• 検索結果がありません。

第 3 章 【観光につながる事例と観光産業について】

4 第 章【結論】

4.3 今後の課題と展望

観光産業の有効性を語る場合、どの程度の経済効果を生んでいるのかを正しく把握して 語りたいと考える。しかし、観光産業における経済効果を正確に把握することは非常に困 難である。その原因の一点目は、観光客入込数、観光消費額単価、観光消費額についての 都道府県の情報収集方法がまだ統一されていないということだ。2009 年に観光庁では「観 光入込客統計に関する共通基準」を策定し公表したが、それまでは、各都道府県の独自の 情報収集と集計によるもので、基準がバラバラであった。現在、大阪府以外の都道府県62で はこの共通基準を導入しているが、実際の収集データがすべてこの基準に基づいて発表さ れている段階には至っていない。また、各都道府県で、どのような地点を「入込調査観光 地点」とするのかまでは詳細な決まりがなく、また、観光消費額を算出するための「観光 地点パラメータ調査」も都道府県に委ねられており、これらのデータが不足する場合には、

他の既存調査を活用するとされている。そのため、全国の状況を統一した視点で把握する ことは難しい。二点目は、観光消費額を含め、計算の基準となるデータが推計であり実デ ータを収集しにくいことである。宮城県では、観光動態調査63を 3 年おきに実施しており、

毎年の観光統計データから観光消費額等を算出する場合には、最大 3 年前のデータを参照 して計算することになる。観光地点におけるアンケートは春夏秋冬の 4 回実施するが回数 票数は 3369 票/年間であり、回収している地点は自然分類で①松島海岸②蔵王山頂、文化・

歴史分類で③仙台城跡④登米みやぎの明治村、産業観光分類で⑤道の駅「上品の郷」⑥道

62 大阪府:2018年10月末日現在、大阪府のみ未導入 http://www.mlit.go.jp/kankocho/siryou/toukei/irikomi.html

63 観光動態調査:宮城県では3年に1回実施、現在公表されているデータは2012年のも の https://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/600146.pdf

145

の駅「大谷海岸」⑦あら伊達な道の駅⑧道の駅「路田里はなやま」、スポーツ分類で⑨みち のく杜の湖畔公園、買物分類で⑩三井アウトレットパークの 10 箇所である。1 箇所あたり 100 票の回収ではあるが、これらの 10 地点でのデータしか基になっていないということは、

かなり偏りがある。イベントでの調査票の回収は年間で 856 票、宿泊施設からの回収は年 間で 1,654 票、回収している宿泊施設は実数で 12 件である。より正確な数字を把握するた めには、現在の調査方法では不足であることは確かである。三点目は、観光産業による経 済波及効果を測定するためのデータの蓄積がほとんどないことである。地方都市にいけば いくほど、宿泊施設以外の事業者で、当社観光事業者であると断言できる事業者や商店は 少なく、旅行者にも住民にもサービスを提供している。観光事業者と断言できたとしても、

二次波及効果を調査するために、細かく各事業者にデータをとっている自治体はない。よ って、観光所得の乗数モデルといった考え方があっても、そこにあてはめる数字がほとん どないのである。よって、観光産業の有効性を図るにあたり、観光客入込数をもとに、推 計ではあるが観光消費額を算出してきた。「観光客入込数×観光消費額」という数式で有効 性を図るのであれば、より入込数を上げ、購入してもらえる商品・サービスを増やすこと が観光産業の有効性を上げる結果をつくる。

しかしながら、観光産業については、全国どの地域でも力をいれて商品化を進めており、

その地域の独自性が何かを地域自身が把握する必要がある。また、現在の日本は、地震、

水害、噴火、台風などの自然災害が多発しており、災害箇所の観光活用についても、ある 意味ライバルが多く出現していることになる。東日本大震災は発生から 7 年が経過してい るが、女川町のように商業区域が整備されてきた自治体もあり、南三陸町や陸前高田市の ように商業区域の嵩上げが完了していない自治体もある。現時点での観光産業の有効性を 語ることはできるが、今後、復興完了時が訪れたとしても人口減少にはさらに拍車がかか っているはずだ。入込数も人口も減少が続いている奥尻町だが、ムーンライトマラソンの 開催が成功している。自治体、企業、地域住民が、考え、実行し続けていくと、その時代 にあった手法にたどりつくのではないだろうか。災害と観光については、時間の経過で見 方も変わるため、長期に渡り状況を確認し、研究を続けていくべきと考えている。

146

謝辞

私が、観光に興味をもち、旅行会社をつくろうと思いはじめたきっかけは南三陸町にあ ります。当時、失業者の雇用対策で技能講座を担当していた当社には、自身の次のステッ プを考えて受講しにくる人たちが大勢いました。目標をもって受講する生徒、なんとなく 受講している生徒、迷いながら受講している生徒…この人たちが、やりがいをもって仕事 ができるようにサポートしなくてはと思っていたときに、宮城大学の宮原研究室(当時)

とともに「食材王国みやぎを学ぶまなび旅」を企画しました。訪れた南三陸町で、漁業や 農業に携わる皆さんの仕事に対する熱い想いやキラキラした眼差し、「観光まちづくり」を 推進する役場の皆さんや個性あふれる商店の皆さんの地域に対する愛情などを見て、こん なふうに、自信と愛情にあふれた社会人を育てるには、各地で活躍している人に会いにい くことが一番ではないか、旅行を学びの手段とすることができないかと考えました。考え ているだけでは何も進まないと具体的に動き始めました。旅行商品を販売するためには、

資格や免許が必要で、当時、自身で経営していた会社の枠にはあてはめられなかったため、

自身で旅行取扱管理者の資格をとり、新会社設立の準備を進めていました。同時に、実務 だけでは足りないかもしれないと、宮城大学大学院の試験を受け、合格の知らせをいただ きました。

そんなときに、東日本大震災が発生したのです。あんなにお世話になった南三陸町が、

壊滅状態、勉強会の会場で利用した防災庁舎棟も悲惨なことに。お世話になった方の無事 を祈りつつ、何もできない日々が続きました。2011 年、大学院の入学式は 1 ケ月遅れ、こ のような状態のときに大学なんて、とも考えましたが、震災からの復興に観光が役立つの であれば、とこのテーマでの進学を決めました。初めての研究について、いろいろとご指 導いただいた宮原育子先生(現在は、宮城学院女子大学現代ビジネス学部現代ビジネス学 科)には、時に励ましていただき、厳しいご指導もいただき、深く感謝しております。宮 城大学大学院時代にお世話になった先生方に感謝申し上げます。2012 年、縁あって東北大 学大学院経済学研究科の「地方創生プログラム・地域イノベーションプロデューサー塾

(Rips 塾)」にも通い、地元の若手経営者との学びの時間をもつことができたくさんの刺 激を受け、あらためて自身の「旅」についてのサービスについて考えさせられることとな りました。Rips 塾を 1 年で、修士は 2 年で終えたものの、この学びを何かにつなげること ができているのだろうか、何かにつなげられるほど学んではいないのではないだろうかと 考え、現在に至っております。

東北大学大学院にきてからは、本当にあっと言う間で、もっと綿密に計画を立てて研究 をするべきだったと反省ばかりです。そのような状況の中、論文を読む会を主催してくだ さった、東経連ビジネスセンターのセンター長であり経済学研究科の先輩でもある西山英

147

作さん、宮城学院女子大学の渡部順一先生、東北電力の管野秀幸さん、基礎能力を学ばせ ていただきました。また、研究方法について自分ごとのようにご指導くださいました、経 済産業局の遠藤憲子さん、研究方法についての視点の持ち方を学ばせていただきました。

また、お忙しい中、私の問いかけに時間をくださった南三陸町観光協会及川会長をはじめ 協会の皆様、神戸市危機管理センターの石堂叶さん、奥尻町役場地域政策課の後藤みくさ ん、そのほかヒヤリングにご協力いただいた各地の皆様に深く感謝申し上げます。

震災復興と観光という大きな枠組みの中で、なかなか定まらない研究内容について、ず っとご指導いただきました増田聡先生には、ご面倒ばかりかけました。私に不足している 視点や、読むべき文献などについて、細かなご指導をいただきました。学会発表など外に 向けた発信についても、多々ご指導をいただきましたおかげで、様々な経験を積むことが できました。深く、深く感謝申し上げます。様々な講義の中でご指導いただきました経済 学研究科の先生方、西出先生、福嶋先生、高浦先生、皆様に感謝申し上げます。また、東 北の経済活性化や震災復興などのテーマで学内外問わずにご指導いただきました大滝精一 先生にも、深く感謝申し上げます。

また、自身の時間の使い方について、見守ってくれた家族と、仕事の調整も引き受けて くれた会社の社員メンバーに、あらためて感謝いたします。

震災から 7 年、被災地をまわっていると、7 年たってもこのような状況なのかと思える 風景が多々あります。被災地の人口減少のスピードと、復興のスピードとどちらが速いの か、日々競争の状態です。東日本大震災の復興期間が終了する間もなく、次々と日本を自 然災害が襲い、その度に、震災の記憶の風化も早まります。大きな災害から、復興する手 段として、観光や集客交流が大きな役割を果たすことは明らかですが、具体的にどのよう な地域でどのようなことを実施していけばよいのか、その詳細なプログラムはまだ明らか になっていないと私は考えます。そして、災害からの復興だけではなく、日々人口が減少 していく過疎地でも、応用して考えられるような観光や観光による経済活性、観光による 地域づくりについて研究を続けていきたいと思います。

今後とも、皆様には末永いご指導を賜りたく、よろしくお願い申し上げます。

2018 年 11 月 稲葉 雅子