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共通語における存在表現の文法化

第 6 章 チャナッカレ方言の述語形式-mAk vā について

6.2 トルコ語の存在表現

6.2.1 共通語における存在表現の文法化

共通語では存在の表現 varは「動詞語幹+mak var」の形式で上記の例4と 5のように 存在の意味がなくなり、話し手の志望や意志を含む内的思考を表す場合がある。この場 合、存在の表現はさらなる文法化によりモダリティの意味を表すと考えられる。同じ形 式は方言では推量表現であるのに対して、共通語では願望・意志を表す表現として用い られる。 以下では、先行研究を踏まえて共通語の存在表現の文法化について考察する。

6.2.1.1 先行研究

文法化とは語が持っている本来の語彙的要素が文法役割を果たす文法的要素に変化す ることである(cf.Hopper and Traugott 2003)。大堀(2005)によると、文法化とはそれ まで文法の一部ではなかった形が、歴史的変化の中で文法体系(形態論、統語論)に組 み込まれるプロセスとされている(大堀2005:1)。

さらに以下の例に見られる存在表現である var の用法のように自立性を持った語彙項 目が付属語となって、文法機能を担うようになり、脱語彙化による文法化を生じさせる

(大堀2005:3, cf. Brinton and Traugott 2005)。例6と7の両方とも意味的にモダリティを

表し、自立性を持った語彙項目である var が本来の存在の意味より外れて、共通語では 話し手の願望・意志を表す形式となるのに対して、方言では話し手の推量を表し、完全 にモダリティの文法機能を担う要素に変化している。

6) Şimdi sen-in-le ol-mak var-dı. (共通語)

今 あなた-GEN-COM なる-INF ある-PST.COP

(今あなたと(あなたのそばに)いたかった。)

(直訳:今あなたといることがあったのに)

7) Sen-in-le ō-mak vā-dı. (ol-mak var-dı) (チャナッカレ方言)

あなた-GEN-と なる-INF ある-PST.COP

((彼/彼女は)あなたのそばにいただろう)

(Dirik 2016:318)

大堀(2005:4)は文法化の基準として「1.意味の抽象性2.範列の成立3.表示の義務性4.

形態素の拘束性 5.文法内での相互作用」のように 5つの基準を立てている。この 5つの 基準をまとめて図式化したものは以下の表 2の通りである(大堀 2005:4)。これらの基 準が右へ行くほど、文法化が進み、文法化の度合いが高いということである。

6-2. 文法化の度合い

←低い 高い→

具体的 意味・機能 抽象的 開いたクラス 範列の成立 閉じたクラス 随意的 表示の義務性 義務的 自由形式 形態の拘束性 拘束形式 相互作用なし 文法内の相互作用 相互作用あり

上記の例 6と 7に見られる varの文法要素としての変化を、この 5つの文法化の基準 に基づいて考察する。

6.2.2 モダリティを表す存在表現の述語形式と文法化

存在表現の var は共通語では以下のように本来持っている語彙的な意味と無関係な述 語を成立させることがある。意味的に話し手が発話時に望んでいること、「~あったら/

できたらよかったのに(でもできなかった)」のように出来事に関する話し手自身の強 い 願望・意志や残念な気持ちを伝える。

8) Gün-ün 30 saat ol-duğ-u bir dünya-da yaşa-mak var-dı.43

日-GEN 30 時間 なる-PTCP-ACC 1 世界-LOC 住む-INF ある-PST.COP

(1日が30時間の世界に住みたかったのに。)

9) Elektrik-ler kes-il-me-se-ydi, film-in geri 電気-PL 切る-PASS-NEG-COND-PST.COP 映画-GEN後ろ kal-an-ı-nı izle-mek var-dı.

残る-PRT-3SG.POSS-ACC見る-INF ある-PST.COP

(停電しなかったら、映画の続きを見たかった。)

10) Şimdi çok uzak-lar-da yeni insan-lar-la tanış-ıp arkadaş ol-mak var-dı.

今 とても 遠い-PL-LOC 新しい 人間-PL-COM 会う-CV 友達 なる-INFある-PST.COP

(いろいろな人と出会って友達になりたかったけど、残念ながらできない。)

11) Şimdi uyu-ma-mak var-dı ama dayan-a-mı-yor-um.

今 寝る-NEG-INF ある-PST.COP でも 我慢する-PSB-NEG-PROG-1SG

(今寝たくなかったら良かったのに、我慢できない)

12) Şimdi tez yaz-ma-mak var-dı.44

438-12は以下からの引用によるものである。

今 論文 書く-NEG-INF ある-PST.COP

(今論文を書かなかったらよかったのに。(論文を書きたくないが、仕方がなく書いて いる。))

上記の構文は「şimdi...-mak var-dı (今…動詞+mAk var-PST.COP)」という形式で使 用されることが多く、「-mAk vardı」では過去コピュラは実際には実現しなかったこと を表し、文脈に反実仮想の意味を加える。(林 2013:219)。一方、以下のような用法も あり、話し手の意志や願望のみが解釈される。しかし、このような用法は少ない。

13) Asıl 1 Mayıs’ta bura-da ol-mak var.45 実際 1日 5月-LOC ここ-LOC いる- INF ある

(実は5月1日にここにいたい)

14) Sen-i terked-ip de git-mek var ama...

あなた-ACC 残す-CV CONJ 行く-INF ある けど

(あなたを残して、行きたいけど・・・)

Şahin Çandır (歌詞:Ah bu şarkıların gözü kör olsun)

青山(2017)では上記の例 3の否定存在文の-mAk yokは禁止・状況不可能を表すのに 対して、ディリック(2016)で示された共通語と方言における-mAk var が用いられる場 面が-mAk yok と全く異なるとされている。さらにこのトルコ語の-mak vardı は義務形-mAlI で言い換えられる文脈が多く、モダリティとして可能とまとめて扱える可能性もあ ると指摘されている(青山 2016:77-78)。確かに、-mak vardı は以下のように-malı に言 い換えられるが、-mAk varとは異なる意味を表すこともある。この例15からもわかるよ うに過去コピュラが付加した場合の-mAk vardı と-mAlI-(y)dI は、実現しなかったことへ の意志・願望を表すこともあるが、さらに実現できなかった義務に関する残念な気持ち を表すという二つの解釈が可能である。つまり、義務、推量、推定、可能などの表現と して用いられる-malI は多義性(polysemy)を有しているため、どの場合でも-mak vardı に言い換えられるわけではない(cf. Uzun 1998, Göksel and Kerslake 2005, Erk-Emeksiz 2008,

448~12はディリック(2016)に掲載されている。

4513は 以下からの引用によるものである。

https://www.tripadvisor.com.tr/ShowUserReviews-g147271-d546919-r247116297-Plaza_de_la_Revolucion-Havana_Ciudad_de_la_Habana_Province_Cuba.html

Kerimoğlu 2010, Kerimoğlu 2011, Deniz Yılmaz 2014 )。その意味で、両形式の使用条件に 関してさらなる研究の余地がある46

15) Şimdi çok uzak-lar-da yeni insan-lar-la tanış-ıp arkadaş ol-malı-ydı-m.

今 とても 遠い-PL-LOC 新しい 人間-PL-COM 会う-CV 友達 なる-OBL-PST.COP-1SG

①(今、とても遠いところでいろいろな人と出会って友達にならなければならなか った。)

②(今、とても遠いところでいろいろな人と出会って友達にならなければならかっ たのに。(できなくて残念))

上記の-mAk vardı/-mAk varの述語形式を見ると動詞の不定形が不可欠の要素であり、

この場合、動詞語幹に-mAkが付加した結果名詞化し、さらに動名詞に varが接続した形 で名詞句が全体的にモダリティの意味を表す 。一方、存在表現のモダリティへの移行の 際、語彙項目の var は完全に付属語としては用いられず、自立性を持っていると考えら れる。このような用法はチャナッカレ方言の形式では認められない。

16) Şimdi Çanakkale’ye git-mek var-dı, 今 チャナッカレ-DAT 行く-INF ある-PST.COP kordon-da çay iç-mek de var-dı.

海岸—LOC 紅茶 飲む-INF CONJ ある-PST.COP

(今、チャナッカレに行きたい。海岸で紅茶も飲みたい。)

(直訳:今チャナッカレに行くことがあった。海岸で紅茶を飲むこともあった。)

例 16 では動詞の不定形と存在表現の間に接続詞の「de」が入ることから、var は単独で モダリティの表現になる付属語つまり機能語に移行していないと考えられる。

さらに上記の例 8-14 に見られる共通語の存在表現 varのモーダル的な用法について大 堀(2005)で提案された基準に基づきながら考察する。すべてを満たしていれば、文法 化の度合いが非常に高いと言える。

基準1. 意味の抽象性: 具体的にvarが持っている存在の意味が希薄化し、構文にある他

の要素と共に話し手の願望・意志を表すという抽象的な文法役割を果たしている(例:8-14)。

46このことに関しては、今後の課題としたい。

基準 2. 範列(パラダイム)の成立: ここでいう範列とは一定の文法機能を表し、閉 じたクラスの語として用いられることである。共通語でモダリティを表す var はまだ存 在表現としての自立性を保つため、範列をなさない 。

基準 3. 表示の義務性: 特定の形態素による表示が、ある機能を表すために義務的に要 求されることである。この場合、varは本来の意味よりも話し手の内的な態度を表すため の不可欠な要素となっているため、この基準を満たしていると思われる(例:8-14)。

基準 4. 形態素の拘束性:「自立語から付属語へ」という変化そのものを表し、上記の

「動詞+mAk var」のパターンでいうと「var」は自立語から付属語へ移行しているように 見えるが、名詞化した語に付加され、さらに「動詞-mAk+接続語+var」の用法も可能な ので「var」はまだ自立性が高く、存在の意味を保った形でモーダルな意味を表している と言える(例14)。

基準 5. 文法内での相互作用を表すとするが、それは例えば「決して」などが否定形と の呼応をするような例を指し、すなわち相互作用が文法規則の一部になっていることで ある。この場合 varの「動詞+mAk」と過去コピュラとの結びつきがモダリティを表す必 須要素であるが、必ず他の文法要素を要求するということがないため、この基準も満た さないと思われる。

これらの基準から話し手の願望・意志を表すようになった共通語の var の用法の文法 化について考察する。基準 1 の意味の抽象性に関して、存在の意味が代わって、話し手 の願望・意志というモーダルの意味を表している。基準 3 の表示の義務性に関しても当 てはまっている。以上のように、5つの基準の内、2つのみを満たしていることから、共 通語においては var の文法化の度合いは低いと言える。共通語では「動詞語幹+mAk」

という形式は名詞化された語であり、例 16のように varは自立性が高く、-mAkが付加 することで動詞が名詞化した形で文法化するのに対して、方言では「動詞語幹+mAk var/ vā」の一体化した形で表現されることから、両形式は文法化の度合いが異なると考 えられる。