第 1 章 歴史と教育
B. 歴史教育
1. 戦後の歴史教育
219 岡崎勝世『聖書VS. 世界史:キリスト教的歴史観とは何か(講談社現代新書)』(東京:講談社、1996 年)。
220 文部科学省『教科書とは』
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/gaiyou/04060901/1235086.htm(2014年12月23 日閲覧)。
221 カリフォルニア州、LompocのCabrillo High Schoolにて。
222 Johns Hopkins Universityの学生との対談より(2014年1月17日)。
223 岡本智周『共生社会とナショナルヒストリー:歴史教科書の視点から』(東京:勁草書房、2013年)、
91頁。
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1-1. 歴史教育の役割
欧米諸国においては、歴史教育は国民国家の形成期である
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世紀後半から発達し始め た。民衆の政治参加が進んだことにより、人々の国民的な一体感、協調性の促進が目指さ れるようになり、その一体感や協調性を構成する主体が「我々」、つまり「国民」であると 理解されるようになった。その「我々」=「国民」の歴史について述べたものが「国民の 歴史」になる224。フランスの社会学者モーリス・アルブヴァクスは、個々人の記憶が集積 した状態を集合的記憶と呼んだ。この集合的記憶が、やがて国民的歴史認識となるのであ る225。特に、戦争の記憶たるものは、ほぼ例外なく「国民の歴史」という側面を有してい る226。国民としての集合的意識を醸成する上で不可欠の「国民教育」のうちでも、国家が 国民に多大な貢献と損害を要求しなければならない戦争の集合的記憶を形成し管理するこ とは、非常に重要なのである。もちろん、二度と戦争を繰り返さないため、平和について 学ぶために過去に起こった悲惨な出来事を学び、そこから教訓を得る、という目的もある だろう。同じ歴史という名がついても、学校での歴史教育の誕生の経緯は歴史学の発展とは少し 異なる。近代において国民国家が誕生した際、その存在を保証するものは国民国家内部の 一体感であり、それは共同体の記憶の共有であった。そのため、国民国家という共同体の 構成員に、構成員としての意識、つまり「国民」意識を持たせるために学校での歴史教育 が要請されたのである227。また、この国民国家においては「愛国心の形成が不可欠」とさ れており228、とりわけ、「国家が国民に生命の貢献を強いる戦争から学ぶ歴史教育」が重 視されている。国民は自然に国民意識を持つようになるとは限らず、愛国心は国民教育に よって形成されるものであるから、どこの国家でも愛国心教育の必要性が説かれているの である229。つまり、基本的には自らの国家を「価値あるもの」「正しいもの」として捉え る傾向が強いため、国家や社会の負の側面は触れられることは好ましいこととされず、そ の結果、過去に起こったことであっても、隠蔽・歪曲されることも稀ではない。
これは歴史教育でも同様である。特に戦争による犠牲について語る場合、学校歴史教育 の中では過去の事実は取捨選択されることがあり、歴史教育が「国民の歴史」として語ら れる場合、そこで「重要ではない」と排除されたものは公に知られる機会を失ってしまう230。 それならば、歴史教育は過去の事実の中から何を選び取り、何を捨てているのだろうか。
この歴史教育における戦争の位置づけが、その国家の戦争の捉え方を決定づける大きな要
224 坂本、8-9頁。
225 Maurice Halbwachs ; préface de Jean Duvignaud ; Introduction de J. Michel Alexandre. La Mémoire Collective (Paris: Presses Universitaires de France, 1968).
226 藤原、148頁。
227 安達一紀『人が歴史とかかわる力:歴史教育を再考する』(東京:教育史料出版会、2000年)、15頁。
228 浅原通明『ナショナリズム:名著でたどる日本思想入門』(東京:筑摩書房、2004年)、26頁。
229 市川昭午『愛国心:国家・国民・教育をめぐって』(東京:学術出版会、2011年)、343-344頁。
230 岡本。
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因となるのである。歴史教育は、一定の基準の下に、社会における中心的な価値を伝達す る手段の一つであると言える。とりわけ過去において国家が生命を含む多大な貢献や損害 を強いた戦争の記憶を管理することは、総合的な国民意識の形成の要なのである。
歴史を児童・生徒に教授する歴史教育には、本来、国民意識や愛国心、国民の集合的ア イデンティティを形成するという目的がある。国民としてのアイデンティティを確立する ために歴史という鏡を覗けば、そこでは「他者」との差異が意識され、それを通じて「自 己」の連続性を再確認することになるのである231。そして、その成長期における過去との 出会いは個人のアイデンティティを形成し、その後の人生にも大きな影響を及ぼす可能性 が高い232。そして、人間が過去から学んでいるからこそ、現在の社会や法制度が存在して いるのである。
そうではあっても、歴史教育と歴史研究は全く同じというわけではない。世の中には、
様々な歴史研究が存在する。歴史の中には、外交史、戦争史のみならず、武器の歴史や拷 問の歴史、トイレの歴史なども存在するが、それらすべてが必ずしも学校で教えられるべ きものとは限らない。また、歴史学では、他国に焦点を当てる研究も数多く存在するが、
歴史教育では否応もなく自らの国家を中心とした歴史を学ぶ。そして、一年間の歴史教育 では過去に起こったことをすべて教授するわけにはいかないため、過去の事実の中から後 世に伝えるべきテーマを選択し、そこに我々の道徳的な基準を当てはめて教授するのであ る。また、歴史を教授する側と歴史を学ぶ側は世代が異なるため、教える側にとっては割 と身近な出来事であっても、学ぶ側にとっては少なからず教師と生徒の年齢差の分だけ、
戦争はより昔の話になり、戦争への思いも変わってくる。例えば、教師の世代にはより身 近な話である阪神大震災や地下鉄サリン事件、同時多発テロなどについて生徒に話をして も、それらの出来事が起こった後に生まれた世代にとっては、それらはやはり過去に過ぎ ず、そのような出来事に関与した人が周りにいなければ、思い入れも少ないだろう。その ため、戦争について教える際には、歴史を教える意義を明確にし、より後世にも分かりや すいような授業を心掛けなければならないと言える。
その際、国家の歴史の中から何を記憶し、何を忘却するか、という点が重要になる。人 間は、都合の悪いことは忘れ、都合の良いことを記憶する傾向があるが、自分にとって都 合の良い記憶のみを主張することは、他者からの反感を招きかねない233。それはこの国際 社会においても同様であろう。自国に良い歴史ばかりを主張していては、国際社会では周 囲から受け入れられることはないだろう。特に争いごとに関しては、加害者が自らの加害 行為を忘却し、被害者は自らが受けた犠牲についてその記憶を維持する傾向がある。その ため、今でも歴史に対する記憶・認識は論争を巻き起こす契機となりやすいのである。ま た、特に戦争については、その事件が膨大な数の人々の経験となるために、単に数だけで
231 安達、16頁。
232 Morris-Suzuki, Chapter 1.
233 石田雄『記憶と忘却の政治学:同化政策・戦争責任・集合的記憶』(東京:明石書店、2000年)、13 頁。
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なく、生命に関わるそれぞれの経験と記憶の持つ「公的性格」は、確実に保障されている のである234。また、歴史に真実味を持つために、近年では社会見学や修学旅行などで、歴 史的な場所を訪問する学校も数多く存在する235。
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年7
月、仙台市の中学校にて社会科の男性教諭が行った授業における「南京事件」の扱われ方が問題視された。アメリカでの報道や日記などを引用し、残虐性を強調した資 料が配られたとのことであり、学校側は保護者に謝罪する結果となった。仙台市の教育委 員会は「生徒の発達段階を考えると、教諭の言動は不適切である」と述べている236。つま り、学校教育においては特定の事柄ばかりが殊更に強調されてはならず、生徒の心身のあ り方も考慮されなければならないとする世論が根強い。多感な年齢の子どもに、虐殺など 精神的なショックを受けやすい内容を教えることや、従軍慰安婦など性的な内容を教える ことが適切とは限らないとする人々が少なからず存在するのである。
戦後の歴史学や歴史教育は、戦前の歴史教育が、生徒たちを無謀な戦争へ駆り立てるこ とに加担していたという深刻な反省が基盤となっている237。だが、戦争終結から時が経つ につれ、日本では特に
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年代後半から、授業において戦争の生々しさを教えると子ども たちが逆に「引いてしまう」現象がみられると指摘されている238。日本国憲法第9
条や平 和教育などの影響により、日本では「殺傷はいけない」という認識が植えつけられ、代々 伝えられている昔話などにも、そのような価値観がもたらした物語の筋の変化は顕著に表 れている。時間が経つにつれ、たとえ戦争が過去に起こった事実であっても、戦争の詳細 について知ることを拒む人が存在することも事実なのである。歴史教育では、教える内容に一定の基準が設けられている場合がある。それならば、歴 史教育で重視される基準とはいかなるものなのか。この基準を明確に定義することは非常 に困難であるが、国家ごとにその基準に言及したものが、国家のカリキュラムであると言 えるだろう239。そして、全国のどの地域で教育を受けても一定の水準の教育を得られるよ うにするため、日本の文部科学省は例のように、学校教育法等に基づいてカリキュラムを 編成するための基準を設けている場合もある240。アメリカには全国的なカリキュラムは存 在しないが、全国ほぼすべての初等・中等学校で教えられている科目がある。連邦政府教 育省は
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年に、1 年の授業時間と年間授業日数の増加、生徒全員に適用される新しい 必須科目カリキュラムの作成や各科目の評価基準の引き上げなどを勧告し、その結果、多234 藤原、50頁。
235 平成24年(2012年)広島市観光客数
http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/0000000000000/1371028497025/index.html(2015年 2月7日閲覧)。
236 産経新聞「南京事件で不適切授業『日本兵は1000人強姦』仙台の中学、保護者に謝罪」2014年9月 19日。
237 安達、17頁。
238 山田、11頁。
239 文部科学省 新学習指導要領・生きる力 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/index.htm
(2014年11月23日閲覧)。
240 文部科学省 新学習指導要領・生きる力
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/idea/1304372.htm(2015年2月7日閲覧)。