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全体的考察

ドキュメント内 問   題 (ページ 32-36)

本研究では,従来の研究では交絡していた要因(因果 の性質,課題手法)を統制した上で,幼児期の反事実的 推論の発達やその推論に因果関係の領域が及ぼす影響を 検討した。本研究の結果から,3歳児でもある程度の反 事実的推論能力を持ち,その能力はその後の4−5歳に かけてより向上することが示された。交絡要因を統制し たことを踏まえると,本研究で示された反事実的推論の 発達的変化は,これまでの研究知見の相違を部分的に統 一する結果を示しているといえよう。この結果はまた,

反事実的推論だけでなく, 現実や経験を超えて思考す る能力 の発達の一部を明らかにしたと考えられる。た とえば,心の理論課題の遂行は,3歳児より4歳児で一 貫して良い(e.g., Wellman, Cross, & Watson, 2001)。こ の心の理論課題では自分が知っている現実を超えて,目 に見えない他者の心的状態(信念)について思考しなけ ればならない。また,3歳児はどのような状況であって も自分の経験に反するルール(例:外に行く⇒靴を脱ぐ)

に基づいた推論に困難さを示すが,5歳児はふりの設定

(例:課題前に「これから不思議な星にいるふりをします」

と教示する)の下であれば,そのような自分の経験に反 するルールでの推論も可能となる(e.g., 中道,2006)。

これらの研究は,現実や経験を超えて思考する能力が4 歳前後に変化することを示している。本研究の結果は,

広い意味での 現実や経験を超えて思考する能力 の発 達に関する新たな知見を提供したといえよう。

また,幼児の反事実的推論の遂行は因果関係の領域 によって変化することが示された。本研究や先行研究

(German & Nichols, 2003; Guajard & Turley-Ames, 2004;

Müller et al., 2007; Perner et al., 2004; Riggs et al., 1998) の結果を踏まえると,幼児は心理的・生物的領域に比べ て,物理的領域の因果関係に関する反事実的推論に困難 さを持つようである。さらに実験2の結果から,この困 難さは本研究の課題での因果の必然性の違いに起因する のではないことが示された。これらの結果は,反事実的 推論能力が対象となる因果関係の領域と関連する制約的

な原理の影響を受けるという可能性を示している。たと えば湯沢(1997)は,4−6歳児の生物的領域における因 果推論(例:ゾウはどうして鼻が長いか?)では人為不 介入の原理(例:生物は人が作ったのではない)が制約 として働いていることを示している。近年の発達心理学 において,無数にある仮説や解釈を限定するような制約 は,発見や学習といった様々な認知活動を促進する要因 として捉えられている(e.g., 波多野・稲垣,1997)。し かしながら,ある場合には促進的に働く制約が,それ以 外の場合に抑制的に働くことは十分に考えられる。今後 の研究では,様々な制約が反事実的推論に促進的・抑制 的に働きうる可能性を考慮していく必要があるだろう。

ここで,本研究の限界に触れておく。本研究は,反事 実的推論における因果の領域の影響を検討するため,因 果の結果(肯定的・否定的)を統制して実験を行った。

しかしながら,実験1の探索的な分析の結果から,因 果の領域と因果の結果は相互に関連しながら,幼児の反 事実的推論に影響を及ぼしている可能性が示唆されてい る。また,本研究では因果の結果の要因を統制するため に,原因事象によって初期状態から結果状態への変化が 生じる物語(Aパターン)と変化が生じない物語(Bパ ターン)をカウンターバランスして,実験を行った。実 験2の結果から,因果の必然性という点に関しては,こ れらの物語は同質であることが示されている。しかしな がら,この変化が生じる物語と生じない物語の違いが反 事実的推論の発達に何らかの影響を及ぼしている可能性 がある。さらに,変化が生じない物語の中でも,何らか の出来事があるが結果状態が変化しない場合と,特に出 来事がなくて結果状態が変化しない場合があり,この違 いが反事実的推論の遂行に影響している可能性もある。

今後は,これらの要因を考慮した上で研究を進めていく 必要があろう。

今後の研究の別の展開としては,まず各領域における 反事実的推論の詳細な検討が挙げられる。素朴理論の研 究では感情・欲求の理解より信念・意図の理解が遅く発 達することが示されている(e.g., 落合,2000;Wellman, 1990)。また,稲垣・波多野(2005)は「所与の下位領 域内の反応の一貫性は非常に高い。しかし,一つの領域 や理論に含まれる複数の下位領域間の反応の一貫性は高 いとは限らない」(p.232)と主張している。つまり,各 領域の中でも反事実的推論が容易な内容と困難な内容が ある可能性がある。たとえば,心理的領域に関して,本 研究ではGerman & Nichols(2003)に基づいて,感情 のみを扱ったが,欲求・意図・信念といった要素でも同 様の結果が得られるのかを検討していく必要があるだろ う。また,Müller et al.(2007)やBeck et al.(2009)で は反事実的推論にワーキングメモリや抑制制御が関与し ていることが示されているが,ワーキングメモリ等の全

般的な反事実的推論の発達と関わる要因と因果関係の知 識がどのように交互作用するのかも検討していく必要が あるだろう。

文   献

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付記

論文作成にあたり,有益なご助言を下さいました中澤 潤教授(千葉大学)に深く感謝いたします。また,実験 にご協力いただいた保育所の幼児の皆さん,先生方に心 よりお礼を申し上げます。

資料 実験で用いた因果関係

初期状態 原因事象 結果状態

物理的

(1)机の上にガラスのコップ がありました。

A コップが机から落ちました。 コップは割れてしまいました。

B コップはずっと机の上にありました。 コップは割れませんでした。

(2)庭にからっぽのバケツが ありました。

A 外で雨が降りました。 バケツに水がたまりました。

B 外はずっと晴れていました。 バケツはずっとからのままでした。

(3)赤いボールと青いボール がありました。

A 赤いボールが転がって,

青いボールにぶつかりました。 青いボールが転がりました。

B 赤いボールが転がりましたが,

青いボールにぶつかりませんでした。 青いボールは止まったままでした。

(4)公園の机の上に紙が ありました。

A とても強い風が吹きました。 紙は木の上に飛んでいきました。

B 風も吹かないで,ずっと静かなままでした。 紙はずっと机の上にありました

心理的

(5)太郎君は花を見ていて 嬉しい気持ちでした。

A そこに犬が来て,花をふんでしまいました。 太郎君は悲しい気持ちになりました。

B そこに犬が来て,一緒に花を見ました。 太郎君は嬉しい気持ちのままでした。

(6)次郎君は風船を貰って 嬉しい気持ちでした。

A 風船を持って出かけると,

風船が割れてしまいました。 次郎君は悲しい気持ちになりました。

B 風船を持って出かけると,

風船はずっとフワフワ浮いていました。 次郎君は嬉しい気持ちのままでした。

(7)けい君はおもちゃが無く なり悲しい気持ちでした。

A けい君はおもちゃを探して,

おもちゃを見つけました。 けい君は嬉しい気持ちになりました。

B けい君はおもちゃを探しましたが,

おもちゃは見つかりませんでした。 けい君は悲しい気持ちのままでした。

(8)ゆうと君は絵本の字が よめず困っています。

A お母さんが来て,

ゆうと君に字を教えてくれました。 ゆうと君は嬉しい気持ちになりました。

B お母さんはご飯を作っていて,

ゆうと君に字を教えてくれませんでした。 ゆうと君は困ったままでした。

生物的

(9)じん君はとても元気です。 A じん君は風邪を引いているお友達と遊びました。 じん君は風邪を引いてしまいました。

B じん君は元気なお友達と遊びました。 じん君は元気なままでした。

(10)とも君は走っていました。

A とも君は石を踏んで,転んでしまいました。 とも君はケガをして,

足から血が出てしまいました。

B とも君は石を踏みましたが,転びませんでした。 とも君はケガもせず,

足から血も出ませんでした。

(11)庭に花の種を植えました。 A 外で雨が降りました。 花が咲きました。

B 外はずっと晴れていました。 花は咲きませんでした。

(12)ニワトリがタマゴを 産みました。

A ニワトリはタマゴをあたためました。 ヒヨコが生まれました。

B ニワトリはタマゴをあたためませんでした。 ヒヨコは生まれませんでした。

ドキュメント内 問   題 (ページ 32-36)