第2章 全体の位置づけ-なぜ交通政策を研究するのか
第 9 節 最適な交通手段を目指して
10.2. 利用者重視の交通事業者の創意工夫
以下では第2章10.1の問題意識に立ち、利用者のニーズを考慮し、情報通信技術やソフ ト的な施策を行うことで交通サービスの利用拡大につなげている事業者の事例を紹介する。
(航空の例)
例えば航空においてはイールドマネジメント(旅客キロあたり収益の最大化をめざす経 営手法)によってピーク時には高く、閑散期には安く、予約時期が早ければ安く、遅ければ 高く設定されるようになっている。藤井(2013)によると、全日空(ANA)で利用しているプ
ロス(PROS)というレベニュー・マネジメント・システムでは、「ダイヤ情報、過去便の予約
結果、将来便の予約状況、予約クラスごとの運賃、また市場の変動を勘案して、路線別のア ナリストが導き出した情報をPROSにインプットする。すると、需要予測、統計処理、座 席配分の最適化、発売総数の最適化が自動で行われる。」とのことである(藤井(2013):37)。 こうしたシステムの構築によって一律の価格であったときよりも、様々な選好を持つ利用 者の需要が取り込めるようになり、需要拡大、収益拡大に貢献している。
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(新幹線の例)
新幹線の指定席特急券販売においては、窓口で購入すると正規料金となっているが、事 前・会員カード決済であれば割引が適用される。また、指定席にこだわらなければ宿泊との 旅行パックにすることで十分に安い価格にすることができる。新幹線の指定席特急券販売 においても航空のようなイールドマネジメントが行われていると考えることができる。
(鉄道の例)
価格弾力性の大きい観光鉄道においては、鉄道事業者において様々な営業の工夫が行わ れている。観光鉄道としてはまず、一回の利用が百万円にもせまることで話題性をさらった JR九州が提供するクルーズトレイン「ななつ星in九州」が想起される。また、東北エリア の被災地支援と食のコラボレーションを行うJR東日本が提供する「TOHOKU EMOTION」 もある。地域活性化の起爆剤となることをねらって肥薩おれんじ鉄道が提供する「おれんじ 食堂」もある。特に地方鉄道は、沿線産業の空洞化、少子化に伴う沿線人口の減少、モータ リゼーションの進展によって鉄道利用者数の減少に直面している。そこで観光列車を運行 させることによって地域活性化をはかるとともに、収入拡大への取り組みを行っている。主 たる目的が他にあってそれを達成するために鉄道インフラを単に移動することだけに利用 する(派生需要)のではなく、食や丁寧な接客サービスといったソフト的付加価値をつける ことによって、乗ること自体を楽しむ(本源的需要)ことに成功しているのである。
(バス事業の例)
イーグルバス株式会社というバス会社では、供給側データであるバスデータに着目し、バ スが何分遅れているか、停留所で何人乗降し、何人乗車中であるか、という情報を収集・分 析し、バス事業の「見える化」を行い、効率的な運用へとつなげていることが、谷島・坂本
(2014)によって紹介されている。例えばバス遅延時間についての運行の「見える化」におい
ては、計画ダイヤと実ダイヤの差異を表示させている。また、問題点抽出システムを開発し、
設定条件に応じた問題点(乗車人員、到着遅れの時間等)を明らかにしている。こうした事 業の見える化によって、業務の効率化、確実性の増加に貢献したのみならず、運行遅延解消 と鉄道駅での接続改善という品質改善まで行われている。
(高速バス事業から鉄道事業へ参入した事例)
高速バス事業から鉄道事業へ参入した事例を紹介する 28。WILLER ALLIANCE株式会
28 ここでの記述はヒアリングと以下の資料に基づくものである。
ヒアリング:WILLER TRAINS株式会社取締役管理本部長 布野剛氏。管理部総務人事 課 丸山桂氏。
資料:京都丹後鉄道・WILLER TRAINS(2016)「WILLER TRAINS会社概要」.
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社29の子会社であるWILLER EXPRESS JAPAN株式会社が高速路線バス事業を行ってい
た。WILLER ALLIANCE株式会社は2014年7月にWILLER TRAINS 株式会社を設立
した。この会社が2016年4月1日から京都丹後鉄道の第二種鉄道事業者として、鉄道事業 の運行を行っている(第一種鉄道事業者であった北近畿タンゴ鉄道は、2016年以降、上下 分離によって第三種鉄道事業者となった)。これまで、鉄道事業者からバス事業を行う事例 は数多くあったが、バス事業者から鉄道事業を行うのは初めてのことである。交通モードご とに分けて考えるのではなく、WILLER ALLIANCE 株式会社の企業理念である「世界中 の人の移動に、バリューイノベーションを起こす」という発想に立てば、様々な交通事業の 運 営 を 行 っ て い く こ と は 、 ご く 自 然 の 流 れ と も 言 え る ( 京 都 丹 後 鉄 道 ・WILLER TRAINS(2016))。
鉄道の利用者にとっても、その鉄道の運営主体が、もとはバス事業が主体であったことな どは、気にすることではない。重要なのは、快適で便利に鉄道事業を提供できる主体が運行 を担うことである。
WILLER TRAINS社は、京都丹後鉄道の事業を通じて交通のネットワーク化、すなわち、
鉄道を基軸として、沿線地域全体を網羅する公共交通の構築を目指している(京都丹後鉄
道・WILLER TRAINS(2016)。それは、主要駅から移動距離に応じた最適な交通を選択で
きるようにする、というものである。モードとしては、レンタサイクル、小型モビリティ30、 タクシー、カーシェアリング、レンタバイク、路線バスなどを想定しており、それらを利便 性が高まるように組み合わせて提供することを検討している。また、それとともに、ICTを 活用した利便性の高いサービス提供として、乗降および乗継の利便性向上、利用者を会員化 しコミュニケーション促進を図る、マーケティングデータを活用した商品開発を行うこと を目指している。この商品開発には企画乗車券など交通に関連するもの以外に、教育の場の 創造など新しい事業が検討されている。
(タクシー類似サービスの例)
スマホアプリを活用したタクシー類似サービスも登場している(松野(2014c))。これは利 用者の呼び出しに応じて配車をするプラットフォームで、Uber社、Hailo社、Zimride社、
Lyft 社など様々な事業者において世界中で行われている 31。経路探索システムにより、標 準的なルート設定のもとで料金が決まる仕組みとなっており、納得感のある価格設定や利 便性が利用者拡大に貢献している。ただし、料金は需給によって設定される(ダイナミック プライシング)サービスもあり、暴利行為と批判する声もある。基本的に運転手・乗客双方 で評価し合う。運転手・乗客が評価に応じて双方で選択するため、質が確保されている。海
29 WILLER ALLIANCE株式会社は2017年3月にWILLER株式会社へ社名変更した。
30 ヒアリングにおいては、「自動運転などの最新技術を取り込んだ新しい交通機関」との 回答。
31 このうち日本で営業しているのは、Uber社とHailo社であり、道路運送法におけるタ クシー事業ではなく、手配旅行を主催する旅行業としての扱いで登録がなされている。
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外で利用が急拡大しているタクシー類似サービスは、国内では過疎地限定となっている(第 6章第2節において記述)。