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愛  3110.0001

ドキュメント内 雑誌用語の変遷 (ページ 53-61)

  あいさつ     2   2   0  0.0000   あいさつする   0   2   1  0・0000       0.3814

となる。.数式であらわせば,

   Kwmin (a, b, c......n)

      ただし,a,b,c__nは,ある項露の,各語いにおける使屠率。

 さきに,類似度の方法を共通度に拡張した,といったが,じつは,この共通度のかんがえかた が,一s]ft的な方式であって,類似度は,比較の対象が2つにかぎられた,共遜度の特殊例だ,と みるべきだろう。したがって,指標のよびなとしても,おなじなまえをつかってもいいのだが,

3つ以上のばあいについては,類似度というよりも,共通度のほうが自然におもわれるので,こ うよぶことにした。

 経年調査のばあい,類似度は,任意の2つの年度について計算してもいいが,共逓度は,任意 の3つ以上の年をとってしらべてみても,しかたないだろう。しかし,連続した3つの年度の共 通度には,意味があるとかんがえる。というのは,その値がたかいことは,この3つの年度のあ いだ,つまり20年間に,あまりおおきな変化がなかったことをしめす,とみられるからである。

そこで,連続した3および4年渡:について,共通度を計算してみることにした。結果は,つぎの 表のとおりである。

1906/1916/1926 1916/!926f1936 1926/1936/1946 1936/19ti 6/1956 1946/1956/!966 1956/1666/1976

0.38ユ4 0.4三36 0.3853 0.372ro O.3810 0.4eso

1906/!9!6/1926/1936 1916/1926/1936//946 1926/1936/1946/1956 1936/1946/1956/1966 1946/1956/1966/1976

O.334・2 0.3481 0.3338 0.3326 0.3379

3.語彙の安定度 53

e.40

O.35  G6     16     26     36     46     56     66    76壬事三

        図3−3 3年度關の共懸漫

 以上2つの表をみくらべて,まず気がつくことは,4二つづきのほうが3山つづきにくらべて 共三度がひくくなっていることである。これは,うえにのべたような計算法をとるかぎり,居然 のことである。(そして,両方とも,2年ごとの頚七度にくらべれば,値がちいさい。これも,また.墨然

である。〉

 この表から,なにをよみとるかは,そう単純ではない。まず,3二つづき0)共通度をみると,

もっともだかいのは,戦前の1916−36年のあいだで,つぎに最近の!956−76年がつづく。ぎゃく に,共通度のひくい1{寺期,つまり,語いの変化がはげしくて,安定していなかった時期は,戦争 をふくむ,1936−56年のあいだである。これは,ごく自然な結果だといえるだろう。ところが,

4年つづきのほうをみると,もっとも安定していた時期は,戦争をはさんだ!916−46年目あいだ である。純粋に戦前のli寺期である!906−36年も,純粋に戦後である1946−76年も,共逓度(安定 度)は,この期聞におよばない。これは,どうかんがえたらいいのだろうか。つぎに,ひとつの 解釈をのべる。

 注意すべき点は,胡対的に安定していた,という結果になる4二つづきの時期(すなわち,30 年間)が,戦争後まもない!946年を終点とする期日だということである。おなじく戦争をはさん だ30年閲であっても,戦前の最後の調査年である!936年から1966年にいたるi!寺期は,5つの30年 間のうちで,もっとも三二度がひくい,つまり,不安定な時期なのである。もう1度,1%6年と,

ほかの年との類似度をみよう。ここでも,ちかい年との類似度はたかく,はなれた年との類似度 はひくい。しかし,この年を基準にして,IO!9,20年,30年といったへだたりをもつ年を,戦前 と戦後とで比較してみると,

  (へだたり) 10年      20年      30年      40年       1936{Fと .4723  1926釜ドと 14670  1916年。と .4614  1906年Pと .4192       1956年と.4695  1966年と.4616  1976年と.4439

となり,どのばあいにも,戦前の調査年との類似度のほうがたかいのである。つまり,戦後とい っても,1946年は,むしろ語い的に戦前との共通性のほうがおおきかった。語い変化のおおきな 切れめは,戦争(すなわち1946年の直薦)よりも,1946年のあとにある,とみられるのである。こ のことは,現代かなつかいや当用漢字の制定が1946年のすえであり,国語改革のうごきが具体化

し,普及するのが,1946年以後である,といった事情とも一致する。このようにかんがえるなら ば,戦争をふくんだ【1寺期の安定度がたかい,という,…見われわれの常識とむじゅんする結果も,

意味があるとおもわれる。3つの年の(つまe) ,20年間の〉共逓度を,もう1度みてみると,

54第3章語  彙

 19 26 一 46 fi# .3853  1946−66勾三      .38kO

であって,やはり1946年は戦前との関係がふかいことをしめす。

4. 語種分布の変化

 語種は,一般にわけられているように,和語・漢語・外来語・混種語の4つにわけた。その半璋 定は,噺潮圏語辞典諺による。もちろん,こまかいところでは,語種をこの4つにわけることは,

ひじょうにむずかしく,「二二」のわけかたについても,いろいろ異論があるだろう。しかし,

そのような異論は,だれが分類しても,おこりうるものである。語種の分類が語いの研究にとっ て有効であり,また,おおきくは,だれがわけても,それほどのちがいはないのだから,すでに 本のかたちをとって,客観的になっている基準をつかうことは,いちいちの単語について注記を つける手間をはぶくという点だけでも,意味がある。また,おそらく,ほかの調査でも,この辞 典を基準にして,語種:の判定をすることが,すくなくないだろうから,比較のためにも役にたつ だろう。

結果は,つぎのとおりである。

   年度

のべ

  和語   漢語

  外来語   混種語

ことなり

  外来語   混種語    計

1906 1916 1926 !936 1946 1956 /966 1976

5799 3260  87 854

1595 2189  72

6? 7

4483 6049 3012  87

sro2

16eo 2090  69 654 4413

6069 2906 112 913

1709 2047  86 694 4536  のべ語数の変化を図にしたのが,つ        o/」

ぎのグラフである。        60  この結果からいえることは,外来語        50 が一一貫してふえつづけていること,混 種語も,すこしはふえる傾向がみられ40 ること,である。和語と漢語について        30 は,年による変動はあるものの,一定 の傾向はみられない。年による変動と20 は,具体的になにを意味するか,たと        10

えば,1946年におおかった漢語が56年 にはへって,またふえているのは,ど のような事情によるものか,この表だ

5773 3135 148 944

1623 2242 108 777 4750

5353 3448 154 1045

1319 2246 113 761 4439

5751 3090 243 916

1424 2040

ユ61

716 4341

5390 3409 238 963

1335 2341 190 783 4649

5482 3087 371 1060

1522 224!

28!

892 4936

\4\一/へ\灘

____,_____一一一一〜〜___一一一一 ャ種語

       _一_____一一一一.一一.一.一・一 外来語

       06    16     26    36    46     56    66     76年

       図3−4 語種の変化(のべ)

けからでは,もちろんわからない。いちいちの単語をしらべてみれば,あるいは,その手がかり

4.語種分布の変嚢:55 がつかめるかもしれないが,まだ,そこまでの分析はしていない。

 今度の調査で,語種の半掟上,とくに}剛題なのは,人名・地名など,國有名詞について《,,分 類をしたことである。外国のおおくの人名・地名,たとえば「ゲーテ」「アメリカ」を外来語に することについては,あまり問題はないだろう。中国の人名・地名,「毛沢東jr四周」を漢語に

←・部の地名「上海」などを外来語に)することについても,異論はないとおもう。やっかいなのは li本の人名・地名を和語と漢語とにふりわけることである。「小林」「正夫」が和語であり,「佐鯛

「…郎」が漢ll吾である,というように,語種の区燐が訓と音とに対応していれば,はなしは,か んたんになる。しかし,あて字の存在をかんがえると,訓と音とのちがいは,和語・漢語のちが いと一致しない。「奈良」「群馬」 (<くるま)」下知(くあゆち)」などの地名や,万葉がなをつか ったf比昂志」ド波留美」などの入名は,帝の漢宇でかかれていても,利語である。このような ものまで,語源にさかのぼって語種にわけることに,どのような意味があるか,といわれれば,

たしかに,ほとんど無意味だといわざるをえない。にのことは,じつは,闘有名詞にかぎらない。「ば か」干せる」「じゃんけん」などのことばを語種にふりわけるのも,むずかしいだけでなく,現代語として は,無意味にちかいだろう。) 1ヨ本語の語い体系の中心的な部分では,語種というワクは,あきら かに有効である。しかし,周辺的な部分では,効力をなくす。

 国立国語研究所のこれまでの語い調査で語種の統舞をとるばあいに,闘有名詞はその対象外と されてきた。これは,臼本の人名・地名をかんがえるかぎり,もっともな三七である。しかし,

つぎのような問題点もある。第1は,外来語樵があきらかな「ジョンソン」「シカゴ」なども,

外来語としてあっかわれない,ということである。第2は,〈語種〉という概念を規定するにあ たって,闘有名詞を排除しなければならない必然性がとぼしい,ということである。

 現代の語いを調査するのに,語種というカテゴリーをつかうのは,それが共時的に,現代語い の体系のなかでの層として,三三なら和語,漢語なら漢語というグループに,ある程度共逓の性 質をもっているからである。しかし,統計酌な調査では,典型的な例だけを稲手にしてグループ をつくるわけにはいかない。まぎらわしい例についても,1語1語,その所属をきめることが必 要である。〈共時約な意昧での語種〉という概念も,たしかに,なりたたないことはないが,そ の観点からすれば,「きせる」「じゃんけん」の類の語種をきめるのはむずかしい。けっきょく,

語種とは程度の問題だ,ということになって,ある語は何%和語で何%漢語,といった規定をす るほかないだろう。これは,すくなくとも統計的な調査にとっては,実際的ではない。いちいち の単語の所属を決定するには,歴史的に,その単語がどこから由来したものか,という観点から かんがえなければならない。(もちろん,歴史的な出来が不明なものもあるが,それは純粋に共時的に語 種をきめようとするときの照難にくらべれば,問題にならない。)そして,語種を歴史的に親等すると すれば,その分類から闘有名詞を排除する根拠をさがすのはむずかしい。

 これまでの調査で,下野名詞を語種の範囲外において,あまり問題がなかった1つの理由は,

〈みじかい単位〉をとっていたことにある。β単位,M単位などとよばれる〈みじかい単位〉で は,たとえば

  日本/銀行  岩波/書膨  文部/省  田中/着撰  申央/公論

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