第2章 ドイツにおけるイエナ・プラン 第1節イエナ・プランとP.ぺ一夕ーゼン
第4節 保護者の位置付け
学校共同体(ゲマインシャフト)を目指したイエナ・プランの組織における 特徴の1つに、子ども・教員・保護者の3者からなる学校自治がある。これは つまり、既存の権力による管理ではなく、子ども・教員・保護者の3者が協力
し自主的に管理するという新しい学校形態の展開を意味するものである。ぺ一 夕ーゼンがイエナ・プラン学校に求めた<自由で一般的な民衆学校>は、この 考え方に負うところが大きい(註1)。
そこで、イエナ・プランにおける保護者の位置付けはどのようなものであっ たのだろうか、ということについて以下に説明する。
第1節でも示したように、イエナ・プランでは学校が真に人間の学校となる よう、ヨハン・ハインリッヒ・ペスタロッチ(Joham Heinrich Pesta1ozzi)
以来の伝統を持つ<家族学校>が強調されている(註2)。ぺ』ターゼンにとって 学校は家庭教育を補充、発展させ、より密接に文化生活全体と結合する組織で あった。よって、イエナ・プランでは<保護者の教育権(以下、両親権)>が 最大限に尊重され、学校は常に保護者に開かれ、保護者は子どもと教師の共働 者として授業を始めとする全ての行事に参加することができた。また教室は居 間として機能することが求められた(註3)。
ぺ一夕ーゼンは、イエナ・プランにおける保護者の位置付けに関して以下の ように述べている。
「父母団は、呼びかけられた時にはどんな場合でも、児童に相応した最良の教 育や人間陶冶の点からそのような理念を援助するために作業を行い、負担を背 負い、犠牲を払う一あれこれの児童ないしは児童集団のために一ことを拒んで はこなかった。このように私が父母団に言える時、その時から真の学校共同体 の始まりが感じられるのである。」(註4)
「教師と父母が共働し、学校と家庭は一致協力し、そして最良の提携がなされ、
それに守られて一般に学校はうまくゆくことができる、つまり学校共同体とな
ることができるのだ。」(謹5)
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このようにぺ一夕ーゼンは、学校が共同体(ゲマインシャフト)となり家族 学校であるためには、保護者が学校のあらゆる活動に参加し〈共働者>となる
ことが不可欠であると指摘している。
こうしたイエナ・プランにおける<両親権>の反映は、1920年のハンブルク の「リピトフルク・シュ㎞レ」(註6)でのべ一夕ーゼンの経験が基になっている と考えられる。
ハンブルクのリピトフルク・シューレは、他の実験学校と同じく、教師と子 どもと保護者の3者が共働し、それぞれが当事者意識を持ちながら学校のあり 方を模索していく学校共同体の思想が根底にあった。リピトフルク・シューレ は校区を設定せず、ハンブルク全体から子どもを受け入れるなかで、こうした 実験学校に子どもを通わせようとする保護者は、学校にとって大切な支持者で あると同時に、教育理念を共有する存在でもあった。こうした理由もあり、学 校は保護者との共通理解を深めるべく、クラスでの保護者会や家庭訪間、授業 参観などが多く設けられた。またこの時代の背景には、子どもの教育を保護者 の自然の権利として国家的に認めた、ワーイマール憲法の規定とその精神があ
ったことも忘れてはならない(註7)。
このようにリピトフルク・シューレでの経験もありぺ一夕ーゼンは、イエナ・
プランにおける<両親権>を認め、それを学校共同体(ゲマインシャフト)を 構成するための重要な要素とした。しかし上にも述べたように、保護者は、学 校の<共働者>となることが求められているのであり、保護者の意見が学校の 取り決めにおいて、絶対に優位するというわけではない。それは、「保護者の関 心事は多岐に渡り、それは教育問題に限定されたものばかりではない。現状に 合わない内容の議論は、職業的に修業を積んだ教師によって修正される必要が ある。教師と保護者の密な連携・議論はすべて子どもの教育のためである」(註8)
と、ぺ一夕ーゼンが述べていることからも読み取ることができる。
註
(1)三枝孝弘 「イエナ・プランの研究一ドイツにおける学校の共同体自主 管理にかんする思想および運動の序論的考察一」
『岡山大学教育学部研究収録』 第18号 1964年 P.2
(2)近代教育に最も深い影響を与えた人物の1人であるペスタロッチは、健 全な家庭生活こそ、あらゆる真の文化の永遠にして唯一の基礎であるこ とを強調し、保護者(両親)の持つ教育的機能を重視している。これら は、「両親権」の優位の主張に繋がる思想であるといえる(三枝孝弘 「イ ユナ・プランの研究一ドイツにおける学校の共同体自主管理にカ)んずる 思想および運動の序論的考察一」 『岡山大学教育学部研究収録』 第 18号1964年P.5)。
(3)伊藤暢彦 rイエナ・プランにおける教育学的リアリズム」
『京都大学教育学部紀要』 第38号 1991年 P.327
(4)ぺ一夕ーゼン(三枝孝弘:訳) 『学校と授業の変革一小イ干ナ・プラ ソー明治図書工984年P.10ユ
(5)同上 P.145
(6)rリピトフルク・シューレ」に関しては第2章の第1節を参照
(7)・小林万里子 「ハンブルク学校改革運動における学校共同体の様相一ぺ 一夕ーゼン校長時代のリピトヴアルク校を中心に一
『福岡教育大学紀要』 第55号 2006年 P,44
・三枝孝弘 「イエナ・プランの研究一ドイツにおける学校の共同体自主 管理にかんする思想および運動の序論的考察一
『岡山大学教育学部研究収録』 第18号 1964年 P.4
(8)・小林万里子 「ハンブルク学校改革運動における学校共同体の様相一ぺ 一夕ーゼン校長時代のリピトヴアルク校を中心に一」
『福岡教育大学紀要』 第55号 2006年 P.44
・ぺ一夕ーゼン(三枝孝弘:訳) 『学校と授業の変革一小イエナ・プラ ソー 明治図書1984年P.95
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