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いじめ判決書教材の開発および構成要素の抽出

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71 2 判決書教材の開発

京都地裁平成17(2005)年2月22日判決「京都市小・中学校いじめ事件」(一部認容、

一部棄却[確定])『判例時報』1915号、pp.122-

【判決の概要16

(1)学校を設置する被告 Y 市は、A に対する暴行脅迫等が発生する可能性を十分認識し 得たと認められるにもかかわらず、登校時の関係児童の様子に注意したり、始業前 から教室に教員を配置するなどせず、また、問題児童らを接触させないような万全 の態勢を整えて対応しなかったなどの注意義務の違反があるから、被告 Y 市は国家 賠償法に基づく損害賠償責任を負う。

(2)B、C、D は、A に対する暴行脅迫等に対して加害者としての損害賠償責任を負う。

(3)被告 B、C、D の保護者は、児童らが度重なる加害行為を行っていたにもかかわら ず、何ら具体的な指導・監督をした形跡はなく、不法行為責任を負う。原告の慰謝 料請求を認める。

(4)B、C、D らの加害行為によって、A が自宅に居住し続けることが困難となり、転居 を余儀なくされたとして B の加害生徒と親に転居費用 128 万 5000 円(賃料、共益 費、更新料)の損害賠償請求を認める。

【認定された事実】

(1) 小学校6年生 1学期の事実経過

ア 小学校6年生の1学期になって、B、C及びTがAに対して、(1)靴や体操服を隠 したり、(2)リコーダーを捨てたり、(3)Aの自転車をパンクさせる、(4)暴行を加えるな どのいじめを行った。Aは4、5日連続して欠席した。その後、B、C及びTは、T が中心となって3人でいじめをしたと申し出て、3名がAに謝罪するという形で、こ のいじめ事件は一旦収束した。7月17日には、BがCに暴行するという事件が発生 し、その翌日である7月18日から夏休みを挟んで9月4日まで、Bは不登校となっ た。この理由について、同人は、(5)少年野球の練習の際に、AがBの父親(当時別居 中)について、「いいひんねんな。」等と発言したことに腹を立てたからだと説明し た。

(2) 小学校6年生 2学期及び3学期の事実経過

ア Bは、2学期になってから登校を再開したが、クラス内にいじめをなくそうという 意識が浸透してきたことなどから、12月までに、Bのクラス内での影響力は徐々に 低下していった。そして、Bは、クラスの内外で、同級生が自分を無視している、自 分の悪口を言っている等と被害意識を持つようになった。そのような中、B、C及び

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Tは、(6)Aを無視したり、(7)同人の靴を隠す等のいじめをしたが、この事実について は、O先生をはじめ本件小学校の教員らは、はっきりと認識していなかった。

イ (8)BとAは、12月8日、「キモイ。」と言い合いをし、つかみ合いのけんかとな りかけた。当時、本件小学校に限らず、(9)児童らが、他人を悪く言ったり、腹立たし い気持ち等を表す際に、「キモイ」と言うことがいわば流行していた。他方、おもし ろい、おかしいことを表す際に、半ば冗談交じりに「キモイ」との言葉が使われるこ ともあった。

同日、本件小学校では、学年委員会が開催され、「キモイ」という言葉は、言われ ると嫌な気持ちになること、言わないよう約束し、児童が互いに注意し合うよう指導 することとなった。12月11日、(10)Aらのクラスで話し合いがされ、「キモ イ」、「むかつく」といった言葉はたとえ冗談でも言わないようにし、互いに注意し 合うこととされた。この話し合いの後、Aを含めてクラスの児童が「キモイ」という 言葉を使うことは減っていったが、(11)BとCは、「キモイ」という言葉を使い続け た。

ウ 3学期になって、(12)Cは、不登校となった。この理由について、同人は、O教諭 に対し、兄の障がいのことを言われるのが嫌だと訴えた。家庭訪問等をして再登校を 促したが、Cは、その後、卒業式の日を含めて、本件小学校に登校しなかった。C は、家庭訪問の過程で、登校しない理由について、Bがよく電話をかけてきて、誘い かけてくるのが嫌だということも話すようになった。他方、B及びCは、1月10 日、同月11日、同月12日と連続して、授業中に教室を抜け出し、校外へ出るなど した。

この抜け出しの理由について、(13)B及びCは、A及びTが「キモイ」等の発言を するのが嫌だ、この事実を訴えてもO教諭が確認してくれないことに不満を持って いる、Aが、上記発言をしていないと嘘をついているのが許せない等と話し、(14)

「バットで殴る。」等、Aに対して暴力を振るう旨公言していた。R教頭は、暴力に よって解決することは決してしてはならない旨繰り返し指導した。

これに対して、Bは、Aに暴力を振るうという姿勢を崩さなかった。O教諭は、A 及びTに対して、「キモイ」と言ったかどうかを確認したが、二人ともこれを否定 し、周囲の児童も聞いたことがないと答えたため、同人らが上記発言をした事実を確 認することはできなかった。

エ BとCは、Aの顔を見るとむかむかするので教室にいられないと訴えたことから、

O教諭らは、そのような場合には、校外に出て気持ちをおさめるのではなく、校内の どこかで気持ちをおさめ、収まったら教室に戻るということを提案し、別室で授業を 受けることを選択した。そして、B及びCは、1月15日から、本件別室で授業を受 けるようになった。別室での授業は、O教諭がB及びCに時間割を提示し、課題を 指定していた。B及びCは、本件別室での指導を受け始めた当初から、Aに対して暴

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力を振るう旨話していた。本件小学校では、本来の教室に戻ることについて再三話を し、教室に戻る場合にはAに対しての暴力はやめるように指導したが、Bは、Aに対 する暴力を最後まで否定しなかった。他方、Cは、途中から、Aに暴力を振るわない 旨話すようになった。

オ B及びCは、本件別室での授業を受け始めた1月15日、4時限目までは本件別室 で授業を受けたが、5時限目以降は学校を抜け出した。翌日の1時限目、CがAに

「キモイ」と言われたことについて、O教諭がCから話を聞いたが、言われた時、内 容等についてはあいまいな返事であった。

カ B及びCは、1月22日、帰宅途中のAを待ち伏せ、Cが後ろからつかんで押さえ ようとしたため、Aは持っていた鍵を投げたが、二人がかりで押し倒された。(15)C はAを押さえつけ、Bは、Aの頭や顔を踏みつける暴行を加えた。Aは、小学校に戻 って、保健室で治療を受けた後、O教諭に自宅まで送ってもらった。その後、Aを病 院に連れて行った方がよいということになり、O教諭が原告ら方へ電話をかけて経緯 を説明した上、病院で診察を受けるよう勧めた。先生は、病院に行って診察に立ち会 った後、B及びCの家に電話をかけ、暴行事件が発生したこと、Aが病院に診察を受 けに行ったこと、詳しい事情は本人から聞かないとわからないが、Aと保護者に謝罪 をしてほしいことを話した。

キ 翌23日の朝、BとCは、(16)始業前にAがいる教室へ入り、Aを足蹴にする暴行 を加えた。B及びCは、その理由について、別室の壁を外から叩いた者がおり、きっ とAである、と訴えた。O教諭は、暴力では何も解決しない旨諭し、謝罪を促した が、二人とも「あいつが悪い、またやったる。」と言うのみであった。このため、B 及びCが再度Aに(17)暴行を加えるおそれがあると判断し、登下校時のAへの教員 の付き添いや、休み時間等に教室周辺に教師が立つなどの措置をとることとした。ま た、O教諭は、B及びCの保護者に対して、経過を説明し、謝罪を促すなどした。こ れに対して、(18)Bの保護者が謝罪に行く様子が見られなかった。

ク B及びCは、1月24日、登校後に校外へ出て、4時限目以降には帰宅した。同 日、Cの両親は、本件小学校に対し、しばらくの間、Cを登校させない旨連絡した。

ケ 同日ころ、Bは、C方を訪れ、同人に対し、彫刻刀を貸すよう申し向け、Cはこれ に応じて、彫刻刀を貸した。その際、Bは、「刺したる。」等と言っていた。

1月25日の午前中、Bが、特に授業等で使用する予定もないのに、彫刻刀を手に 持って、北校舎に向かおうとしているのを別の教諭が発見し、北校舎2階の階段で、

Bを制止し、本件別室に連れ戻した。その後、同日の2時限目に本件小学校の教諭ら がBと話し合って説得し、落ち着かせた。その後、3時限目にはBは本件別室で授 業を受けたが、掃除の時間になって、校内をパトロールしていた教諭が、(19)Bが再 度彫刻刀を持って廊下を歩いて、Aに近寄ろうとしているのを発見し、他の教諭ら二 人とともに、彫刻刀をしまうよう説得した。他方、O教諭は、他の教諭一人ととも

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に、Aのそばで同人を保護する態勢をとった。その後、Bは教諭らの説得に応じて本 件別室に戻り、保護者とともに帰宅した。Bは、「これで刺したんねん。」等とO教 諭に話した。Cは、25日から30日まで欠席した。O教諭は、3回、Cを家庭訪問 した。

コ Cは、1月31日の2時限目に、父親の反対を押し切って登校した。Cが登校した ことで、Bは態度が急変し、R教頭に暴言を吐いたり、漢字帳を投げたりした。

同日、B及びCは、通学路がAと異なるにもかかわらず、本件小学校教諭に付き添 われて下校中のAの後ろをつけ、同教諭に注意をされて、立ち去った。

また、1月末から2月初めにかけて、(20)B及びCは、本件小学校体育館横から、A の様子を窺い、監視するような態度をとった。

サ B及びCは、2月以降、担任の声掛けを無視するようになり、給食を教諭に運ばせ たり、自習課題も提出せず、本件別室に教員が入るのを拒否する等して、指導が困難 な状態になっていった。一方、Aは、2月2日から、水疱瘡のため出席停止となっ た。

シ Aは、水疱瘡が治り、また、O教諭が「安全を確保する。」旨約束して、登校を促 したことから、2月14日から登校を再開した。同日、O教諭は、B及びCが、休み 時間に運動場でAをにらみつけるなど、同人の様子を盛んに窺っているのを感じ、

二人の行動に注意するとともに、Aとの接触がないように、Bらのそばに付くなどし ていた。しかし、同日の5時限目の(21)授業中、B及びCは、Aがいる教室に乱入し ようとした。本件小学校教員らは、二人を制止しようとしたが、Cはこれを振り切っ て教室内に入り、Aの髪をつかむ等の暴行を加えた。また、O教諭に対しても、靴を 投げつけるなどの暴行を加えた。B及びCは、教員ら4人がかりでもすぐに鎮めるの が困難なほど興奮した状態で、「クラス全員皆殺しや。」、「やったる。」等と怒鳴 り、教員らに廊下に連れ出された後も、(22)「A、いつかやったるぞ。」、「覚えと れ。」などと大声をあげ続けた。この翌日以降、Aは、B及びCに対する恐怖から、

登校することができなくなり、結局、3月19日に行われた卒業式にも出席しなかっ た。O教諭は、Aが欠席し始めて以降、ほぼ毎日Aを家庭訪問し、学習指導等も行っ た。

ス 本件小学校は、2月15日、授業参観後の学年懇談会において、保護者らにそれま での経過を説明し、協力を求めた。しかし、2月19日には、(23)Bの関係者が父親 とともに本件小学校を訪れて学校の対応や本件別室での指導について抗議するなどし た。

セ B及びCのO教諭に対する反発が強かったので、二人が本来の教室に戻るに当たっ て、O教諭を一旦授業からはずした方が円滑に戻ることができると考え、2月23日 から同月26日まで、O教諭にカウンセリングや研修を受けるよう指示した。