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地域の概観

ドキュメント内 ムラとマチの時空 : 社会と暮らしの地理 (ページ 79-82)

 箕面市の市域は,大阪市の北方,北摂山地の南端部から千里丘陵の北端部にかけて 開けている。市域面積は48.35km2で,中部から北部にかけては山勝ちで,林野面積 が30.78km2と,市域の64%を占める。そのうち,24.58km2は近郊緑地保全地域に指 定されており,さらに明治の森箕面国定公園(962.6ha)や大阪府営箕面公園(83.7ha)

などを擁し,緑豊かな空間を構成している。北摂山地と千里丘陵とに挟まれて東西方 向に細長く広がる市域南部は,段丘面・扇状地・丘陵下部,および浅い河谷面からな り(図16- 1 ),古くから本市の主たる生活・生産空間を構成してきた。

 明治22年(1889),町村制の施行に伴い,箕面・萱野・豊川・止々呂美の 4 カ村が 成立した。古くから文人墨客に親しまれてきた箕面の大滝や箕面寺(竜安寺)を中心 とする一帯が明治31年に大阪府営箕面公園に指定されたのに伴い,遊覧・観光の客が 増え,さらに明治43年には大阪―箕面・宝塚間に箕面有馬電気軌道が開通したのに伴 って池田室町(2.7万坪)と箕面桜井(5.5万坪)に住宅地が開かれた。実に,これは 電鉄経営による住宅地開発の関西における嚆矢をなすものであった2)。その後も,箕

面市の西部は自然環境に恵まれた住宅地として徐々に発展し,昭和23年(1948) 1 月 には箕面町となり,同年の 8 月には萱野村・止々呂美村が合併し,さらに同31年には 豊川村の一部を合併して市制が敷かれた。

 昭和30年代から40年代前半にかけて,千里ニュータウンの開発や,昭和45年に千里 丘陵一帯で開催された万国博覧会を契機に,周辺一帯の交通機関を始めとする公共施 設の整備・充実が図られたのに伴って,それまで農村的色彩が濃厚であった萱野・豊 川の一帯でも大規模な宅地開発が進み,急速に都市化が進行しつつある。

 図16- 2 ・図16- 3 に示したように,箕面市域は前述の歴史的・自然的条件ならびに

0 1km 凡例

緩斜面 急斜面 山地一般斜面 丘陵地

低 地 崖 錐 沖積錐 ため池 古い人工改変地 中位段丘

扇状地

低位段丘

図16- 1  地形分類図

(注)「古い人工改変地」には船場・粟生間谷などの新しい人工改変地(原地形で表示)は含まれない。

(出典)箕面市企画室(1985)『箕面市土地分類調査(細部調査)報告書』。

開発過程から,一般に西部(旧箕面村域),中部(旧萱野村域),東部(旧豊川村域),

北部(旧止々呂美村域)の 4 地域に区分され,さらに箕面市の都市計画プランでは中 央部の山岳地帯を中央山間地域として区分している。西部地域は阪急宝塚線・箕面線,

中部地域は北大阪急行電鉄・大阪地下鉄御堂筋線,東部地域は阪急千里線によって,

最寄り鉄道駅からは,おおむね30分以内,自宅からでもほぼ 1 時間前後で大阪市の都 心部と結ばれている(ただし,北部の止々呂美地区は,最寄り駅の阪急池田駅からの バスの便にあまり恵まれていないので,大阪市の都心部まで 1 時間半ほど要する)。

以下,この地域区分に従って論を進める。

池 田 

423

茨 木 

171号線

吹 田 市

至梅田

至梅田 豊 中 市

中国自動車道

北千里 千里中央

至梅田

西

凡 例 市境界 市街化区域

高速道路 鉄道 

国 道  DID 近郊緑地保全区域 

市役所  都市核 地域界 E

A

B C DD

阪急箕面

0 1 2 3km

図16- 2  箕面市域の状況と地域区分

(注)A西部地域,B中部地域,C東部地域,D中央山間地域,E北部地域。

(出典)箕面市(1983)『第 3 次箕面市総合計画素案策定基礎調査―その 1 』, 3 頁に加筆。

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