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前章では、文部科学省が示すいじめ態様の事象をもとにして、研究者による研究の成果 をふまえて、いじめの態様を考察し、本研究におけるいじめ態様を類型化した。その1つ が、「悪口」である。本節では、「悪口」のいじめ態様を学習する上で関連のある裁判例を 紹介し、教育学者や法学者の分析を踏まえて、判決書教材開発への適否を考察する。

第一に、裁判に関する研究者の先行研究との関わりを述べたい。

本研究で活用したのは、京都地裁平成17年2月22日判決「京都市小・中学校いじめ事 件」(一部認容、一部棄却[確定])1である。本判決書を選択した理由は以下の通りであ る。

本判決は、橋本恭宏が「暴行脅迫等を受け、転居を余儀なくされた」として注目するい じめ裁判である2。「損害論として被害児童の転居費用を認めた点が注目される」とし、被 害者はいじめから逃げ出すために転校、転居が一つの解決方法ではないかと述べ、その方 法は被害拡大の一つであり、因果関係のある限り、その転居の費用は加害者側の負担とす るのが信義則に照らして妥当だと説明する。この判決は小学校から中学校に続くいじめ事 例であるが、悪口がきっかけとなって深刻化した暴行脅迫のいじめである。

梅野は、「『死ね、うざい、きもい』等の言葉の暴力も、傷つきやすい心に深く傷を残す もので、『いじめ』に当たる」と述べる3。そして、「言葉の暴力による被害の甚大さを確認 し、これを軽視せず、鋭敏な共感的想像力(人権感覚)を持つようになること」を教師用 の研修資料を開発する中で説明し、いじめにおける「言葉の暴力」としての「悪口」の問 題性を重視している4。さらに、「悪意ある言葉は自身で自制できなくなる。エスカレート し、直接的暴力を誘発する素地ともなりかねない。」と述べる。本章の「京都市小・中学 校いじめ事件」は、まさしく、悪口から暴行脅迫へエスカレートしていくいじめなのであ る。

「言葉」による暴力に対する法的評価は脅迫罪や名誉毀損・侮辱罪に関係すると考えら れ、そして犯罪性を帯びたものと判定されるのは、「集団性」「継続性・反復性」と説明さ れている5。言葉の暴力による被害の甚大性を学ぶ必要がある。

第2に、授業としての適否を述べたい

本裁判における事件の概要は、小学6年生の2学期より学級内において「キショイ」な どの言葉が流行し、その言葉のやりとりをめぐってAはBと言い合いになり、つかみ合い になった。Bはこの言葉の事実関係を理由にAに対して暴力をふるうことを公言し、また

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学校を抜け出すなどの問題行動を起こすようになる。学校側は、Bらを別室で学習させて いたが、Aは暴行脅迫などを受け、中学校入学後、転校を余儀なくされた。Aの両親は、

Bら同級生のほか、その保護者および京都市に対して損害賠償などを請求した。学校側に ついては、被害生徒に対する暴行脅迫等が発生する可能性を十分認識したと認められたの に、登校時の被害児童の様子に注意したり、始業前から教室に教員を配置したりせず、ま た、問題児童らを接触させないような万全の態勢を整えて対応しなかったなどの注意義務 違反があるとした。転居費用も含めて被告の保護者や同市においても保護者の監督義務違 反と学校の安全配慮義務違反を認め、その損害賠償を認定したものである。

本判決書教材においては、「悪口」などの言葉の問題を考えさせる上で必要な要素が含 まれている。それは、「キショイ」という言葉のやりとりの中、またそのような環境にお いていじめが深刻なものになっていったという事実である。悪口などの言葉の問題は「言 った」「言わなかった」と事実の確認に時間がかかり、その指導について苦労することが 多いが、本判決書教材においても、この悪口をめぐる問題が記され、大きなトラブルとな り、暴行や脅迫を含むいじめへと発展していくのである。

裁判所は原告が「キショイ」と言ったことを認定せず、被告の一方的な言いがかりであ ると認定しているが、中学生の生徒たちにとって日常的に使用されがちの「キショイ」と 言う言葉が、いかに人権を侵害し、深刻ないじめへとつながっていくかを洞察させうるの ではないかと考えた。また、保護者や障がい者に対する差別的な言動も同時に記されてお り、この学習を通して個人の尊厳と人格権の大切さを学ぶことができると考え、本判決書 教材を開発し、また授業開発した。

本判決書学習によって、中学生に言葉環境の大切さを意識化させることが可能になり、

いじめを予防するためには言葉環境の改善を図る必要があることを具体的現実的に学習さ せることができると考えた。

文部科学省の調査では、いじめの態様として64%が「冷やかしやからかい、悪口や脅し 文句、嫌なことを言われる」などの言葉に関わるものであり、本学習テーマの「悪口」に 関連するが、その割合は最も高いと報告されている6.国立教育政策研究所生徒指導研究セ ンターの調査7によると、「からかう・悪口」は小学校では男子の加害体験、被害経験共に 1位。女子は2位となっている。中学校においても、同様の結果となっている。

「人権教育の推進に関する取組状況の調査」8においては、学校教師が指導上困難を感じ ているものとして、「適切な自己表現等を可能とするコミュニケーション技能」があげら れている。

現場においては、教室における言葉環境の問題性を指摘する教師らの声も多い。赤坂真 二は「子どもたちの言葉が危ない」と述べ、「うざい・きもい・死ね」などの言葉が「日 常的」になっていると指摘する9。論者の現場経験においても、同様の印象を持っている。

実際のところ、学校現場の生徒たちの日常的な生活状況においては、「きもい」「ムカつ く」「キレる」「死ね」などの悪口が蔓延している。上記の悪口が学級における人間関係に

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おいて日常的に氾濫する時、トラブルやいじめは発生する。そこには、お互いにひとりの 人間として気持ちや考えをもって生活しているという人権感覚が失われており、人権教育 上の課題であると言えよう。学級における日常的な言葉環境を、穏やかで相手を思いやる あたたかみのある状況につくっていくという言葉環境の改善をめぐる取組はいじめ予防の ために必要であり、人権教育における重要な課題と分析されている10

梅野の研究11によると、各都道府県の教育委員会は人権教育関係指導資料等を作成し、

その中には「人間関係の改善を目的とする技能の習得」が位置づけられており、「会話指 導」の例示が多く見受けられると分析している。「児童生徒間、児童生徒と教師間のコミ ュニケーションの基礎となり、学級経営や教科等の指導に関わる教育環境を整える取組と して、攻撃的な会話や対話の改善を目的とした指導事例が多く見られる。」と述べる。

しかし、学校現場では、多数の教師が人権上問題のある言葉の氾濫に苦悩しながら、そ れをきっかけにおこるいじめを予防するための効果的な人権教育の授業開発は十分ではな い12。たしかに生活指導の場においては、注意や指導説諭が繰り返し行われてきたが、生 徒指導等の学校生活全般における教育活動だけではなく、各教科・道徳・特別活動等での

「学習内容・方法としての人権教育」の側面の取り組みも人権教育においては重要なので ある13

なお、「予防」とは「発生しないための状況や環境を事前に作る」ことと考え、「防止」

は「発生そのものを防ぐ」こと、「抑止」については「被害の拡大を防ぐ」こととして定 義づけた。

以上、「悪口」のいじめ態様に対応した本判決書教材は妥当であると判断する。

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