第4章 道徳教科書における人権課題に関する教材の特色と傾向
第 1 節 学校教育における人権課題の取組
(1)人権教育における人権課題の取組
1994 年に国際連合によって示された「人権教育のための国連 10 年行動計画」
385には、 「人権教育 活動は、女性、子供、高齢者、少数者、難民、先住民、極貧の人々、HIV 感染者あるいはエイズ患 者、並びに他の社会的弱者の人権に特に重点がおかれる。」と明示されており、人権教育で重点と するべき対象者が強調されている。 また、 「人権教育のための世界計画(第 1 フェーズ 2005-2007 年)」
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によって、 「人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的その他の意見、国民的若しくは社会的出自、
財産、出生又は他の地位」による差別を否定する教育であること説明し、 初等中等教育における 人権教育行動計画として、「世界人権会議は、教育が人権及び基本的自由の尊重を強化することを 目的とするよう国が確保する義務を負うことを再確認し、これは国家の、また、国際的な教育政策 に組み入れられるべきである」と明示した。さらに、 「差異の尊重及び認識、人種、性別、言語、宗 教、政治若しくはその他の意見、国家的、民族的及び社会的出自、身体的及び精神的状態、並びに その他に基づく差別への反対を促進する」ことや、「人権の基準に一致した、慢性的及び新種の人 権問題(貧困、暴力紛争、差別を含む)の解決を導く分析を奨励する」ことを求めている。このこ とから、初等中等教育によって差別を否定していく教育活動を推進していくことは、国際的に合意 をされたグローバルな教育課題だといえる。
一方で、上記の文書では、人権上の差別を反対していくことを共通理解することへのガイドライ ンであり、各国によって社会的な状況が異なることから、人権教育における具体的な諸課題は各国 によって差異が生じることが推察される。国内における人権課題については、 「 『人権教育のための 国連 10 年』に関する国内行動計画」
387において、 重要課題として、 「女性」 、 「子ども」 、 「高齢者」 、
「障害者」、 「同和問題」、 「アイヌの人々」、 「外国人」、 「 HIV 感染者やハンセン病の患者及び元患 者」 、 「刑を終えて出所した人」が示されている。また、人権擁護推進審議会答申(1999)
388において は、「人権に関する教育・啓発を推進し、人権尊重の理念に関する国民相互の理解が深めることに よって、解消に向かうと考えられる」ことを明示しており、人権課題として、「女性」 、「子ども」 、
「高齢者」、 「障害者」、 「同和問題」 、 「アイヌの人々」、 「外国人」、 「 HIV 感染者やハンセン病の患者 及び元患者」、「刑を終えて出所した人」が挙げられている。その後、「人権教育及び人権啓発の推 進に関する法律」 (2000)
389が施行され、日本政府は、 「人権教育・啓発に関する基本計画」 (2002)
390において、各人権課題に対する取組を推進し、それらに関する知識や理解を深め、さらには課題の 解決に向けた実践的な態度を培っていくために、①「女性」 、②「子ども」 、③「高齢者」、④「障害 者」 、⑤「同和問題」
391、⑥「アイヌの人々」 、⑦「外国人」 、⑧「HIV 感染者・ハンセン病患者・元 患者等」 、⑨「刑を終えて出所した人」、⑩「犯罪被害者等」、⑪「インターネットによる人権侵害」、
⑫「北朝鮮当局による拉致問題等」
392、⑬「その他」を国内における人権課題として明示している。
また、「人権教育・啓発に関する基本計画」(2002)
393には、「人権教育の実施主体」として「学校、
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社会教育施設、教育委員会などのほか、社会教育関係団体、民間団体、公益法人など」を示した上 で、女性、子ども、高齢者、障害者、同和問題、アイヌの人々、外国人、HIV 感染者・ハンセン病 患者等、刑を終えて出所した人、犯罪被害者等、インターネットによる人権侵害等の個別的課題を 挙げ、「人権教育・啓発に当たっては、普遍的な視点からの取組のほか、各人権課題に対する取組 を推進し、それらに関する知識や理解を深め、さらには課題の解決に向けた実践的な態度を培って いくことが望まれる。その際、地域の実情、対象者の発達段階等や実施主体の特性などを踏まえつ つ、適切な取組を進めていくことが必要である。」としている。
政府は「人権教育・啓発に関する基本計画」(2002)
394に基づき、文部科学省に「人権教育の指導 方法等に関する調査研究会議」を設置した。上記の調査研究会議により、学校教育における人権教 育の公的なガイドラインとして、「人権教育の指導方法等の在り方について[第一次とりまとめ]」
(文部科学省、2004)
395と「人権教育の指導方法等の在り方について[第二次とりまとめ]」(文部科
学省、2006)
396、「人権教育の指導方法等の在り方について [第三次とりまとめ]」(文部科学省、
2008)
397が公表されている。上記の調査研究会議では、生命・身体の安全に関わる事象や不当な差別
など、今日においても様々な人権問題
398が生じていることを指摘しつつ、人権教育においては、人 権一般の普遍的な視点からのアプローチと、具体的な人権課題に即した個別的視点からのアプロー チとがあり、この両者があいまって人権尊重についての理解が深まっていくことを強調している。
また、 「人権教育の指導方法等の在り方について [第三次とりまとめ]実践編~個別的な人権課題に 対する取組~」 (文部科学省、2008)
399には、 「学校教育においては、様々な人権課題の中から、子ど もの発達段階等に配慮しつつ、それぞれの学校の実情に応じて、より身近な課題、児童生徒が主体 的に学習できる課題、児童生徒の心に響く課題を選び、時機を捉えて、効果的に学習を進めていく ことが求められる。各教科等の学習において個別の人権課題に関わりのある内容を取り扱う際にも、
当該教科等の目標やねらいを踏まえつつ、児童生徒一人一人がその人権課題を自分の問題としてと らえ、自己の生き方を考える契機となるような指導を行っていくことが望ましい。」
400と明示され ており、各教科等の特質を活かしながら、全面主義によるアプローチであることが強調されている。
そして、人権教育は、人権に関する知的理解と人権感覚の涵養を基盤として、意識、態度、実践的 な行動力など様々な資質や能力を育成し、発展させることを目指す総合的な教育であり、人権教育 を通じて培われるべき資質・能力として 3 つの側面(知識的側面、価値的・態度的側面及び技能的 側面)から捉え、児童生徒に人権教育として育てたい資質・能力を培うことの重要性を示している。
「人権教育の指導方法等の在り方について[第三次とりまとめ]指導の在り方編」(文部科学省、
2008)が刊行された後、梅野(2013)は、人権課題に関わる指導例示の特色と傾向を調査するために、
都道府県及び政令指定都市教育委員会により作成された人権教育資料を収集し、人権課題に関わる 指導例示を考察対象とした研究を進めている。梅野(2013)は、都道府県及び政令指定都市教育委員 会により作成された人権教育資料に掲載されている人権課題に関わる学習例示を分類し、人権課題 ごとの学習内容の特色を以下のように分類している。①「女性」 ( 「家庭における性的役割分業につ いて考えさせる指導例示」 、 「学校における性的役割分業について考えさせる指導例示」、 「社会にお ける男女共同参画について考える指導例示」、 「DV 等について考えさせる指導例示」 )、②「子ども」
(「いじめや差別問題に関する指導例示」、 「児童の権利に関する条約に関する指導例示」、「児童虐
待問題に関する指導例示」 ) 、③「高齢者」 ( 「高齢者に関する指導例示」 ) 、④「障害者」 ( 「障害者問
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題を考える学習の指導例示」 、「バリアフリー、ノーマライゼーションに関する学習の指導例示」 、
「体験を通した学習の指導例示」、 「特別支援学校、特別支援学級との交流学習に関する指導例示」 、
「特別支援学校における人権教育」)、⑤同和問題( 「歴史的学習に関する指導例示」 、 「社会的差別 等に関する指導例示」)、⑥「アイヌの人々」(「アイヌの人々に関する指導例示」)、⑦ 「外国人」
(「相互理解を目的とする指導例示」 、「外国人差別に関する学習の指導例示」、 「在日韓国・朝鮮人 等に関する学習の指導例示」) 、⑧「HIV 感染者・ハンセン病患者・元患者等」 、 ( 「HIV 感染病問題に 関する指導例示」 、 「ハンセン病問題に関する指導例示」 )、⑨「刑を終えて出所した人」 、(「刑を終 えて出所した人に関する指導例示」 )、⑩「犯罪被害者等」 ( 「犯罪被害者等に関する指導例示」 ) 、⑪
「インターネットによる人権侵害」 、 ( 「インターネットによる人権侵害に関する指導例示」 ) 、⑫「北 朝鮮当局による拉致問題等」 ( 「北朝鮮当局による拉致問題等に関する指導例示」) 、⑬「その他」 ( 「そ の他の人権課題に関する指導例示」)。梅野(2013)が調査した教育委員会等によって刊行されてい る人権教育資料には、道徳の時間における指導例示を多数掲載しており、人権課題を国民的課題と して共有していくために道徳授業実践が人権教育を推進していくうえで重要な役割を担っている ことが確認できる。
(2)道徳科における人権課題の取組
学校教育における人権課題を扱った資料としては、教育委員会が刊行している人権教育資料が公 的な役割をもった資料として位置付いている。一方で、 2015 年 3 月学習指導要領一部改正により、
「道徳科」が新設され、道徳の教材に検定教科書が導入されるという歴史的な転換が生じた。新設 された道徳科では、 「現代的な課題」 (例えば、情報モラル、生命倫理、障害者教育など)を積極的に 取り上げて、児童・生徒が諸課題に対して多面的・多角的に考え、諸課題に対して問題解決してい く資質・能力を養うことが重要であることが強調されている(柳沼・梅澤・山田、2018)
401。 『小学校 学習指導要領解説 特別の教科 道徳編』 (文部科学省、 2018)
402には、情報モラルに関する指導や、
国際理解等の現代的な課題を身近な問題と結び付けて取り扱うことが明示されており、多様な見方 や考え方があることを理解させ、答えが定まっていない問題を多面的・多角的視点から考え続ける 姿勢を育てることが強調されている。価値観相対化の中において、道徳科は、地域、家庭、学校あ るいは学級の課題や一人一人の子どもたちの状況を考慮しつつ、 「現代的な課題」に関する教材を 活用しながら、異質の他者と協働しながら展開していく授業実践が求められている。
これまで、文部省は、 『小学校道徳の指導資料』 (文部省、 1966)
403を刊行すると共に、子どもが日 常生活の生活経験をもとに道徳的問題と取り組むための補助教材として『心のノート』(文部科学
省、 2002)
404を全国の小中学校に無償配布し、導入してきたが、道徳教育において使用義務が生じる
「主たる教材」は存在しなかった。国内における小学校の道徳の検定教科書は、東京書籍、学校図
書、教育出版、光村図書、日本文教出版、学研、廣済堂あかつき、光文書院が第1学年から第 6 学
年を対象として刊行している。また、中学校の道徳の検定教科書は、東京書籍、学校図書、教育出
版、光村図書、日本文教出版、学研、廣済堂あかつき、日本教科書が第1学年から第 3 学年を対象
として刊行しており、新設された道徳科の教科書は小学校と中学校を合わせて 72 冊が刊行されて
いる(表 16)。
ドキュメント内
人権教育を通じて育てたい資質・能力の構成要素に関する実証的研究 ー「特別の教科 道徳」の授業分析を中心にー
(ページ 105-110)