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周囲の情報と繰り返しによる承認

ドキュメント内 多形的な「私」の承認をめぐって (ページ 52-57)

第 4 章 「性的マジョリティ」へのカミングアウト

2 周囲の情報と繰り返しによる承認

本節では,カミングアウトがうまくいく場合について論じることで,異なる他者との共 存のひとつのあり方を示す.ここまで述べてきたように,当事者が性別違和を抱くその感 覚は多様で複雑であり,それを伝えることは容易ではなく,それを当事者も認識している.

そのなかで,どのようなカミングアウトがうまくいっているのか.また,それによって「私」

はどのように承認されているのか.これらの点を,当事者が伝えようとする内容と,伝え る側と伝えられる側の役割カテゴリーにおける関係性に着目して明らかにしたい.

カミングアウトが「私」の承認につながっていた,A さんと C さんの語りを検討してい く.そこには,カミングアウトを繰り返すことや,「性的マイノリティ」についての情報,

前例があることが影響しているようだった.また,家族や企業のなかでの「親/子」「上司/

部下」といった役割カテゴリーの影響も重要なものとして現れた.Cさんは,母親へのカミ ングアウトを次のように語っている.

*:お母さんにはどういうふうにカミングアウトしたんですか.

C:おか,えっとー,ハート,「ハートをつなごう」,当時,「ハートをつなごう」を見

ていて,わたしこれっぽいんじゃねみたいな話.ただそれも一回じゃなくて10…5,6 回はかかりましたね.

*:そうなんですね.何歳くらいの時にカミングアウトしたんですか.

C:10…7,8かな.

*:ふーん.なるほど.それで,どういう反応だったんですか.

C:最初は無反応でしたね.だんだんそういうの見るようになって自分は知っていくみ たいな.

*:その時のハートネットってどういうの取り上げてたんですか.

C:最初は,レズビアン.ゲイ・レズビアン特集.2回か3回かけて.で,LGBTを

やりはじめて,ちょうど,それこそエンドウマメタさんとか,石川大我さんとかがま だ,全然お兄ちゃんのころです.議員とかになる前に,その,新宿の高島屋,えー,

東南口のところでイベントをやってて,それに何度も行ってて.

*:そうすると,その時のカミングアウトは,Xジェンダーだとかそういうのではなく て,

C:なくて,まあセクシュアルマイノリティなんだ広い意味で.ぐらいだな,言葉はま あ知らなかったし.

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ここでカミングアウトは,1回どころではなく10,5,6回はかかるものと語られる.最初 は無反応であり,番組などを通して少しずつ理解がすすんでいくという過程が見られる.C さんは妹にも同じころに同様の言い方でカミングアウトしているが,母親よりは楽観的で,

無反応ではあるが受け入れられているように感じたという.

Cさんは,Xジェンダーという言葉を知らなかったこともあり,「広い意味で」「セクシュ アルマイノリティ」であるということを伝えている.このとき,具体的な自分の感覚につ いて語っているわけではないと思われる.また,テレビ番組の特集を利用することで,「性 的マイノリティ」の存在を身近なものにする工夫をしている.Cさんの母親は,ずっと無反 応だったわけではない.理解が進んでいく過程は以下の語りから読み取れる.

(カミングアウトが一度ですまないという話が出た後)

*:その一回で済まないっていうのは,例えばお母さんの時とか?

C:そうですね.まあ何度か,見ていって…3年くらいたったら,自分でLGBTって

なんだろう,ってリビットさんの本を買ってきて読んだりとかして.(中略)今はもう わかってるんで結婚しろとかは一切言わないですね.ただ,親に会わせる前に事前に は言っといてなみたいな,どんな人連れてくるかわかんないんで(笑).よ,よ,嫁でも 婿でもいいけどどんな人かをちゃんと言ってみたいな(笑).まあ,私パンセクシュアル

27なんで,セクシュアリティ問わないんですけど.知らずに,無断で連れてくるのだけ はやめてほしい(笑).

*:あ,そうですか(笑).びっくりしますよね.

C:心づもりはしておきたいと(笑).

*:ふふふふ(笑).えー,パンセクシュアルであるってことも言ってるんですか.

C:一応ね.ただ,あんまり,言葉多すぎてわけわかんないんで.4つ28 だって大変な

のに.

*:じゃああんまり,Xジェンダーとかそういう言葉は使ってないんですか.

C:ま,Xも言ってますけど.この前のNHK見た時に,Xの中にも4つあるって言っ

たら,「なんで4つもあんの!?」って言われて.

*:はははは(笑).それ混乱しますよね,いきなり.

C:でも,別になんか自分で勉強しようと,してるみたい.

Cさんの母親は,3年ほどという長い時間をかけてCさんのことを理解していく.Cさんの セクシュアリティについても理解しており,結婚などの要求はしていない.「嫁でも婿でも」

ちゃんと紹介すればそれでよいとだけ言っており,非常に寛容な様子が読み取れる.Xジェ ンダーのなかでの,中性,両性,無性,不定性という4分類といったことについてもCさ んは話している.そういった細かい用語については混乱を示すものの,本を読んで学習す るなど積極的にCさんを理解しようという姿勢が見られる.

Aさんも,祖母に繰り返してカミングアウトし,理解を得ている.

27 トランスジェンダーなども含むすべての性別の人に対し性的指向が向くこと.全性愛者.

28 Xジェンダーのなかに存在する,「中性」,「両性」,「無性」,「不定性」というさらに細か いカテゴリーのことを指している.これらのカテゴリーを用いるかどうかは当事者による.

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A:(高齢のため)そんなにぱっぱってこう返せないから,母親と自分が会話してる のを,ばあちゃんはスカイプでこう聞いてた,みたいな感じで,それで徐々に理解し たんじゃないかな.でも,ちゃんとわかってきてくれたのは,自分がその日本帰って きて,いろんなコミュニティ行って,そのまあ,脳みそインスパイアさせたろと思っ て,ボケちゃあかんと思って.まあこういう人がいてこういう人がいるんだよってい う情報を,普通も何もなくなってるんですよね,ばあちゃんなかで.で,なんか最終 的に言ったのが,なんか,そういう人,なんかLGBTの人もたくさんいるのにねえ,

みたいな,なんでそういう風潮なのかしら,みたいな感じの発言をし始めて,もう,

なんだろう,偏見がもともとあったかっつったら,まあないわけじゃなくて例えば,

クリスとか,クリス松村,とか見たら,ま,何かしらこの人みたいな感じで言ったり ネガティブなことは言ってたりとかしてたんですけど,でもなんか,そういうのもあ る種なくなってきたのかなって.

Aさんは母親にスカイプで自分の性自認のことを話しており,そのときの会話を祖母も聞い て徐々に理解しているところがあると A さんは予想している.おそらくほとんど性的マイ ノリティについての知識がなく,むしろ偏見をもっていた祖母に対しても,Aさんは何度も 積極的に伝えており,偏見がなくなってきたという感覚を得ている.「こういう人がいる」

という,コミュニティで出会った様々な人についての事例を話して聞かせることで,Aさん は自分が異常な存在ではないという主張に説得力をもたせている.

これらの語りは,家族に対するカミングアウトについてのものである.家族に対しては,

何度も繰り返してカミングアウトすることもできるし,相手にも受け入れようという気持 ちがある場合が多いと考えられる.特に,Cさんの語りからは,楽観的で無反応に近い妹の 反応に対し,本を読んで勉強し,積極的に理解しようとする母親の姿が読み取れる.家族 のなかでも,「親/子」という役割カテゴリーにおいては,特に親が子を理解しようとしたり,

逆に支配しようとしたりといった,友人やきょうだいとの関係とは異なる傾向が現れやす いと考えられる.

また,C さんもA さんも,自分の性自認や身体の感覚を具体的に伝えているわけではな い.Cさんは,「性的マイノリティ」という大きな枠組みでまず説明し,それからXジェン ダーやパンセクシュアルといった集合体の成員カテゴリーを説明して,そういったものと して「私」のあり方を表明している.ここでは,「私」の感覚の正確な理解よりも,そのと きの「私」のあり方が,あるカテゴリーに含まれるものという程度の具体性で認められれ ばよいと,当事者が考えていることが読み取れる.Aさんも,他の性的マイノリティの存在 を当たり前のものと認識させたうえで,それに似た存在として「私」を理解してもらって いる.

では,相手が家族ではない場合,どのようにカミングアウトはうまく伝えられるのだろ うか.A さんは,バイト 2 日目で職場でも服装に関する困難を契機にカミングアウトして いる.この職場では,以前 X ジェンダーではないが,トランスジェンダー当事者と思われ る人が働いており,その前例があったために A さんはスムーズに受容されている.その経 過を見ていく.Aさんは,バイト先の制服が男女別であり,自分は女性の制服を着ていると いうことに気づく.その瞬間からA さんは,「超がにまた」で歩いたり,「らっしゃいませ

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