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第 3 章 【観光につながる事例と観光産業について】

3.3 その他の事例について

120 案を練っている。

まちあるき観光は、昨今、ブームになりつつあり、各地で旅行商品として販売されてい る。流れをつくったのは「長崎さるく」という長崎市の観光まちあるきであり、「さるく博」

というまちなか観光の博覧会を開催したことから人気に火がついた。まちあるき観光は、

90 分から 120 分程度で、地域内を歩いてまわり、途中で観光スポットに立寄ったり、買い 物をしたりするものが多く、大きな消費に直結しないが、地域のファンづくり、再来意識 への効果などがうたわれている。長崎さるく以外にも、大阪市を中心とする「おおさかあ そ歩(ぼ)」、京都を中心に関西方面での「まいまい京都」、新潟県を中心とした「ブラ新潟」、

東京を中心とする「まいまい東京」などがある。青森県では着地型観光の一環でまちある き観光に力をいれており、弘前市の「路地裏探偵団」をはじめ各自治体でのガイド教育に も力をいれている。仙台でもテレビ番組「ブラタモリ」の影響で、まちなかをあるく「仙 台ふららん」が人気である。

まちあるき観光の中には、単にガイド役が地域を案内するだけではなく、購買活動につ なげようという動きもある。まちあるき観光の道中で参加費の中から地域の店舗でお菓子 や飲み物を購入して参加者に渡したり、訪問先で参加者の買物につなげられるよう自然風 景だけでなく商店に立寄るなどの工夫もされている。稲葉(2017)は、単なるまちあるき 観光ではなく、スタンプラリーなど何らかの目的をもち、多くの自由になる時間をもって まちあるきをすることが、地域にお金を落とすことにつながると述べている。

山下(2013)は、群馬県甘楽郡の話題から、「生きたまちを見せるためことから考えると、

まちあるきの主体は地域住民である」と述べている。「語り部」は被災地にとって、貴重な 地域の資源である。これを単なる「今ある資源」としてとらえるばかりではなく、「伝承の ツール」「教育のツール」としてのとらえ方もある。これは、南三陸町の復興計画の中にも ある。

121 地域内外から来訪者がある。

【マルアラ及川商店】(飲食店:宮城県南三陸町歌津)

水産加工品の製造会社だが、震災後に商品販売の仮設の店舗を設置したことから、顧客 の希望もあり、飲食スペースを設けた。菓子製造も手掛ける。

【中華屋 飛上】(飲食店:宮城県南三陸町歌津)

南三陸町出身で、震災当時中華料理のシェフとして仙台のホテルに勤務していた高橋氏 が、地元のために何かしたいとラーメン店を開店した。

【はしもと】(飲食店:宮城県南三陸町志津川)

南三陸町の仮設商店街さんさん商店街が入居者を募集していた際に、店主の橋本氏が独 立して開店。現在は、本設のさんさん商店街に入居。

【ちょこっと】(飲食店:宮城県南三陸町戸倉)

震災後、被災した土地に食堂を建てたが、嵩上対策のため閉店。移転してカフェとして 再度開店。

【阿部茶舗】(小売店・飲食店:宮城県南三陸町志津川)

店舗・工場ともに被災し、さんさん商店街に入居。販売だけでなく、甘味処を併設して、

モアイアイスなど話題となる商品を提供。

【ニュースカフェ】(小売店・飲食店:宮城県南三陸町志津川)

新聞販売店が経営しているさんさん商店街のカフェ。昼間はカフェと雑貨小売り販売を しており、夜中から明け方にかけて新聞配達準備の業務に使われる。

【松野や】(惣菜製造・飲食店:宮城県南三陸町入谷)

海の幸を使った惣菜の出張販売をしていた松野氏が、震災後に、ボランティア等で町を 訪れる人に食べてほしいと固定店舗を開店。

3.3.2 小売業

【直売所みなさん館】(直売所:宮城県南三陸町歌津)

震災後、歌津地区の住民が立ち上げた直売所。海産物も農産物も取扱いをしており、直 売所内で加工品も製造している。

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【ニュースカフェ】(小売店:宮城県南三陸町志津川)

南三陸のものを中心に、お土産にも適度な雑貨を販売している。カフェスペースを併設 している。

【商店街】(小売店:宮城県南三陸町志津川・歌津)

志津川と歌津に、小売店がまとまって、仮説の商店街がつくられた。住民向けの買物場 所というよりも、観光客が訪れて土産物を購入することのほうが多い施設。現在、本設に 移り、志津川は「さんさん商店街」、歌津は「ハマーレ歌津」と名付けられた。

3.3.3 土産物製造

【南三陸復興タコの会】

前出の「YES工房」で商品を製造し、卸や直販をしている団体。南三陸のキャラクタ ー「オクトパス君」を使った文鎮のほか文具・日用品・食品などのほか、地域産品でもあ る繭を使った繭細工製品も製造販売している。現在、商品数は 80 を超え、販売店は自店を 除き全国で 60 件にのへぼる。会の結成当初は、地元で飲食店を営む高橋修氏が代表を務め ていたが、2018 年 6 月から若手の大森丈広氏に世代交代をしている。

【南三陸モアイファミリー】

南三陸町では、2011 年 12 月に伊里前福幸商店街、2012 年 2 月にさんさん商店街の仮設 商店街ができ、住民と観光客を対象に賑わいが戻りつつあった。当時、南三陸町に復興応 援隊として観光協会の業務に従事していた柳井謙一氏は、商店街への来訪客の数が多い様 子をみて、もっと地域にお金をおとしてもらえる仕掛けができないかと土産物の開発に取 り組んだ。一品目は、東京の金太郎飴本舗に製造を委託し、モアイの表情をいれた「モア イ飴」(図表 81)を開発。柳井氏は自社でのみ販売をする方式ではなく、広く地域の商店に も卸し、地域商店にもお金が落ちる仕組みをつくった。モアイはチリ津波のあとにイース ター島と友好を深めてきた地域の証であり、柳井氏はモアイをもっと全国に広め、チリか ら頂いた絆を知ってほしいと、モアイを観光に使う手段を考えキャラクター化させること にした。そこで誕生したのがモアイのキャラクター「モアイファミリー」である。モアイ のキャラクターは人気となり、製造を委託した飴だけではなく、町内の事業者から仕入れ た味付け海苔、とろろ昆布、ふのりなどにもキャラクターを貼付し販売をすることとなっ た。柳井氏は、東京出身であるが、復興支援で訪れた南三陸町で観光協会の業務に従事す る中で、被災した南三陸町に不足していた「南三陸町の土産品」に対し、自身のリソース が使えると判断した。柳井氏は、2014 年に正式に事業者登録をし、現在も南三陸町の土産 開発販売を行っている。被災地の人材では、なかなか着手できない分野であったことと、

123 柳井氏のキャリアがマッチした事例である。

図表 81 南三陸モアイファミリーが製造販売する南三陸の土産品

出典:モアイファミリーWEB サイト

【南三陸藍監査室(合同会社でんでんむしカンパニー)】

同じく南三陸町で合同会社でんでんむしカンパニーを立ち上げた中村未来氏がいる。前 出の柳井氏と同様に、東京出身であるが復興支援で訪れた南三陸町に興味をもち、南三陸 町観光協会で従事をし、建築設計のキャリアを生かし、観光事業の中でも民泊推進の事業 を中心に担当した。業務に従事をするうちに、地域と地域の人々に対する愛情が深くなり、

この地で何かを始めたいと南三陸で藍を育てる事業に自身で着手。現在は、藍を育て、育 てた藍で藍染めの商品(図表 82)をつくり販売を始めた。商品は、手ぬぐい、T シャツ、ヘ アゴムなど、女性らしい商品のラインナップである。また、中村氏は、自ら藍を育てるだ けではなく「南三陸応縁団」を通して「おでって」を依頼している。「おでって」そのもの は、直接的な利益を生み出すものではないが、町を訪れるきっかけをつくり、また、町民 とのつながりを強くするツールである。合同会社でんでんむしカンパニーでは、藍を育て る作業や商品の袋詰めなど、様々な「おでって」を通して、地域のファンづくりに貢献を している。さらに、藍染め体験も商品化し、南三陸町観光協会と連携して販売を開始した。

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図表 82 南三陸藍監査室(合同会社でんでんむしカンパニー)の製造した土産品

出典:南三陸藍監査室より