第2章 人権教育を通じて育てたい資質・能力に関する理論的枠組み
第 2 節 人権教育を通じて育てたい資質・能力に関する公的機関の見解
グローバル化が進んでいる社会において、初等中等教育における人権尊重の理念の実現に向けた 教育活動の充実は、国際的な動向を踏まえたグローバルな研究課題である。そして、国内の人権教 育は、これまでの同和教育や人権課題に関する歴史的背景や研究の蓄積を基盤とし、文部科学省
(2008)
192は理論や実践の基本方針を基に学校教育の実践の場で実践されてきた。本研究では、人権
教育を通じて育てたい資質・能力の理論的な枠組みを整理していくために、国際機関や文部科学省 による人権教育における資質・能力に関する見解、先行研究と「人権教育を通じて育てたい資質・
能力の構成要素」に関する関連性に整理していくことにする。
(1)文部科学省による人権教育を通じて育てたい資質・能力への見解
人権擁護推進審議会答申(法務省、1999)では、日本の学校教育における人権学習が、 「知識を一 方的に教えることにとどまっている」ことや、「人権感覚も十分に身についていない」という問題 点を指摘し、人権学習についての改善を求めている
193。その後、「人権教育及び人権啓発の推進に 関する法律」 (2000 年)
194が策定され、人権教育及び人権啓発に関する施策の推進について国、地方 公共団体及び国民の責務を明らかにし、基本計画の策定等の措置が定められた。そして、「人権教 育・啓発に関する基本計画」 (閣議決定、 2002)
195において、人権が共存する人権尊重社会の早期実 現に向け、人権教育・啓発を総合的かつ計画的に推進するための計画が示された。このことを受け て文部科学省は、「人権教育の指導方法等の在り方について[第一次とりまとめ]」(文部科学省、
2004)
196において、 「人権についての知的理解を深めるとともに、児童生徒が人権感覚を十分に身に
付けるための指導を一層充実することが必要である。 」と明示したうえで、 「知的理解」と「人権感 覚」ということばをキーワードとして用いながら、「人権についての知的理解を深めるとともに、
児童生徒が人権感覚を十分に身に付けるための指導を一層充実することが必要である」と問題提起 を行っている。
次に、 「人権教育の指導方法等の在り方について[第二次とりまとめ]」(文部科学省、2006)
197で
は、「人権教育は自他の人権の実現と擁護のために必要な資質や能力を育成し、発展させることを
目指す総合的な教育である。その際に必要とされる資質や能力は、①知識的側面、②価値的・態度
的側面及び、③技能的側面という 3 つの側面からなっている。このうち②価値的・態度的側面、③
技能的側面が深く人権感覚に関わるものである。したがって、①知識的側面にとどまらず、②価値
的・態度的側面や③技能的側面を含めた形で、資質や能力を全面的・調和的に発達させるように働
きかけ、促進することが、人権教育の具体的な課題となる。」と明示されており、国内においても
人権教育を通じて育てたい資質・能力を①知識的側面、②価値的・態度的側面及び、③技能的側面
という 3 つの側面によって分類されている。その後、現在の人権教育の指針となっている[第三次
とりまとめ] (文部科学省、 2008)
198では、 「人権教育を通じて育てたい資質・能力(参考資料)」(文
部科学省、2008)
199として、権教育を通じて育てたい資質・能力を①知識的側面、②価値的・態度
的側面及び、③技能的側面という 3 つの側面を理論として明示している (図 1)。
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図 1 「人権教育を通じて育てたい資質・能力(参考資料)」(文部科学省、2008)
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文部科学省(2008)
200は、人権教育を通じて育てたい資質・能力の 3 つの側面に関しては以下のよ うに説明をしている。 「1.知識的側面 この側面の資質・能力は、人権に関する知的理解に深く関 わるものである。人権教育により身に付けるべき知識は、自他の人権を尊重したり人権問題を解決 したりする上で具体的に役立つ知識でもなければならない。例えば、自由、責任、正義、個人の尊 厳、権利、義務などの諸概念についての知識、人権の歴史や現状についての知識、国内法や国際法 等々に関する知識、自他の人権を擁護し人権侵害を予防したり解決したりするために必要な実践的 知識等が含まれるであろう。このように多面的、具体的かつ実践的であるところにその特徴がある。
2.価値的・態度的側面 この側面の資質・能力は、技能的側面の資質・能力と同様に、人権感覚に 深く関わるものである。人権教育が育成を目指す価値や態度には、人間の尊厳の尊重、自他の人権 の尊重、多様性に対する肯定的評価、責任感、正義や自由の実現のために活動しようとする意欲な どが含まれる。人権に関する知識や人権擁護に必要な諸技能を人権実現のための実践行動に結びつ けるためには、このような価値や態度の育成が不可欠である。こうした価値や態度が育成されると き、人権感覚が目覚めさせられ、高められることにつながる。3.技能的側面 この側面の資質・能 力は、価値的・態度的側面の資質・能力と同様に、人権感覚に深く関わるものである。人権の本質 やその重要性を客観的な知識として知るだけでは、必ずしも人権擁護の実践に十分であるとはいえ ない。人権に関わる事柄を認知的に捉えるだけではなく、その内容を直感的に感受し、共感的に受 けとめ、それを内面化することが求められる。そのような受容や内面化のためには、様々な技能の 助けが必要である。人権教育が育成を目指す技能には、コミュニケーション技能、合理的・分析的 に思考する技能や偏見や差別を見きわめる技能、その他相違を認めて受容できるための諸技能、協 力的・建設的に問題解決に取り組む技能、責任を負う技能などが含まれる。こうした諸技能が人権 感覚を鋭敏にする。」と明示されている。
また、人権教育を通じて育てたい資質・能力に関する内容の特徴としては、価値的・態度的側面 と技能的側面にアプローチしていくことで、「人権感覚」を高めることができるということが明示 されている。そして、 「人権感覚」と「人権に関する知的理解」が結合していくことにより、自分の 人権を守り他の人の人権を守ろうとする意識・意欲・態度となり、自他の人権を守り他の人の人権 を守るための実践的な行動につながるという構造的な考え方を明示している。
上述した「人権教育のための世界計画第1フェーズ(2005-2007)行動計画」の後に、国内の人権 教育における公的な文書である[第三次とりまとめ]
201が学校教育の実践の場に普及したことを踏 まえれば、国際的な動向を受けて、「人権教育を通じて育てたい資質・能力」が明示されているこ とが推察できる。例えば、 「 (a)知識及び技術」、 「(b)価値、姿勢及び行動」、 「 (c)行動」に関 しては、図 1 の「知識的側面」や「価値的・態度的側面」、 「技能的側面」、 「自分の人権を守り、他 者の人権を守るための実践行動」と関連性がある。そして、児童生徒に育成するべき指導内容とし て「知的理解」と「人権感覚」というキーワードを用いながら、 「人権教育を通じて育てたい資質・
能力」として 3 つの側面(①知識的側面、②価値的・態度的側面及び、③技能的側面)を複合的に育
成し、自分の人権を守り、他者の人権を守るための実践行動を目指すことは国内独自の人権教育の
理論だと考えられる。また、谷口(2011)は、 「 『人権教育のための世界計画』が『知識の共有、技術
の伝達及び態度の形成を通じ、人権という普遍的文化を構築する』と言ったのと重なる」
202と述べ
ており、 「人権に関する知的理解」の深化と「人権感覚(価値的・態度的側面と技能的側面) 」の育
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成の相互作用を示した構造図は、国際的な動向を踏まえていることを指摘する。
文部科学省(2008)
203は、人権教育における国際的な動向や人権学習についての改善についての 答申を受けて、人権教育として育てたい資質・能力の 3 つの側面として、 「知識的側面」、 「価値的・
態度的側面」 、 「技能的側面」に分類し、育成するための指導方法の基本原理として、参加型人権学 習を中核に置く意義や事例を示している。また、 「人権教育を通じて育てたい資質・能力」の例
204と して、知識的側面に関しては、 「自由、責任、正義、個人の尊厳、権利、義務などの諸概念について の知識」や、「人権の歴史や現状についての知識、国内法や国際法等々に関する知識」、「自他の人 権を擁護し人権侵害を予防したり解決したりするために必要な実践的知識」を示すと共に、価値的・
態度的側面に関して、「人間の尊厳の尊重」 、「自他の人権の尊重」 、「多様性に対する肯定的評価」、
「責任感」 、「正義や自由のために活動しようとする意欲」や、技能的側面として、「コミュニケー ション技能」や、 「合理的・分析的に思考する技能」 、 「偏見や差別を見きわめる技能」 、 「相違を認め て受容できるための諸技能」、 「協力的・建設的に問題解決に取り組む技能」、 「責任を負う技能」を 示しており、具体的に育成するべき資質・能力を示していることに特徴がある。また、参加型人権 学習における人権に関わる資質や能力を分析する方法の一つとして、新福(2012)
205は、水俣病問題 の事例研究の際に、人権に関する資質・能力を水俣病問題の学習に限定して、定義づけ、人権に関 する資質・能力の高まりを、感想文記述から検証したことを示している。このことから、文部科学 省(2008)が示した、人権教育を通じて育てたい資質・能力を「知識的側面」 、 「価値的・態度的側面」 、
「技能的側面」に限定し、学習感想文記述から人権教育の授業後に人権教育として育みたい資質・
能力の構成要素を抽出することは可能であると考えられる。
平沢(2010)
206は、[第三次とりまとめ](文部科学省、2008)
207が、人権教育を通じて育てるべき資 質や能力として、 「知識的側面」 、「価値的・態度的側面」、 「技能的側面」が 3 つの側面という区分 として知識・技能・態度を理論的枠組みが明確に位置づけられたことは、 国際的な人権教育の動 向を取り入れた成果であり、 学習者の目指すべき姿を示したことの重要性について指摘しており、
人権教育に関する知識や能力に関して論考している。具体的に平沢(2005)
208は、人権教育における 知識について、「『人権知』を、単なる人権に関する知識のことではなく、 『人権のとらえ方につい ての知』 、 『人権問題についての知』そして『人権の行使に関する知』という 3 つの側面から構成さ れているもの」
209と述べている。また、人権教育における態度について、 「財産、学歴、地位、出身、
人種、民族、障がいの有無、性別など、あらゆる属性の違いにかかわりなく、人と水平的に関わろ うとする姿勢、あるいは問題があると認識したり、感じたりしたときに、そのままに放置するので はなく、状況改善のために働きかけようとする姿勢、さらに社会的な問題やことがらを自分とは無 関係ととらえるのではなく、自分なりのやり方で社会的な問題やことがらに関与していこうとする 姿勢など、人権教育を通じて育てたい態度を例示することは可能である。」
210と述べるとともに、
人権教育におけるスキルについては、「批判的に思考するスキル(事実やデータをもとにしながら、
多面的で批判的な思考をすることで、状況や問題を分析し、一定の認識や見解をまとめるスキル)、
気持ちや考えを言語的、非言語的に伝えるスキル(ことばで整理して論理的に伝えたり、事情や身
体表現で気持ちを伝えたりするスキル)、背景や価値観が異なる人であっても肯定的な関係を築く
スキル(相手が異文化に属する人や見解が異なる人であっても拒否的、不寛容な姿勢で関わるので
はなく、共通性を見いだしながら前向きにつながれるような関係をつくりだすスキル)などがある。 」
ドキュメント内
人権教育を通じて育てたい資質・能力の構成要素に関する実証的研究 ー「特別の教科 道徳」の授業分析を中心にー
(ページ 37-46)