第 3 章 ソフトシリコーン伝導型 NAM マイクロフォン
3.3 帯域を広範化させるために
元来聴診器は,非常に低域の周波数帯の心音や呼吸音などの体内伝導音を 詳細に聴くために作られている.聴診器を模した聴診器型NAMマイクロフ ォンにおける三角錐形状の微小密閉反響空間は,低域の感度を上昇させる利 点もある反面,コンデンサマイクロフォンから皮膚までの密閉空気層と固体 の振動板が,むしろ帯域を狭小化させている可能性がある.また聴診器型 NAM マイクロフォンはその密閉の完全さが問題となり,微量な空気の漏れ があるだけで,気導外部雑音が容易に大量に漏入する.そしてコンデンサマ イクロフォンの振動電極自体は通常通り空気に接するようになっているため,
漏入した雑音に敏感に反応する.またもし密閉が完全であったとしても,吸 盤の薄い樹脂一枚を通して外気に触れる構造になっているため,吸盤の背面 よりの気導外部雑音に脆弱である.
NAM マイクロフォンの元来の,そして究極の目的は,マイク側背部から の漏入・伝導する外部雑音をはじめとする気導音を排して,NAM のごとき 肉伝導音だけを広帯域,高感度で拾うことである.気導音の漏入を許せば帯 域は伸びるが,外部雑音への感度が気導マイクの感度と変わらなくなる.
そこで振動板とコンデンサマイクロフォンとの間に介在する音媒体として の空気を,完全に排除することを試みた.新たに音媒体として弾性があり,
形成が容易で,人体への接触に安全な歯科技工用のシリコーン(ラボシリコ ーン:松風)を選択した.
またコンデンサマイクロフォンは気導音を採録するために設計されている ため,表面に開けた小孔を通じて,空気の振動を振動電極版に伝える構造と なっている.ここに硬化前のシリコーンを詰めてNAMマイクロフォンを作 成すると,聴診器型では見られなかった2KHz以上のフォルマントがわずか に描出されたが,聴診器型に比し感度は著しく低下した.またシリコーンの 硬化に伴いシリコーン体積に軽微な縮小がみられ,振動電極板との接触が保 てなくなった.
図3.2 ハードシリコーン型NAMマイクロフォン
Open Condenser Wrapped with Hard Silicone Type (OCWHS型)
そこで図 3.2 の左のごとく,伝導媒体を直接,振動電極板の全面に密着さ せるため,この小孔の開いた表面金属を丁寧に削り取り,振動電極板を完全 に露出した形態のコンデンサマイクロフォンを作成した.これを仮に Open Electret Condenser Microphone (以下OECM)と名付ける.
この OECM を,図 3.2 の右のように硬質の消しゴム〜プラスチック程度 の硬さのハードシリコーンに完全に包埋し,接着剤を使用せず直接皮膚に指 で圧着してみた.これを Open Condenser Wrapped with Hard Silicone Type (OCWHS型)のNAMマイクロフォンと呼ぶことにする.
図3.3 OECMの製作過程
OECMの実際の製作過程を図3.3に示す.一番左側が,通常のECMの感 音面とその裏側である.左から二番目が,表面の防塵用の黒い皮膜をはがし
たもので,気導音を通すための小孔が表面に開いている.この表面を丁寧に ヤスリで削っていくと,左から三番目のように,周囲の側面金属と前面の金 属との連続が途切れる.残って蓋のようになった前面の金属を剥離すると,
一番右側のように振動電極板の露出したOECMとなる.この工程において,
少しでも振動電極に傷をつけると,OECMの感度は著しく低下するので細心 の注意をもって剥離する.
図3.4 ハードシリコーン型NAMマイクロフォン(OCWHS型)で サンプリングしたNAM音のスペクトラム
このハードシリコーン型NAMマイクロフォンを用いると,聴診器型に比 し,感度は同程度に近づき,図3.4のNAM音のスペクトラムのごとく2KHz 以上の帯域も表現されるようになり,2〜3KHzのフォルマントも明瞭となっ た.図 3.4の収録内容は聴診器型の図 3.1 と同じく「あらゆる現実をすべて 自分の方へねじ曲げたのだ」である.
こういった弾性固体媒体で OECM を包み込んで,その振動電極板の全面 に直接接触させることにより,空気との接触がなくなり,振動電極板への気 導音の漏入は,完全に排除できる.側背部の外殻から伝導する軽微な外部雑 音はこの時点でやむを得ないとして,ほぼ肉伝導音だけをピックアップでき る.しかも音声における音韻の識別にとって重要な2KHz以上に,帯域が拡 大した.