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第3章 地域に根ざした思想とカリキュラム論

第1節 地域学習の考え方

1郷土教育

1)郷土教育の定義

 郷土教育とは、戦前の地域と学校教育のあるべき関係を志向して提起 された教育論の一つである。目標としては、郷土愛の育成をかかげるも の、あるいは、各教科の教授の直観化などをめざすもの、また、地域の 科学的認識をめざすものなどがあった。地域からの教材の選択、郷土科

と称する教科の特設、郷土室などの施設などが試みられた。

2)戦前の郷土教育

 昭和初頭、「個性尊重」「画一教育の打破」「教育の実際化」「教育の 地方化」などが、文部省公認のスローガンであるがごとく叫ばれた。こ のような内容の教育は、八大教育主張に代表される大正期の「新教育運 動」の教育内容と一致し、総体として、「生活即教育」「生活教育」と 呼ばれた教育実践のなかで具体化された。文部省は、新教育運動の広が

りをおそれて弾圧や圧迫などを加えてきた。

 しかし、昭和期初頭になると「新教育」の成果を一定取り込んでいこ うとする姿勢を見ることができる。従来、「新教育」は体制内化するこ とによりその思想と実践の延命をはかろうとしたという理解がなされて いる。しかしながら、同時にいえることは、体制側の教育思惟のなかに、

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「新教育」.の思想と実践を積極的に取り入れることにより、ファシズム 体制を確立していこうとする意図があったとみることが必要ではないだ ろうかと、川口は推測している。69

 昭和初期から展開された郷土教育は、明治期から教授方法の改善を中 心に進められてきた直観教授の思想と結びついた郷土教育とは区別する 意味で、「新郷土教育」「新興郷土教育」と称されることがしばしばあ

る。

 昭和初期からの郷土教育は、ドイツにおけるHeimaterziehungの思想的 影響を受け、盛んに提唱されるようになった。70生活の基盤である郷土 の実態に足場をおき、そこに教材を求め、更に広域に拡大していこうと するものであった。郷土的な社会を知り、これを愛し、奉仕するような 人間を形成することを目的とするものであった。

3)ドイツの郷土科

 ドイツにおいては18世紀後半から地理教育・歴史教育・理科教育の 分野の初歩段階おける教材として郷土を対象とし、直観的な方法で授業

「郷土科」が実施されている。19世紀末の国民運動、第一次世界大戦 後の国民思想の転換により「郷土科」を独立した教科の初歩段階の教材 から、生命哲学、体験、全体(合科)教授、文化教育学の分野に発展し て傾向が強くなり、この郷土教育を「新郷土教育」と称されることとな

る。71

69川口幸宏『講座 日本教育史』第四巻.1984年,p.24 70唐沢富太郎『近代日本教育史』1967年,p.199 71入澤宗壽『新郷土教育原論』明治図書,1932年,

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2郷土教育運動

1)郷土教育の実態

 文部省による郷土教育の推進の背景は、昭和恐慌の深刻化(1930年 代)により荒廃した農村を「自力更正運動」の方向で指導しようとする 政策と結びついた官製的・保守的なものがあったといえる。すなわち、

昭和初期の郷土教育は、児童が体験する地域社会、いわゆる郷土の環境 的現実のなかから教材を求めることにより学習を直観化、経験化させよ うとする教授上の方法原理の観点から実践されてきた従来の郷土教育と は異なり、郷土を教育の目標として、郷土に関する知識観念を付与し、

郷土愛の覚醒や祖国愛の酒養することを主たる目的としていた。換言す れば、国家による民衆教化支配政策の一・環と位置づけ、主知主義教育の 行き詰まりを手段として採用されたということができる。

 このような文部省主導の郷土教育の推進に対して、客観的事実として の郷土を対象に郷土観念の啓培を目的として科学的郷土教育を主張する 郷土教育連盟(尾高豊作が主宰)の運動が民間教育運動として進歩的な 路線を打ち出している。尾高の構想した郷土教育は、地方研究や市町村 一般の地方誌を研究するのではなく、子どもの心に響く知的並びに情的 な経験の発展を要求するものとして郷土教育が行われれば、教育上の行 き詰まりを打破していくと考えられた。この手段として地理的要素を多 分に含む学習が子どもたちの生活環境にも生きた具体的直観、または、

認識力を養う出発点として捉えられた。地理学をただ単に学問的な一学 科と見なさず総合的な学習のコアとして郷土教育を位置づけた学習とい うことができる。コアとしての郷土をどう捉えたのかが重要な課題とな ってくるが、第一には、郷土を名所旧跡、郷土の狭い偉人の賛美、ある        一78一

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いは単なる地理的な観察といった方向ではなく、ル・プレー、ゲッデス の理論(La Play−Geddes Theory)、つまり郷土調査を実地作業として社会 変革をその運動の精神とする運動、これを日本の現実のなかで展開しよ

うとするものであった。従って郷土を分析する場合、ばらばらな要素を 羅列的にあげてみるという方法論は採用せず、土地の研究は地理学に、

労働の研究は経済学に、住民の研究は人類学によってなされ、しかもそ れらはそれぞれ分離せずに関係づけられて考察していくという手法をと

り、郷土を科学的に捉えようとした。

 文部省は、経費節減の時世にもかかわらず昭和5・6年度に師範学校 に郷土教育施設費を交付し、同7年には、郷土教育講習会を開催するな ど、積極的に普及に努めた。そのため全国の師範学校をはじめ小学校・

中学校は、郷土館、郷土室を設置し、郷土調査を行い、あるいは郷土読 本を編集し郷土科を試行するようになった。

 郷土教育は太平洋戦争に突入する頃になると、次第に愛郷精神即愛国 精神とする路線が強く押し出され、戦争遂行の支柱として利用されてい

くことになる。このことは国民学校の発足と同時に新設された「国民科」

の指導方針からもうかがうことができる。この間郷土教育運動は、官製 の愛郷心教育に集中され、尾高らの郷土教育連盟は、次第に時勢の圧迫 のもとに解体に向かいつつあった。

2)郷土教育の内容

 文部省の提唱により推進された郷土教育のための郷土読本は、各地域 単位・学校単位で編集されている。これらの読本の意図は、次の中舞鶴 尋常高等小学校『郷土読本』(6年用昭和11年)の「はしがき」から推

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第3章 地域に根ざした思想とカリキュラム論

察される。

 ふるさと、それは何といふ懐かしい響きをもった言葉でありませう。私達は ふるさとの名において再び恋しい父母の姿を見出します。げにふるさとこそは 心の休憩所であり、魂の安息所であります。このふるさとを持ってこそ、忠孝 一本の醇風も、愛国の熱情も湧いて出るのではありますまいか。若しこの世に かうしたふるさとを持たない者がありとしますれば、それこそ誠にみじめな人 といふべきでありませう。

 このように郷土が極めて感性的な認識でとらえられ、郷土愛から国土 愛の路線が明確に示されていることがわかる。郷土読本の内容は一般的

に懐古的な教材が多く、政治・経済的な教材、科学的な教材はほとんど 含まれていなかったと言える。当時の文部省普通学務局長を務めた武部 欽一は、昭和7年5月に開催された講演会で「郷土教育の本義」と題し た講演のなかで、郷土教育を「郷土といふものを教育上の対象として教 育の効果を挙げんとするもの」と規定し、郷土教育運動を教授上の方法 原理と目的原理の両面から捉え、郷土教育の具体的目的を「直接の生活 環境たる市町村といふ郷土社会をより良き郷土社会としまするが為に は、よく其の郷土を認識しよく愛護し、よりよき郷土を建設する」と述 べている。続いて「郷土教育の完成は、家庭教育から学校教育に、学校 教育から社会教育に亘って始めてそれが徹底できるものであります。従 って郷土教育は単に学校教員のみの問題ではなくして、実に広いそして       くマの

大きな国民教育の問題であり、国民全体が関心を有たなければならない 教育問題となる」述べている。武部にとっての郷土教育は、なによりも

「実際生活に適切有用な教育を施す」ための教授方法であり、不安動揺 が多い時代を鑑み、「よりよき郷土社会」を建設するために、「よく其 の郷土を認識しよく愛護」することを目的としたものであった。

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