第 4 章 チャナッカレ方言の述語形式
4.2.3 チャナッカレ方言の-IK 形式
チャナッカレ方言では動詞語幹-IK が付加されることによって、動作完了による過去 の意味を含んだ話し手の確実な推定を表示する例16のような動詞述語と出来事の結果状 態を示す分詞としての名詞述語(例17)の両方が成立する。
16) Ev-lē-ne hırsız gir -ik.
家-PL-3SG.POSS-DAT 泥棒 入る-IK
((私は)彼らの家に泥棒が入った(と思う))
17) Unnā-n ġap-lar-ı soy-ul-uk mu ȫle?
あれら-GEN 皮-PL-3SG.POSS剥く-PASS-IK Q そのように
(それらの(野菜の)皮がそんなふうに剥いてあるの。)
Demir(2007, 2012)でも示されるように、述語を成立させる-IK の屈折的な用法は
間接的エヴィデンシャリティを表す。チャナッカレ方言では動詞に付加されることによ って聞き手に話し手の断定や推定などの情報を伝え、話し手の確かな気持ちを表すエヴ ィデンシャリティを明示する要素として用いられる。意味論的な側面から見ると 16 は-IK の付加によって「泥棒が入った」という出来事の完了を示し、確かな情報や痕跡など に基づく話し手の確実な推定や判定を表現する。さらに完了した出来事の明らかな結果 状態も表し、複数の意味内容を含む。
一方 17 では、動詞語幹に受身形接辞が付加されることによって-IK の付加は話し手の 推定を表さず、動作の完了とそれによる結果状態に焦点が絞られる。このような形態は 形容詞の役割を果たし、名詞を修飾する場合もある。以下の方言における作例である 18 では-IK の分詞としての用法が見られ、19 のように形容詞的に名詞を修飾することも可 能である。分詞としての用法は主に受身形の動詞に-IKが付加された形で現れる。
18) Gap-lar-ı soy-ul-uk sebze 皮-PL-3SG.POSS むく-PASS-IK 野菜
(皮がむかれた野菜)
19) Soy-ul-uk sebze むく-PASS-IK 野菜
(むかれた果物)
分詞としての用法における実例は以下の通りである。この場合はより形容詞的な要素 である。
20) Gır-ıl-ık küp-ü kit- al- da gė- . At-ā-m.
壊す-PASS-IK 壺-ACC 行く-IMP 取る-IMP CONJ 来る-IMP 捨てる-OPT-1PL
(壊れた壺を持ってきて。捨てよう。)
21) Zeytin-lē yi-cē-miz gıdān vā.
オリーブ-PL 食べる-FUT-1PL.POSS くらい ある。
Çiz-il-ik zi:tin vā gır-ıl-ık vā.
線を引く-PASS-IK オリーブ ある 割る-PASS-IK ある
(私たちが食べるぐらいのオリーブがある。線が引かれたオリーブがある。割れた のがある。[オリーブに包丁で線を引いて漬たオリーブと石で割れ目を入れて漬けた オリーブのこと])
22) A:Duz-la-ma zeytin-i ne zaman yap-ıca-n?
塩-V.DER-NMZ オリーブ-ACC いつ 時間 作る-FUT-2SG
(塩付けのオリーブをいつ作るの?)
B:Vā aşā-da, duz-la-n-ık.
ある 下-LOC 塩-V.DER-PASS-IK
(一階の倉庫にあるよ。(オリーブが)塩漬けしてある。)
また、自動詞に-IKが付く場合も結果状態と解釈され、分詞に近い用法になる。
23) A: Anneanne-m-in ayağ-ı nasıl şimdi? Düzel-di mi?
祖母-1SG-GEN 足-3SG.POSS どう 今? 治る-PST Q
(お婆ちゃんの足、今はどう。治ったか。)
B: Hiç bir şey-i kal-ma-dı. Düzel-ik düzel-ik.
全然 一 もの-3SG.POSS 残る-NEG-PST 治る-IK 治る-IK
(何もないよ。治っている。治っている。)
以上、-IK 接辞のチャナッカレ方言における用法に触れた。-IK に関する詳しい説明は 5章で行う。
4.3 -mAk vā形式
方言では共通語と異なった形式によって推量の意味が成立する場合がある。チャナッ カレ方言もある特殊な文法形式を用い、話し手の推量といった認識的なモダリティを表 示する。それは、「動詞の不定形+存在の表現」である-mAk vā という形である。他の 方言や共通語では全く見られない構造を持つこの形式は、チャナッカレ県の南西に位置 するサズル村をはじめとするその周辺の村で使用されている。この形式はまだ研究がな されていないため、この形式の発見は、本研究の成果の一つであると言える。
述語形式-mAk vāは以下の通り4つの用法がある。
①痕跡や根拠からの推量:
話し手が出来事の発生を実際に見ていないが、生じた出来事の痕跡に基づいて推定す るとき、また、一定の根拠に基づいて推論するときも用いられる。例24は、方言と共通 語の例で、外で準備をしていた人が残した薪を、話し手が窓から見たときに発話したも のである。この場合、24(a)の下線を引いた部分は、24(b)の共通語の推定(Deductive)表 現である-(I)yor olmalıの意味に相当する。
24) a. Hatça gelin ġış-a hazırlan-mak vā. Bak-sana odun daşı-mış-lā.
ハッチャお嫁 冬-DAT 準備する-INF ある. 見る-IMP 薪 運ぶ-PF/EV-3.PL
(お嫁のハッチャは冬支度をしているだろう。見て、薪を運んでいたらしい。)
b. Hatça gelin kış-a hazırlan-ıyor ol-malı . (共通語)
ハッチャ お嫁 冬-DAT 準備する-PROG なる-OBL
(お嫁のハッチャは冬支度をしているだろう。)
②視覚認識による推量:
例25では、話し手は手元にある写真(車と人が写っているが不鮮明な写真)を見なが ら、そこで見た実態を描写している。25(b)は(a)を共通語にしたもので、根拠に基づく推 定を表示する認識的モダリティを表すと思われる。
25) a. İnsan-lā vā ur-da. Herâlde bu da araba ō-mak vā.
人間-PL ある あそこ-LOC たぶん これ も 車 なる-INF ある Hepsi araba bekle-mek vā-lā.
全員 車 待つ-INF ある-PL
(そこに人がいる。たぶんこれも車だろう。全員、車を待っているのだろう。)
b. İnsan-lā vā ur-da. Herâlde bu da araba ol-malı.
人間-PL ある あそこ-LOC たぶん これ も 車 なる-OBL
Hepsi araba bekl-iyor ol-malı-lar 全員 車 待つ-PROG なる-OBL-3PL
(そこに人がいる。たぶんこれも車だろう。全員、車を待っているのだろう。)
話し手は進行中の出来事を目撃し、それを根拠に推定する場合もある。それも-mAk vā の形で表現される。それは、共通語では意味的に進行中の出来事を表す推定表現の-(I)yor olmalı33に相当する。
③過去の情報および知覚に基づく推量:
以下の例26では、話し手が前日に親戚の家に行った時、そこで起こった出来事の話を している。そこで話題となる人たちについて、話し手は過去の情報に基づく推量および 自身の内面的な思考を表しながら話している。過去の情報に基づいて推定するので、共 通語では、推論や推定の表現-mIş olmalıが用いられる。mAk vā形式に過去形のコピュラ マーかーが付く場合があるが、それは出来事の発生時が過去であることを表し、話し手 の内的思考は現在に結び付けられている。
26) (前日親戚の家に行った時の出来事について話す。話し手がいる部屋に話題のお客 さんがいなかったが、話し手は彼らが来たことを知っていて、その情報に基づいて 次のことを発話する。)
a)... Unnā yukā-da ō-mak vā-lā-dı . 彼ら 上-LOC なる-INF ある-PL-PST
Gelin-leri guy-vi-me-mek vā. Ur-da ġā-mak vā-lā.
お嫁さん-3PL.POSS 置く-与える-NEG-INF ある。そこ-LOC泊まる-INF ある-3PL
(彼らは二階にいたのだろう。お嫁さんは(彼らに)帰ってほしくなかったようだ。
あそこ(の家)で泊まったのだろう。 ) b) ... Unnā yukā-da-ydı-lar herhalde.
彼ら 上-LOC-P.COP-PL おそらく
Gelin-leri guy-vi-me-miş ol-malı.
お嫁さん-3PL.POSS置く-与える-NEG-PF なる-OBL.
Ur-da ġā-mış ol-malı-lar.
そこ-LOC泊まる-PFなる-OBL -3PL
(彼らはおそらく二階にいたのだろう。お嫁さんは(彼らに)帰ってほしくなかったよ
33モダリティ形式の-(I)yor olmalıは- mIş olmalıと似た形式で成立するが進行中の出来事についての推定 を表現するため動詞語幹に現在進行形の-Iyorが付加される。
うだ。あそこ(の家)で泊まったのだろう。 )
④未来の推量や想定:
-mAk vāと未来形の組み合わせである-AcAk ol-mak varの場合、視覚や知覚によってこ
れ か ら 起 こる 可 能 性 のあ る 出 来 事に つ い て 推量 す る こ とを 表 す 。 この 場 合 、 推定
(Deductive)より想定(Assumptive)の意味に近いと思われる。
27) Ben ara-cak ō-mak vā-y-ım unlar -ı da, 私 連絡する-FUT なる-INFある-介入子音-1SG 彼ら-ACC も, guca garı hal-im-len. Ban-a laf at-ıyo-lā 大きい 女 状態-1SG-COM 私-DAT 言葉 投げる-PROG-PL niye ara-ma-yo-n sor-ma-yo-n diye.
なぜ 連絡する-NEG-PROG-2SG 聞く-NEG-PROG-2SG といって
(この年になって、私が彼らに連絡するの。彼らは私に「どうして電話しないのか、
連絡しないのか」と訊ねている。)
上記のように、当該表現が推量(supposition)、推定(inference/deduction)、想定
(assumption)等のモダリティを示す形式であり、存在表現の var(ある)が文法化によ って認識的モダリティの用法を持つに至っていることが分かる。即ち、話し手が出来事 の痕跡を目撃し、それについて推定を行う場合や出来事の視覚に基づく推量・憶測をす る場合に用いられる形式である。形態的な特徴や用法を詳しく後の章で記述する。