第3章 母親の子育て意識の変容過程に基づく 子育て支援プログラムの実践開発
第1節 子育て支援における絵本の読み聞かせが母親に 与える心理的効果
Ⅰ.読み聞かせが母親に与える心理的効果の検証
本節では、実践開発する支援プログラムに読み聞かせを導入するにあたり、子育て支 援における読み聞かせが母親に与える心理的効果を検証する。一般的に、読み聞かせは、
保護者や保育者等の大人が子どもに対して行うものと捉えられることが多い。しかしなが ら、子育て支援における読み聞かせでは、母親が我が子に読む場合(母親は読み手)と、
母親が我が子と共に集団での読み聞かせに参加する場合(母親は聞き手)が想定される。
本節は、公民館で実施の子育て講座において、子どもと共に聞き手として、集団の読み聞 かせに参加している母親を対象として検証を行った1)。
筆者は、公民館の子育て支援の講座で、定期的に読み聞かせを行っている。母子の関わ りを観察すると、母子で横に並んだり母親が子どもを膝に抱えたりして同じ絵本を眺め、
その内容について言葉を交わす姿や、母親が子どもの表情を見たり、子どもが母親の視線 を追ったりする姿を見ることも多い。このような共同注視の出現は、子どもが象徴を共有 し、言語を使用し考えるようになっていくための基盤となるもの(北山,
2005)
2)であり、発達にとって重要な意味を持つ。子どもと一緒に読み聞かせに参加している母親は、絵本 に興味を持つ人、持たない人、子どもの反応を見て絵本に引き込まれる人等、様々である。
定期的に読み聞かせを始めてから、母親同士が講座の終了後に和やかに談笑する様子が認 められるようになり、また、絵本が面白かったという母親からの感想が聞かれたり、図書 館に通うようになった親子がいたりする等、肯定的な変化が認められた。
1) 本節では以下の論文を加筆・修正し、再構成した。岡村幸代・平松清志:「「子育て支援」の場における絵本 の読み聞かせが参加者としての母親に与える心理的効果に関する一考察―女子大学生を対象とした検討より―」, ノートルダム清心女子大学児童臨床研究所『児童臨床研究所年報』第23集, 38-42頁, 2010年.、岡村幸代・平松 清志:「「子育て支援」の場における絵本の読み聞かせが参加者としての母親に与える心理的効果(第2報)―
女子大学生を対象とした検討―」, ノートルダム清心女子大学児童臨床研究所『児童臨床研究所年報』第24集, 77-82頁, 2011年.及び、岡村幸代・平松清志:「子育て支援における絵本の読み聞かせが参加者としての母親に与え る心理的影響」, 日本読書学会誌『読書科学』第55巻第1・2号合併号, 1-12頁, 2013年.
2) 北山修:「共視母子像からの問いかけ」, (北山修/編:『共視論―母子像の心理学―』), 16頁, 講談社, 2005年.
このことから、子どもと一緒に読み聞かせに参加している母親には、何らかの望ましい 心理的変化が生じている可能性が想定される。心理療法家の立場から絵本について言及し た河合(2001)3)は、「0歳から100歳までが楽しめる。小さい、あるいは薄い本でも、そ こに込められている内容は極めて広く深い」としている。子どもと共に参加することで母 親に生じる変化に関連し、梶谷・脇(2011)4)は、「絵本と出会い、その楽しみを子どもと 共有することが出来れば、子どもが育つと同時に大人も育ち、子どもの育ちをさらに力強 く支えていけるようになる」とし、子どもと大人双方の育ちに言及している。
また、脳科学の分野で近年得られた知見として、我が子に読み聞かせをしている母親及 び子どもの脳の状態をMRIで計測したところ、読み手である母親は、前頭前野のコミュニ ケーションを司る部分が、聞いている子どもは大脳辺縁系と呼ばれる感情や情緒に関わる 働きをする場所が活性化する(泰羅,2018)5)ことや、実母子間に限らなくとも、また成 人であっても同様の効果が得られることが明らかになっている(森,2015)6)。これらの 知見から、大人も絵本の世界に関わることが可能であり、聞き手になることにより深い感 情体験が出来る可能性があると考えられる。
読み聞かせに関する研究は、家庭での読み聞かせにおける母親の考えや読書環境の準備 に着目した研究(秋田・無藤,1996)7)や、読み聞かせ後の母親の心理的変容に着目した 研究(住田,2010)8)等はあるが、何れも母親は読み手であり、読み聞かせの聞き手とし ての母親の心理的変化に着目した研究は殆ど認められない。子育て支援活動に関する研究 では、親子の触れ合い遊びを中心とした親子触れ合い教室において、参加した母親の気分 状態の有意な改善や、親子関係の安定が認められたとの報告(千葉ら,2009)9)がある。
この活動では、読み聞かせは行っていないが、読み聞かせに参加する母子の間で情緒的な 触れ合いがあるとするならば、本節においても、母親の気分や感情の変化に着目すること
3) 河合隼雄:「絵本の不思議」,(河合隼雄・松居直・柳田邦男/著,『絵本の力』), 3-5頁, 岩波書店, 2001年.
4) 梶谷恵子・脇明子:「安心と冒険と」,(脇明子/編:『子どもの育ちを支える絵本』), 101-103頁, 岩波書店, 2011
年.
5) 泰羅雅登:「読み聞かせは“心の脳”に届く」, (田島信元・佐々木丈夫・宮下孝弘・秋田喜代美編著,『歌と
絵本が育む子どもの豊かな心―歌いかけ・読み聞かせ子育てのすすめ―』), 231-244頁, ミネルヴァ書房, 2018年.
6) 森慶子:「絵本の読み聞かせの効果の脳科学的分析―NIRSによる黙読時、音読時との比較・分析―」, 日本読書
学会誌『読書科学』第56巻第2号, 89-100頁, 2015年.
7) 秋田喜代美・無藤隆:「幼児の読み聞かせに対する母親の考えと読書環境に関する行動の検討」, 日本教育心理
学会誌『教育心おかむら理学研究』第44巻第1号, 109-120頁, 1996年.
8) 住田真裕子:「絵本の読み聞かせが母親に与える影響に対する一考察―内容に着目して―」, 『中国四国教育学
会教育学研究紀要』第56巻, 643-648頁, 2010年.
9) 千葉千恵美・渡辺俊之・平山宗弘・田島貞子:「親子ふれあい教室が母親の気分状態に与える影響」, 『高崎健
第3章第 1 節
で、何らかの効果が実証される可能性が考えられる。一般的に、読み聞かせは、子どもに 対して実施されることが多いが、子どもと共に参加する母親にも、子育てにおける孤独感、
負担感に対して何らかの効果があるならば、支援プログラムに取り入れる積極的な理由と なる。
読書活動の点からは、2001(平成13)年に施行された子どもの読書活動の推進に関する 法律(文部科学省,2001)10)において、2018(平成30)年に第四次基本計画が出され、読 書習慣の形成に向けて「発達段階ごとの効果的な取組を推進し、乳幼児期では絵本や物語 を読んでもらい興味を示すようになる等」の計画の改正や、家庭での読書活動の支援とし て「子供を中心に家族で同じ本を読み、絆の一層の深まりを目指す家読」が挙げられる(文 部科学省,2018)11)。また、本法律に基づき自治体毎に読書活動推進計画が策定され、子 どもの読書環境をより一層充実させる取組が実施されている(e.g.,岡山市,2009)12)。こ のような動向の中で、子育て支援の講座において母子で読み聞かせに参加したり、母親自 身が絵本に親しんだりすることは、子どもの読書活動の充実にも寄与すると考えられる。
以上から本節は、講座における読み聞かせが、参加者としての母親に与える心理的効果 を、イメージ及び気分・感情の変化に注目して明らかにすることを目的とする。本節にお いて検証する主な仮説は、講座における読み聞かせの実施により、母親のイメージ、気分・
感情が肯定的に変化する、である。
Ⅱ.方法
1.対象と時期
調査対象は、公民館主催講座に参加の母子計106組(母親の総計106名)である。2010年
12月~2011年12月の内、7日間、計7回調査を実施した。本節は、読み聞かせが母親に与
える心理的効果の試験的研究であるため、読み聞かせは子育て支援の現場で行われている ものをモデルにして集団で実施した。すなわち、本節で扱う「読み聞かせ」とは、読み手10) 文部科学省:「子どもの読書活動の推進に関する法律」, https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/dokusho/link/
080617/ 003.pdf, 2001年.(2019年4月7日閲覧)
11) 文部科学省:「第四次子供の読書活動の推進に関する基本的な計画(平成30年4月)」, https://www.mext.
go.jp/b_menu/houdou/30/04/__icsFiles/ afieldfile/2018/04/20/1403863_002_1.pdf, 2018年.(2019年4月7日閲覧)
12) 岡山市:「子ども読書推進計画(平成13年)」, https://www.city.okayama.jp/contents/000047817.pdf, 2009年.(2019 年4月7日閲覧)
は研究協力の大学院生、聞き手は講座の参加者である母親と子ども、もしくは母親のみで あり、実施形態は小集団であった。
2.内容
実験計画は、2×2の被験者間要因計画とした。独立変数を子どもの有無及び読み聞か せの有無、従属変数を母親の気分・感情の変化とする、2要因の実験計画を施行した。更 に、独立変数に応じた群名を付け、「読み聞かせ・子有群」(母親が我が子と共に集団読み 聞かせに参加)、「読み聞かせ・子無群」(母親のみで集団読み聞かせに参加)、並びに「ひ とり読み群」(絵本を配布し母親が個人で読む)とした。参加している子どもは就園前児
(0歳~4歳)であり、ひとり読み群において、子どものいる設定で母親が実際にひとり 読みをすることは難しく現実的でないため、ひとり読み群で子どものいる設定は行わなか った。また、子どもが乳幼児期であり、母親への調査を別室で行うことは母子双方にとっ て現実的でないことから、「読み聞かせ・子無群」及び「ひとり読み群」の調査の際にも、母 親と子どもは同室で調査を行い、母親が調査に協力する際には、同室内で母親集団と子ど も集団に分かれて座り、子ども集団にはお絵かきや工作等の活動を行わせることによって、
「読み聞かせ・子無群」として成立させた。読み聞かせ群では、司書の経験がある女子大学 院生が読み手となり、集団読み聞かせを行った。
「ひとり読み群」は統制群として設定したが、統制群の内容を検討するにあたり、他の選 択肢として、①手遊びや工作等の絵本以外の活動をすることや、②他者(母親の場合は我 が子)に絵本を読み聞かせること、更には③何もしないことも考えられた。しかし、①に 関しては読み聞かせを取り扱う研究であるため、絵本以外の活動を設定することは趣旨が 異なること、②は他者に絵本を読み聞かせる場合、対象者が読み手となってしまい、対象 者の置かれた状況があまりにも異なってしまうこと、③に関しては、乳幼児期の子どもと 子育て支援の場に参加している母親が数分間何もしない、という設定は現実的でなく実施 が極めて難しいことが考えられた。これらのことから、絵本の活動であり、子育て支援の 現場で実践可能であることから、「ひとり読み群」を統制群として用いることとした。
絵本は「どうぶつのおかあさん」(小森・薮内,1981)13)、「おおきなかぶ」(トルス トイ・内田・佐藤,1966)14)の2冊を用いた。これらの本は、子育て支援に参加する乳幼
13) 小森厚・薮内正幸:『どうぶつのおかあさん』, 福音館書店, 1981年.