思
決
定(
ラ
ン
キ
ン
グ)
④
少
数
者
体
験
・
共
感
的
理
解
⑤
固
定
観
念
の
自
覚
⑥
交
流
体
験
・
疑
似
体
験
活
動
⑦
協
力
的
作
業
そ
の
他
知
識
的
側
面
人権感覚
価
値
的
・
態
度
的
側
面
技
能
的
側
面
埼玉県
A
『人権感覚育成プログラム(学校教育編)児童
生徒の豊かな人権感覚をはぐくむための「自
分」『人』彩発見プログラム』
「『いのち』ってあったかい!」
○ ○ ○
B 『同』「みんなにこにこにっこりなかまだよ!」 ○ ○ ○
C 『同』「まかせて!やってみるよ!さいごまで!」 ○ ○ ○
東京都 A 『人権教育プログラム(学校教育編)』
「つなげてかさねて」 ○ ○
神 奈 川
県 A
『人権ワークシート集-人権教育のために第13集(小・
中学校編)』「たのしいことはどんなこと」 ○ ○
B
『人権ワークシート集-人権教育のために第14
集(小・中学校編)』「「ほめことばをプレゼント」
をしよう」 ○ ○
C 『同』「どちらかというと・・・?」 ○ ○
D 『同』「いーれて」 ○ ○
長野県 A 『参加型人権教育プログラム集』
「うれしかったこと」 ○ ○
B 『同』「人権かるたを作ってみよう」 ○ ○
C 『人権教育指導資料 ~人権教育を進めるた
めに~』「人権かるたを作ってみよう」 ○ ○
静岡県 A
『静岡県人権教育の手引き すぐに活用でき
る参加体験型人権学習』「こんなときどうす
る?」
○ ○
B 『同』「四つのコーナー」 ○ ○
C 『平成26年度静岡県人権教育の手引き』「何を
もっていきますか?」 ○ ○ ○
奈良県 A 『なかまとともに 小学校1』
「がっこうの まわりで」 ○ ○ ○
B 『同』「あいこで なかよし」 ○ ○
C 『同』「せかいの あそびを しよう」 ○ ○ ○
D 『同』「どうすれば いいかな」 ○ ○ ○
E 『同』「すきなもの」 ○ ○ ○
F 『同』「木は たからもの」 ○ ○
G 『同』「いのちの おと」 ○ ○
H 『同』「かぞく だいすき」 ○ ○ ○
I 『同』「むかしの こどもたち」 ○ ○
J 『同』「つながりさがし」 ○ ○
岡山県 A
『人権教育指導資料Ⅳ 人権学習ワークシー
ト集(下)』「がまんしないで つたえればいいん
だよ」 ○ ○ ○
福岡県 A
『人権教育指導者用手引き~児童生徒の人権
感覚を育成するために~』「わたし だいすき
はっけん!」 ○ ○ ○
佐賀県
A
『人権・同和教育資料40集 豊かな人権感覚の育成
を目指して その1 人権尊重の視点に立った学校づ
くり』「子どもたちが笑顔になる人権集会」
○ ○
宮崎県 A 『人権教育ハンドブック ―小学校編―』「話
そう!聞こう!みんな友達」 ○ ○ ○
鹿 児 島
県 A
『人権教育指導資料実践例集仲間づくり《男女平等
編》』「どっちがするの?どっちがいいの?」 ○ ○ ○
B 『人権教育指導資料 実践例集仲間づくり《参
加型学習編》』「アルバムをつくろう」 ○ ○ ○
4 22 18 6 6 2 1 2 5 4 4
71
このことから、小学校1年生を対象にしている参加型人権学習の指導例示は価値的・態度的側面 や技能的側面の育成をねらいとしている指導例示が多い傾向にあり、自他を尊重する価値志向的な 人権感覚を高めることに重点が置かれていることが読み取れる。次に、学習活動の内容・方法に着 目をすると、「①人間関係の改善を目的とする技能の習得」の活動内容としては、児童同士のコミ ュニケーションの基礎として会話指導や、言葉遣い、他者に肯定的な言葉を発することを体験する 指導例示([神奈川 B]、 [神奈川 D] 、 [奈良 B])や、対立する問題場面を想定し、他者と協力したり、
非攻撃的自己主張したりして問題を解決することを体験する指導例示([奈良 D]、[岡山 A])、学校 生活の問題状況への対応を考える指導例示([静岡 A])が確認でき、「①人間関係の改善を目的とす る技能の習得」においては、六つの指導例示が確認できる。
「②自己肯定感を育む自己表現の体験」の活動内容としては、自分自身の良い面や友達と違う面 を見つけて自尊感情を高めることを主題としている指導例示([神奈川 C]、 [長野 A]、 [奈良 E]、 [福
岡 A]、[宮崎 A]、[佐賀 A])が確認でき、 「②自己肯定感を育む自己表現の体験」は、六つの指導例
示が確認できる。「③意思決定(ランキング)」に関しては、価値観を順位付けて多様性の重要性を 学ぶ指導例示([神奈川 A]、[静岡 C])の二つが確認できると共に、 「④少数者体験・共感的理解」に 関しては、自身の立場や見解を相対的に自覚する学習活動([静岡 B])が唯一確認できる。そして、
「⑤固定観念の自覚」に関しては、男女の役割を固定化さない指導例示([奈良 H]、[鹿児島 A]) の 二つが確認でき、「⑥交流体験・疑似体験活動」では、様々な体験活動を取り入れた指導例示([埼 玉 B]、[埼玉 C]、 [東京 A]、[奈良 C]、 [奈良 I])が五つの指導例示が確認できる。さらに、 「⑦協力 的作業」では、グループで協力する学習活動が設定されている指導例示([長野 B]、[長野 C]、[奈
良 J]、[鹿児島 B])の四つの指導例示が確認できると共に、[埼玉 A]のいのちの音を聞く活動や、
[奈良 B]の学校のまわりを探検したりする活動等、[奈良 F]、[奈良 G]のような多様な参加型人権
学習の指導例示が四つ確認できる。
上記のことを踏まえれば、小学校1年生を対象にしている参加型人権学習は、「①人間関係の改 善を目的とする技能の習得」や、「②自己肯定感を育む自己表現の体験」 、「⑥交流体験・疑似体験 活動」が多い傾向にある。また、「人権教育を通じて育てたい資質・能力」の 3 つの側面の育成を 目的として、地域や学校の実態に応じて多様な学習活動の内容・方法の指導例示が推奨されている ことから、指導例示ごとに優劣をつけることはできない。しかしながら、小 1 プロブレムでは、子 ども同士の対立を子どもたちだけで解決する体験が不足し、人間関係を学ぶための教育活動が小学 校 1 年生において特に重要であることが指摘
353されていることを踏まえれば、参加型人権学習の中 でも、「①人間関係の改善を目的とする技能の習得」に注目することが妥当だと判断した。
一方、第 1 章において確認したが、2000 年代初頭から小学校 1 年生の児童が学校生活や友人関 係に不適応を起こす現象が小 1 プロブレム
354として問題視されており、子ども同士の対立を子ども たちだけで解決する体験が不足し、人間関係を学ぶための教育活動が小学校 1 年生において特に重 要であることが指摘されてきた (新保、2001)
355。また、文部科学省の人権教育に関する状況調査 の結果では、「発達段階によって自他の違いに気付けずトラブルになる場合も多い。多様性に対す る態度をどのように育成していけばよいか(小学校)」
356という課題が指摘されている。中川ら
(2002)
357は、学校教育における人権教育としては、民主主義社会のたしかな担い手を育成するため
に、国際的な動向を踏まえた参加型人権学習が重要であることを指摘し、多民族の子どもが一つの
72
クラスで学んでいるイギリスの学校で開発された参加型人権学習の教材「2 匹のロバ」
358に着目し、
海外の参加型人権学習の象徴的な事例として国内に紹介している。 「2 匹のロバ」は、暴力に訴えて 自分の主張を押し通そうとするのではなく、お互いに人間としてより良く生きるための生活態度を 身に付けることをねらいとした参加型人権学習の教材である。具体的には、ロープでつながれた 2 匹のロバの絵を順番に並べて物語を作り、どのような結末になるのかをグループで考えることを通 して、暴力に訴えて自分の主張を押し通そうとするのではなく、お互いに人間としてより良く生き るための生活態度を身に付けることをねらいとした参加型人権学習の教材である。なお、 「2 匹のロ バ」は、主に3歳~11 歳の子どもたちといった、幼児期と学童期を対象(Mildred Masheder、 1994)
359
としていることから、実効性が求められる道徳科において、小学校1年生を対象とした参加型人権 学習は問題解決的な学習を道徳科で実践することにも期待がかかる。子どもの対立を子どもたちだ けで解決する体験が不足している中、人権教育資料に掲載されている小学校低学年(1年生)を対 象とした参加型人権学習を道徳授業として実践していくことは、実効性へと質的転換を強調してい る道徳科が小 1 プロブレムを克服していくために期待される。
表 7 の中で、小学校 1 年生を対象とした指導例示の中から、 「2 匹のロバ」と関連性がある指導例 示としては、 「①人間関係の改善を目的とする技能の習得」に位置付く「どうすれば いいかな」 (奈 良県教育委員会、2014)
360を唯一確認することができる。この指導例示には、参考文献として、 『い っしょにできるよ 穏やかにもめごとを解決するための学び方・教え方ハンドブック』(Mildred
Masheder、1994)
361が明記されており、国際的な研究を踏まえたうえで国内の小学校1年生に援用
した指導例示であり、道徳授業として実践することが推奨されている。また、指導例示のねらいと して、人権教育として育てたい資質・能力の価値的・態度的側面や技能的側面に関する表記が明示 されていることから、 「どうすれば いいかな」は、参加型人権学習の在り方(文部科学省、2008)
362
を踏まえた参加型人権学習の資料であり、小学校 1 年生を対象とした参加型人権学習を道徳授業と して分析する上で重要な位置付けにある指導例示である。さらに、関連教科、領域として道徳授業 で実践する観点から指導例示として位置付けられている。
以上のことから、本研究では、小学校 1 年生に対して人権教育を通じて育てたい資質・能力の育 成に寄与しているのかどうかについて検証するために参加型人権学習の指導例示「どうすれば い いかな」の授業記録を収集し、「人権教育を通じて育てた資質・能力の構成要素」を指標としなが ら分析していく。
(2) 授業実践の概要
本授業実践は 2018 年 11 月に公立小学校の第 1 学年を対象に行われた。対象小学校は、全校児童 約 350 名が在籍しており、全学年で 13 学級を編成している中規模校である。対象とする学級は第 1 学年の 1 クラス男子 13 名、女子 11 名の計 24 名を対象として参加型人権学習(道徳授業)の指導 例示「どうすれば いいかな」を使用した授業実践を筆者が行い、授業記録の収集を行った。
なお、倫理的配慮に関しては、学校長および保護者に研究の趣旨と調査協力の任意性、個人情報
の保護、論文掲載に関する説明を行い、研究の承諾を得てから、2018 年 11 月に小学校1年生を対
象にした授業実践を行った。