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宮城県南三陸町の復興計画と観光について

1.2 復興計画と観光について

1.2.2 宮城県南三陸町の復興計画と観光について

【南三陸町とは】

宮城県本吉郡南三陸町は、宮城県東部沿岸地域にある漁業を中心とした一次産業の町で ある。震災以前から交流人口の増加については重要視しており、2006 年に制定された 2007 年からの総合計画の中では、仙台都市圏、石巻都市圏からの交流人口の増加を念頭に置き ながら町の活性化に生かしていくことも重要としている。「自然、ひと、なりわいが紡ぐ安 らぎと賑わいのあるまち・南三陸町」を将来像と定め、図表 42 の通り、政策Ⅱ「集いと賑 わいのあるまちづくり」の中では、農林業、水産業、商工業と並列に「観光の振興」を主 要施策の中のひとつとした。「魅力ある海・山の自然環境を背景としたグリーンツーリズム やブルーツーリズムに代表される交流型産業と観光を連携させ、交流人口の拡大に向けた 施策を積極的に展開する」とされている。主力施策から基本事業への流れもわかりやすく、

「観光の振興」については、「観光資源の整備・活用」「観光産業・関連事業の振興と育成」

「観光客誘致活動・情報発信体系の整備及び強化」「観光イベントの展開」が掲げられ、「交 流型産業の育成と支援」については、「体験型観光の推進」「産業交流活動体制の整備」「交 流イベントの創設」「交流活動インストラクターの育成」が掲げられている。これらの実践 を強化すべく、2009 年 6 月 23 日に一般社団法人南三陸町観光協会が設立され、同年 7 月 14 日には第 3 種旅行業の登録をした。交流型産業として農業や漁業を取り入れて教育旅行 のメニューを作成し、より町民と交流できるようにと民泊を推進した。大型宿泊施設が 1 件しかない南三陸町では、民泊の協力を多くの町民から得ることで、多数の教育旅行を誘 致してきた。

観光地点としては、風光明媚な「田束山」や「神割崎」があり、また、かつての養蚕に ついて見学ができる「ひころの里」や体験型宿泊施設である「さんさん館」が挙げられて いる。自然豊かな環境にある「総合スポーツ宿泊施設・平成の森」や「神割崎キャンプ場」

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は、親子連れや子供会なども利用ができる。また、町の近隣からは、新鮮な魚介類の地域 産品を求める買い物客が、「おさかな通り商店街」を訪れた。

図表 42 南三陸町総合計画「南三陸町政策Ⅱ 集いと賑わいのあるまちづくり」

出典:南三陸町総合計画より

町の人口は 2006 年 12 月に 18,707 人であったが、毎年 2%程度減少しており、震災直前 2011 年 2 月の人口は 17,666 人であった。しかし、震災により 620 人が亡くなり、現在も 211 人が行方不明である(2017 年 9 月末現在の確定28)。南三陸町では、これまでの津波被 害により住民に津波の危険度についての意識はあったものの、10 メートルを超える津波が 町を襲い町内の河川を逆流したため、津波の被害を想定していなかった地区にも被害が及 び、より甚大な被害となった。地震による建築物被害はほとんどなかったといわれたが、

津波による町内の建築物被害は 3,330 戸と全体の約 62%にも上った。内訳は、志津川地区

28 南三陸町の被害状況:南三陸町では、東日本大震災での被災状況や復興状況を定期的に 発信している。http://www.town.minamisanriku.miyagi.jp/index.cfm/6,0,90,html

農林業の振興 1.農地の保全と活用

2.農業経営の維持・改善と後継者育成 ・神割崎及び田束山等観光推進事業 3.安全・安心な農業の確立と地元消費の拡大 ・歴史、文化財活用事業

4.農村環境の整備 ・海洋レクリェーションエリア活用事業

5.計画的な森林整備の推進と森林資源の有効活用 ・街並み景観づくり整備促進事業

水産業の振興 1.資源管理型漁業の推進 ・観光協会運営強化事業

2.水産加工施設の衛生機能の高度化 ・観光関係団体育成事業 3.漁業関連団体の支援と連携強化 ・観光物産関係者の人材育成事業

4.漁場環境の保全 ・観光施設、産業関連事業者ネットワーク形成事業

5.地産地消の推進 ・観光ゾーン間ネットワーク形成事業

6.水産業基盤施設整備の強化

・仙台・宮城デスティネーションキャンペーンに向けての 商工業の振興 1.商工会との連携強化と商店街活性化の支援  受け入れ態勢整備及び観光客誘致活動

2.地元既存企業の支援 ・観光案内板整備事業

3.企業誘致の促進 ・総合観光案内所創設事業

・ボランティアガイド育成事業

観光の振興 1.観光資源の整備・活用 ・ガイドブック等作成事業

2.観光産業・関連事業の振興と育成 ・観光キャンペーン推進事業

3.観光客誘致活動・情報発信体系の整備及び強化 ・紹介ビデオの作成、ホームページの充実

4.観光イベントの展開 ・情報発信ネットワーク形成事業

・道の駅整備検討 地場産業の振興と連携 1.南三陸ブランド計画の策定と活動の支援

2.観光地のブランド化の推進 ・志津川湾夏まつり及び歌津恋来い浜まつりの開催 3.農林産物のブランド化の推進 ・潮騒まつり及び田束山つつじ祭り、産業フェア等

4.水産物のブランド化の推進  観光物産イベントの開催

5.異業種交流の推進 ・町内外の観光物産展の開催及び参加

・新たな観光イベントの創設 主要事務事業 基本事業

主要施策

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2,020 戸(地区の約 75%)、戸倉地区 520 戸(地区の約 75%)、歌津地区 780 戸(地区の約 55%)、

入谷地区 10 戸(地区の 2%)、(2012 年 4 月 3 日現在)。町外への避難や移転もあり、図表 43 の通り、2017 年 12 月末実現在の人口は 13,210 人、2011 年 2 月と比較をするとこの 6 年で約 25%にあたる 4,456 人が減少している。

図表 43 南三陸町の世帯数および人口の推移

出典:南三陸町統計より

【南三陸町の震災復興計画と観光】

震災後、南三陸町では復興計画を、2011 年 12 月 26 日に発表した。復興の理念は 2006 年に制定をした総合計画をもとに「『自然・ひと・なりわいが紡ぐ安らぎと賑わいのあるま ち』への創造的復興」である。この計画による目標は 2021 年 3 月とされており、図表 44 の通り、10 年を目標とした。目標の中に「観光」という単語はないが、産業の回復の項目 や賑わいづくりの項目には「観光」という単語が使用されている。

表 南三陸町の世帯数および人口の推移

年月 世帯数 人口 減少率

2009/2/28 5,359 18,127 99%

2010/2/28 5,364 17,832 98%

2011/2/28 5,362 17,666 99%

2012/2/28 4,880 15,419 87%

2013/2/28 4,847 15,147 98%

2014/2/28 4,740 14,620 97%

2015/2/28 4,649 14,081 96%

2016/2/28 4,589 13,762 98%

2017/2/28 4,590 13,504 98%

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図表 44 南三陸町の復興計画における計画期間について

出典:南三陸町復興計画より筆者作成

南三陸町では、宮城県に準じる形で当初の 3 年を復旧期とした。しかし、復旧期と復興 期をだぶらせる形で、「復旧させながら復興する」ことを明言している。2011 年 9 月には 復興開始宣言を発し、2013 年には復旧宣言を 2017 年には復興宣言を出す見込みとしてい た。町の約 70%の建物が津波による被害を受け、電気もなく真っ暗になった南三陸町の復 旧期のスローガンは、「まちづくりの灯をともす」、復興期のスローガンは「本格的な復興 まちづくり」、発展期は「持続可能なまちづくり」である。緊急対応すべき重点事項につい ては、「被災者の生活支援と自立生活への誘導」「ライフラインと河川堤防・護岸の仮復旧」

「災害廃棄物の処理」「消防・防災機能の早期回復」「雇用の確保」「産業の復旧」「病院・

学校・社会福祉施設の復旧と移動手段の確保」「行政機能の回復」の 8 点が挙げられている。

観光については、「産業の復旧」の中で、「各種イベント開催(復興・物産・観光・異業種 交流)事業」が、2011 年から 2020 年までの主な事業とされている。目標は 3 段階となっ

2011年度 2012年度 2013年度 2014年度 2015年度 2016年度 2017年度 2018年度 2019年度 2020年度

  9月復興開始宣言

復旧宣言・感謝祭

復興宣言

第一次産業を主軸としながら、観光や農水産加工、商業 と連携した6次産業化や漁業、農業を体験するグリーン ツーリズム・ブルーツーリズムなどの新しい観光の展開、

環境関連産業などを中心とした新たな産業の育成。新し い高台居住地等での新しいコミュニティの絆づくり、町民 主体による協働まちづくり

創造的 復興宣言

応急的復旧、仮住まいの早急な 確保、町の産業・なりわいの早期 再開、コミュニティの絆の維持、多 様な雇用の確保

復旧期の基本的な考え方

復興期の基本的な考え方

雇用の場でもある産業となりわいの本格的復興、住まい・コミュニ ティの再生

発展期の基本的な考え方 復旧期

復興期

発展期

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ており、①「安心して暮らし続けられるまちづくり」、②「自然と共生するまちづくり」、

③「なりわいと賑わいのまちづくり」である。観光については、主に③「なりわいと賑わ いのまちづくり」に具体の事業が設定されているが、「災害伝承・防災教育の推進」につい ては、自然と共生するまちづくりの中に含まれている。これは、災害伝承については「観 光」という視点よりも「地域資源を活かした教育の充実」や「地域コミュニティ活動の推 進」といった面が強い意味合いをもつからだと思われる。

2014 年から 2017 年までの南三陸町の決算報告29によると、観光キャンペーン推進事業、

教育旅行誘致促進事業、訪日外国人誘致態勢整備事業など、地域の観光を販売強化しよう という事業が実施され、「なりわいと賑わいのまちづくり」「地域資源を活かした教育の充 実」の目標達成に向けた動きとなっている。また、物産振興支援事業が実施され、地域の 物産がなりわいにつながるようにと考えられている。同時に活かすべき地域資源の体制整 備として、「田束山環境整備事業」「観光地景観整備事業」「神割崎キャンプ場施設等指定管 理事業」などが実施されている。

【観光客入込数】

南三陸町の観光客入込数について確認する。南三陸町の観光客入込数は 2005 年に約 101 万人に達してから若干の前後はあるものの 100 万人前後で推移していた(図表 45)。2008 年には 104 万人を突破、2009 年には一般社団法人南三陸町観光協会が旅行業に参入したこ ともあり、2010 年には 108 万人を突破した。しかし、翌 2011 年の東日本大震災により、

この年は約 36 万人に落ち込んだ。震災により、宿泊施設は 33 施設から 8 施設に減少し、

民泊の受け入れをしていた家庭、約 100 軒のうち半数が津波の被害で流出。商店街もすべ ての地域で被災、観光客や買い物客を受け入れる体制でなかった。猪狩(2013)によると、

震災以前に産業・自然・食・歴史・その他とピックアップをして調査をした地域資源 85 か所のうち、震災から 1 年半以上経過した 2012 年 11 月の段階でも 27 か所が被災により立 ち入りができないかまたは移転・廃業・損壊している状態であり、入込数確保が困難であ った。2012 年には 89 万人まで入込数を戻したが、その後、2013 年には 88 万人、2014 年 には 76 万人と低迷した。2015 年には 80 万 4 千人と持ち直したが、2016 年が 80 万 6 千人 と並行線をたどり、入込数の戻りには苦戦している。

29 南三陸町決算:決算の中で「商工費」に関する支出を確認した http://www.town.minamisanriku.miyagi.jp/index.cfm/8,0,49,224,html