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創造された発明の戦略的保護

ドキュメント内 知財戦略事例集 (ページ 51-96)

 

資源に乏しい我が国において、これまでの発展を支えてきたのは、各企業における 技術開発であると言っても過言ではない。新技術を創造し、これを事業に活用するこ とによって技術経営力を高め、発展を遂げてきた。自らイノベーションを興していくこと が求められている我が国企業にとって、事業の競争力を高めていくためには、新技術 を戦略的に創造することはもちろん、創造された発明を、自社の利益へ結びつけてい けるように、発明を活用しやすい形で権利化し、管理していくことが重要になってい る。 

創造された発明を適切に管理するためには、まず、その発明を認識することから始 まる。多くの企業において、研究開発の成果は技術者から「発明提案書」という形で 提出され、その記載に基づき、提案された発明が認識・評価されることが多い。しかし ながら、特許制度や、特許権の活用の方法についての知識を十分に持たない技術者 にとって、現実には、自らの研究成果が適切に保護されるように発明提案をすること は難しい面もある。そのため、知的財産部門が創造された発明について専門性を活 かして適切に管理していくことが求められる。 

それは、単に特許出願をし、権利化を図るというだけではなく、それに関係する事 業戦略や研究開発戦略との関係を考慮しながら、創造された発明を発掘・評価し、す なわち「見える化」し、その発明を特許出願するのか、ノウハウとして秘匿するのか、

それとも単に公知化するのか、また、特許出願するのであれば、どこの国で権利を確 保するのか等の各フェーズ(場面)における判断を戦略的に行っていくことが、適切に 発明を管理していく上で重要となる。 

   

【1】創造された発明の発掘・提案   

1.発明をいかに発掘するか   

  発明は各企業にとって大切な財産であり、実際に社内では、日々、発明が創出さ れいる。知的財産部員は、こうした発明を的確に理解し、適切に保護し、活用していく 能力を常に磨いておくことが求められる。しかし、こうした能力を知的財産部員が備え ていたとしても、知的財産部門において発明を認識できないことがある。 

その原因としては、以下のものが挙げられる。 

・そもそも発明者が発明を発明と認識できていない 

・発明者が発明を提出する手段を知らない 

・発明者にとって発明を提出するインセンティブがない 

こうした問題を払拭するために、企業においては、発明発掘活動や発明報奨制度 の充実化などの取組を行っている。発明の報奨制度については、第7章で述べること として、ここでは、ある企業の知的財産部長の見解を紹介した上で、企業の発明発掘 活動を中心に紹介する。 

 

[57] 発明者は発明を発明と認識できない 

 

発明者は発明を発明と認識できないことがある。したがって、発明発掘が必要となる。つまり、発 明発掘とは、意識の中に埋もれた発明を発明者に覚醒させる行為である。発明発掘の具体的な手 法の一つは、研究開発途中の図面や製品について、知的財産部員が発明者と共に見つめ、発明 者の意識の中に入り込むことで、発明者自身が発明と認識できない発明を捜索することである。 

   

この見解からも明らかなように、適切に特許権を取得するためには、何らかの発明 発掘活動を行い、また発明は文書化等により認識できる形になって初めて「見える 化」され管理可能となる。以下に、企業の具体的な取組や工夫を紹介する。なお、発 明提案書を提出させるスキームは、発明発掘のために重要であるが、2.で取り上げ ることとし、ここでは知的財産部門から能動的に発明者に働きかけている取組を紹介 する。 

   

[58] 日々の打ち合わせを持ちかけて発明が提出され易い環境を醸成 

 

知的財産部には技術単位ごとに担当者がいる。その担当者は研究者に対して、常日頃から不 定期の打ち合わせを持ちかけている。この打ち合わせを行うと、発明者から「このような発明をした のだけど、どうでしょうか?」というような話になる。このような日々の打ち合わせがあるために、発明

(技術的思想)の概念が明確になってから知的財産部に発明が提案されることは少ない。概ね良 いデータが出た段階などで、とりあえず打ち合わせが持ちかけられる。 

その打ち合わせで特許出願の方向になったものは「発明提案書」を仕上げていくことになる。具 体的な作業としては、発明者が発明提案書を記載することになる。ただ、発明者と知的財産部の担 当者は日々の打ち合わせを行っているので、発明提案書を記載することは、それほど発明者にと って負担な作業ではない。また、課長クラスが出席する特許委員会に発明者も出席していることが 多く、発明を提案して特許出願をすることは、発明者が自身のプレゼンス向上になることを理解し ているので、発明提案書を記載することに負担感を感じないようである。 

   

[59] 知財部員が技術者を一人一人回って発明発掘 

 

知的財産部は管理部門の入っている建物にいることもあって、技術者は知的財産部門にアクセ スしにくいと感じる傾向にある。そのため、知的財産部員の方から出向いて、技術者に「何か良い 発明はないでしょうか?」と聞くようにしている。技術者は知的財産部員が来るのを歓迎してくれて いて、むしろ「もっと早く来てくれ!」と言われることもある。 

   

[60] 研究開発現場と知財部員のコミュニケーション強化 

 

社内の発明を発掘し特許権化していくため、知的財産部員が事業部や開発部の席に座って業 務を行う「一日駐在」を月に数日実施している。多くの発明を発掘するために、研究開発現場との コミュニケーションを築くことは極めて重要であり、この駐在制度は有効である。 

また、研究所における研究発表会および工場における月報会に、知的財産部員も同席し、特許

になりそうなものがあれば、「特許になるから出願への手続をして欲しい」と知的財産部が助言をし ている。 

   

[61] 技術者へのインタビューによる「発明つかみ取り活動」 [米国企業] 

 

当社では、発明が提出されるのを待つのではなく、知的財産部の担当者(特許弁護士など)が、

技術者などにインタビューをする形で発明を吸い上げる「発明つかみ取り活動(インベンション・キ ャプチャー)」を行っている。これは、次の2つの理由から近年始めたものである。 

①技術者は忙しすぎてアイデアを提出する時間がない上に、どのアイデアが特許に値するのか の見当がつかない。 

②研究開発が特定の製品・部品にまで具体化されてから特許取得するよりも、開発早期段階で の技術について特許取得を目指した方が、応用範囲が広がる。 

この②は、例えば、建設機械に関する研究を行っている場合でも、開発早期段階で出てきた技 術は建設機械だけでなく航空機や車両にも適用できる可能性を秘めていることを意味している。つ まり、技術研究者は、自社事業製品を目的に開発を進めているため、どうしても特定の製品に対す る技術や適用をイメージしてしまい、完成した発明の適用範囲を小さくしてしまいがちで、その結果、

取得した特許発明は建設機械にしか活用できなくなってしまう。その問題を解決するために、知的 財産部の担当者(特許弁護士など)が、「発明つかみ取り活動」を通して開発の早期段階での特許 出願を検討している。 

この「発明つかみ取り」の過程で、特許弁護士が発明者に尋ねる質問は決められており、特許取 得とノウハウ秘匿との違いなどの説明を交えながら、発明者に対して発明の取扱に関する助言を行 っている。 

   

[62] 重点技術に特化した発明発掘活動 

 

知的財産部の責任者の方針で、開発中のある技術について特許網構築を推進したことがある。

当時、この技術は、複数の競合他社が研究開発を進めている状況であったが、まだ基本特許とい えるようなものは存在していなかった。そこで、効果的な特許網を他社に先んじて当社が構築する ことにした。 

まず、この技術だけで2ヶ月間に70件の特許出願が円滑に進められるように知的財産部内の担 当者の数を増やした。そして、最初の1週間で、その担当者が手分けをして事業部を回り、研究者 への聞き込みを実施し150〜200のアイデアを抽出した。そして2週目にノウハウと特許の峻別等 で70件の特許出願候補を決定した。その後、3週間かけて知的財産部の担当者と発明者が話し 合いながら、1発明ごとに特許請求の範囲と図面からなる2枚紙を作成した。その上で、担当者全 員と外部特許事務所でタッグを組んで特許出願の書類を作成し、結果2ヶ月で約70件の特許出 願を行った。 

そして、この責任者の予想どおりに、この技術を使った製品が量産化されることになり、当社は、

このときに形成した特許網により、競合他社に対して有利な事業展開を進めることができた。また、

この特許網を活用して、海外企業からは相当のライセンス収入が入るようになり、このライセンス収 入で製品開発の開発費用を回収することにも成功した。 

 

 

 

 

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