第 3 章 技の研究と人工知能 23
3.3 技からみた知能の本質
3.2.3 知能は身体を介して他者とつながっている
知能の発現に身体が果たす役割を重視し、身体と環境との相互作用という観点から知能 を説明する考え方は、異論はあるもののひとつの有力な勢力を形成しつつある。アフォー ダンスという概念や身体動作を複雑系として捉えるアプローチが注目を集めている。これ らの主張に「知能は身体を介して他者とつながっている」という主張を加えたい。
人間は言葉を使って互いに理解し合うとされている。このことに疑問を挟む余地はな い。我々はさらに進んで動作としての「話す」ことに注目したい。誰かと話をするとき、
我々はジェスチャーを併用したり、相づちを打ったり、大きく頷いたり、様々な身体動作 を行う。こういった言語外動作は言語に付随的なものとして扱われるが、実はこちらの方 が本質なのではないだろうか。
仮に我々の会話から言語外的な要素をすべて取り除いたら相互理解は成立するだろう か?もし聞き手が微動だにしないとしたら話者は違和感を感じるだろう。また微動だにし てはならないという制約を話し手が課せられたら、言いたいことを伝えられたという気が しないだろう。会話においては内容だけではなく、「伝わった」という感触を持つことが 重要ではないか。
このように考えてみると、会話に身体が介在することは本質的に重要と思われる。さら に加えるなら、人間が皆同じ形をした身体を持つということも重要である。仮に我々と まったく同じ知性を持った宇宙人が存在したとして、その宇宙人が我々とは非常に異なっ た概観を持っていたとしよう。(宇宙大作戦の出てくるようなタコ型宇宙人でもよい。)
我々人類とそのような宇宙人の間で言葉が通じたとして、果たして理解しあえたという感 覚を持てるだろうか?異なった人種間でさえ、分かり合えたという感覚を持つのは難しい ことがある。同じ体を持っているが故に感覚が同じである、同じように世界を切り出して いるという確信がないと、生物間に相互理解は成立しないのではないだろうか。
3.3 技からみた知能の本質
3.3.1 「個」から「場」へ
前章で述べた知能観の変化はどのように要約したらよいだろうか?ここでは「閉じた 個」から「開かれた場」への変化であるとしたい。
記号処理的アプローチはデカルト的自我の概念を継承している。そこでは、「個」は絶 対侵されることのない不動の観察点であり、すべてがそこから構築される基準点として捉 えられている(図3.2)。一方、前章でスケッチしたのは身体を媒体として個が環境や他者 とつながっているという世界観である。そのような見方において「個」は相互作用の連鎖 を担うひとつの結び目である。
「身体を媒体として個が環境や他者とつながっている」状態を「場」と呼ぶのが相応し いと思われる。本稿が主張する知能観では、知能の担い手は個ではなく、場である。そし
図3.2 観察者としての自己
て場は広がりを持ち、接合と離脱が自由であるという点で柔軟である。
3.3.2 身体はミクロな場である
知能を「場」という関係性において捉えるなら、知能の担い手が個人の身体であろうと、
個人と環境のセットであろうと、相互作用する個人の集まりである組織であろうと本質的 な違いはない。身体はミクロな場である。
身体を中心に据えて知能を捉え、知能の担い手である身体を場と呼ぶ時、デカルト的な 意味での「個」は消失する。関係性の束である場には中心というものが存在しないからで ある。
したがって、身体知の研究は、ある一つの絶対基準点を見つけることを目標とはしな い。そのようなものは存在しないからである。見つけだすべきものは場の動きに浮かび上 がるパターンであり、そのパターンを作り出している構成要素間の相互作用である。(図 3.3は菊練り動作によって出来上がった粘土のパターン。熟練者ほど美しい模様が出来上 がる。)
3.3.3 場にはリズムがある
我々は知能が特権的なモジュールによって担われていると考えがちであるが、これは誤 りである。知能はシステム現象であるから、特定の構成要素を取り出してきてそれを知能 の素であると呼ぶことはできない。
知能に実体がないとしたら、知能は何をもとに捉えられるのであろうか?知能をモ
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図3.3 菊練り動作によって作り出される粘土のパターン
ジュールで語れないとしたら、何で語ればよいのであろうか。我々はその答えを「リズ ム」に求める。
場が組織化される時、リズムが現れる。リズムはシステム現象である。場にリズムが感 じられるということは、構成要素間の相互作用に規則性があり、ひとつの単位として統制 されていることを示唆している(図3.4)。リズムの違いは、システムとしての成り立ちが 異なっていることを意味する。
リズムは相互作用の純粋な表現である。リズムには実体がない。プロセスだけが存在す る。相互に作用し合うプロセスが織りなすパターンがリズムである。「言語−個−知識表 現」という伝統的な知能研究の枠組みは「身体−場−リズム」という新たな枠組みに取っ て代わられる。前者は静的であり、後者は動的である。
図3.4 相互作用のパターンとしてのリズム