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第 2 章 共通トルコ語のテンス・アスペクト・モダリティ

2.4 モダリティ

2.4.2 トルコ語のモダリティ

2.4.2.3 証拠的モダリティ

証拠的モダリティは表現手段が形態論的なもののみであり、基本的に定過去の-DI と 不定過去の-mIş/-(y)mIş の二つのマーカーを持つ。証拠的モダリティはエヴィデンシャリ ティとしても知られており、トルコ語の中でも非常に重要な表現手段の一つである。

エ ヴ ィ デ ン シ ャ リ テ ィ と は 情 報 の 源 を 表 す 言 語 カ テ ゴ リ ー で あ る (Aikhenvald

2004:3)。 エヴィデンシャリティのタイプは伝聞、推定、目撃か非目撃か、直接的か間

接的かなどのように様々な知覚によるものがある。また、エヴィデンシャリティを明示 するその証拠(エヴィデンス)が視覚、聴覚、嗅覚、味覚などによる場合もある。

前述した-DI はテンスとしては過去を表し、同時に話し手の体験や目撃によることも 表す。その意味で命題的モダリティの一つとして取り扱われ、話し手の直接体験という 認識の仕方と結び付いている。そのため証拠的モダリティの中で感覚的モダリティを表 示すると言える。また、-mIş 接辞はテンス・アスペクトとしては出来事の完了を表し、

過去の意味を含むが、この接辞は過去に起こった出来事を何らかの方法で間接的に入手 し、それを伝達するか、推論するかというエヴィデンシャリティの意味が中心になる。

それゆえ、テンスやアスペクトの意味とは大きく異なるが、その特徴からも全く切り離 されることがない。コピュラマーカーのimiş/-(y)mIşだけはテンスとアスペクトの意味を 表さず、モダリティのみを明示する(cf.Uzun 1998, Kerimoğlu 2011, 林2013など)。この ようにトルコ語のエヴィデンシャリティは証拠を暗示する間接的な標識を中心にしてい るため、間接性(indirectivity13)とも呼ばれる。

63) Adam at-tan düş-tü.

男 馬-ABL 落ちる-PST/EV

(男は馬から落ちた(私は見た))

64) Adam at-tan düş-müş.

男 馬-ABL落ちる-PF/EV

解釈1)男は馬から落ちたらしい。(推定)

解釈2)男は馬から落ちたそうだ。(Reported 伝聞)

解釈3)男は馬から落ちた!(Mirativity)

以下の例65は伝聞で明示される間接的なエヴィデンシャリティを表すものである。

13 Johanson(2000/2003)では、このようなエヴィデンシャリティのカテゴリーを間接性(Indirectivity)

と し て 示 し て い る 。 な ぜ な ら 、-mIş が 話 し 手 に よ る 出 来 事 の 認 識 ( 確 認 ) の 仕 方 で あ る 知 覚

Perception)という要素も表しているため、エヴィデンシャリティより間接性(indirectivity)といっ

た現象のもとで考察するのが妥当とされるためである(Johanson 2003:274)。

65) a. Bahçe-ye bir meşe ağaç-ı dik-ti-m.

庭- DAT 一つ オーク 木-ACC 植える-PST-1SG

(庭に一本のオークの木を植えた。)

b. Ali bahçe-si-ne bir meşe ağaç-ı dik-miş.

アリ 庭-3SG.POSS-DAT 一つ オーク 木-3SG.POSS 植える-EV/PF

(アリは庭にオークの木を植えたらしい。)

c. Sen bir meşe ağaç-ı dik-miş-sin, ban-a göster-sene.

あなた 一本 オーク 木-ACC 植える-EV/PF-2SG 私-DAT見せる-IMP

(あなたはオークの木を植えたらしいね、私に見せてくれる?)

(Göksel and Kerslake 2005:356) コピュラマーカーの-(y)mIş/imiş は動詞語幹に膠着した他のテンス・アスペクトマーカー と共起し、名詞や形容詞などに付加される。伝聞、推定などのモダリティのみの解釈を 成す。

66) Ali çok yakışıklı-ymış. Ve bekar ol-abil-ir-miş. (伝聞)

アリ とても ハンサム-EV.COP そして 独身 なる- PSB-AOR-EV.COP

(アリはとてもハンサムだそうだ。そして独身だそうだ。)

さらに、ある出来事を実際のことのように仮定するときにもエヴィデンシャリティが 表示される。例67は子供のままごとで、役を決める場面である。

67) Şimdi sen doktor-muş-sun, ben de hemşire-ymiş-im.

今 あなた 医者-EV.COP-2SG 私 も 看護婦-EV.COP-1SG

(今、あなたはお医者さん、私は看護婦さんとするね。 )

また、明らかな痕跡に基づいて推定するときも同じ形式でエヴィデンシャリティを表 す。例えば、まだ本人と会ってないのに、靴が玄関にあるのを見て、Murat が家に来た と推定する。家に来たかどうかについて話し手には知識がないが、靴の存在だけに基づ いて例68を発言する。

68) Murat gel-miş.

ムラット 来る-EV/PF

(ムラットが来たようだ)

エヴィデンシャリティは一人称主語の場合には表現できない(Aikhenvald 2004:8)。

しかし、トルコ語では一人称主語でもエヴィデンシャリティの表現が可能である。以下 では話し手が気づかないうちに行った行為に対して、無意識にやってしまったというこ とを表す。特に話し手自身が気づかないうちに自分がやってしまったことについて話す 時、一人称主語でもエヴィデンシャリティを示すことができる。即ち、話し手が気づか ないうちに行った行為に責任を持ちたくないと思っており、無意識的にやってしまった ということを表したい時に一人称主語でもエヴィデンシャリティの表現が可能である。

69 と 70 は自分が気づかないうちにやってしまったということを、気づいた瞬間に発言 するものであり、71 は無意識的にやってしまったため、責任を持たないということを表 現している。

69) Kitab-ın-ı yanlışlıkla boya-mış-ım.

本-2SG.POSS-ACC 間違って 色を塗る-PF/EV-1SG

(あなたの本に間違って色を塗ったみたい。)

70) El-im-i yak-mış-ım.

手-1SG.POSS-ACC 火傷する-EV/PF-1SG

((私は)火傷してしまったらしい)

71) Uyu-muş-um.

寝る-EV/PF-1SG

((私は)寝てしまったみたい)

さらに、話し手自身がどこかから自分についての話を聞き、自分についてのその情報 を全く信じていないような場合、一人称主語でもエヴィデンシャリティを表すことがで きる。

72) Güya, ben herkes-le kavga-lı-ymış-ım. Hep yalan söylü-yor-muş-um.

まるで 私 みんな-COM けんか-ADJ-EV.COP-1SG いつも 嘘 言う-PROG-EV.COP-1SG (まるで、私はみんなとけんかしているみたいだ。いつも嘘を付いているみたいだ)

また、視覚以外の感覚からもエヴィンシャリティを明示する。

73) Birisi balık pişir-miş. (匂いを感じてから発言する)<嗅覚>

誰か 魚 焼く-PF/EV

(誰か魚を焼いたらしい)

また、エヴィデンシャリティは疑問文でも明示されることがある。それは聞き手が出 来事に関して持っている情報を尋ねる場合の質問である。

74) Ata Bey’-in keyf-i nasıl-mış? Yoksa hala kız-gın-mış mı?

アタ さん-GEN 機嫌-3SG.POSS どう-EV.COP もしかして まだ 怒る-ADJ-EV.COP Q (アタさんの機嫌はどうだろう。もしかしてまだ怒っているの。)

以上、共通語の証拠的モダリティには上記に示したように直接経験したものを指す-DI と間接的に入手した情報の伝達や明らかな根拠を元にした推定を表す-mIş/-(y)mIş の二つ がある。

2.4.2.3.1 意外性(ミラティヴィティ/Mirativity

間接的エヴィデンシャリティが更に文法化を進めて<話し手の意外性(驚き)>を表 すようになる(工藤 2006:110)。この現象はトルコ語にも見られ、-mIş/-(y)mIşによって 表示される(cf.Benzer 2012, Göksel and Kerslake 2005)。

例えば例 75 では誰かがドアを開けたのを聞いて、玄関に出てみると、来ないと思って いた Ali が来ており、このことでびっくりする、あるいは喜ぶというような感情的な反 応を示している。

75) Aa, Ali gel-miş.

あら アリ 来る-PF/MIR(あら、アリが来たんだね)

例76では長い間会っていない友人と偶然出会った時に驚きも含めた感情的な表現をし ている。

76) Kim-ler var-mış bura-da. Bu ne güzel sürpriz.

誰-PL いる-MIR ここ-LOC これ 何 奇麗 サプライズ (ここにだれがいると思う。これは何て素敵なサプライズだろう。)

ミラティヴィティを明示する表現は意外なことや期待していなかったことを表すもの が多い。以下の例文もそれに相当する。

77) (冷蔵庫を開けて、中を見て)

Aa, yiyecek hiçbir şey yok-muş.

あ 食べ物 何も もの 無い-MIR

(ああ、食べものが何も無い) (Göksel and Kerslake 2005:358)