第2章 全体の位置づけ-なぜ交通政策を研究するのか
第 8 節 経済学的な手法による交通サービスへのアプローチ
8.1. 公共財としての交通サービス
交通サービスは公共財として供給されることが多い。まずは公共財の定義についてみて いく。
8.1.1. 公共財とは
公共財とは、消費の非排除性と非競合性によって規定される。それ以外は私的財として供 給を行うことが可能となる。ひとたびその財が公共財として供給されれば、全ての人がその 財を等しく消費することができ(非競合性)、その財の消費を排除することができない(非 排除性)。
22 例えば1989年に参入規制と価格規制の両方を緩和したNZにおいては、運輸安全局が 運送資格と免許の監査を行い、タクシー事業の質の確保を保ちつつ、運転手・乗客双方の 安全確保のため2011年8月1日より都市部では社内安全カメラの搭載と24時間対応の緊 急警報・対応システム(双方向通信可能で安全配備が可能)の設置が義務付けられた(松 野(2013a))。
23 例えば1990年に参入規制と価格規制の両方を緩和したスウェーデンについての状況は
青木(1995)に詳細にまとめられている。青木(1995)によると、スウェーデンにおいては、
規制緩和のデメリットとして交通弱者対策が想起されていた。もともと、規制緩和以前か ら交通弱者の利用に際して社会保障の一部として地方自治体がサービスを購入し、彼らに 代わって料金を払う形態が採用されていた。そこで規制緩和後においては、このサービス に対応できる会社は、制度の受け入れに伴う自治体との交渉を担う配車センターを通じて 対応することとなるため、この配車センターへの加入が悪質な運転手(事業者)を排除で き、質の確保に際してのシグナルとしての役割を果たしていることが示されている(青木 (1995))。
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黒川(1987)は、一杯のバケツの水や家庭用消火器の事例を出し、それらを交渉によって安
定的に供給できる制度を獲得していく過程について説明している。「費用逓減、外部性、
transaction-cost、free-rider問題等は、公共財に関して生じているのではない。公共財との
関連ではなくて、集合財との関連であり、より厳密には集合的行動(collective-action)と 関連するのである(黒川(1987):35)。」
個人の行動が、私的集合的行動に、そこから公的集合的行動に移っていく際にルール化が 非常に重要な役割を果たすことを示している(黒川(1987):36-38)。そして、「既に述べたよ うに、これまで公共財の理論として語られた議論は、ここで示すように集合財について語ら れたものと考えることが便利である。そこで、シュタイナーの定義が生きてくるのである。
すなわち、「公共的に提供された集合財は公共財である」というものである。(黒川(1987):38)」 とまとめている。こうしてみていくと、公共財を定義づけることは非常に困難であるし、公 共的集合的行動に移されなければならない理由について考えていくことが必要となってく る。
私的行動から公共的行動へ移る場合の動機として、黒川は、自発的な交渉による財、サー ビスの供給に失敗する場合を挙げている。すなわち、「自発的交渉が成立するには困難なほ ど、不確実な要因が大きい場合24」であるとしている。
通常、公共的供給の要因として教科書的に思いつくものとして、独占、規模の経済、不確 実性と情報の非対称性、外部効果、公共財、所有権の不確定を挙げてしまう。しかし、そう した要因が本当に公共的供給の要因となるのかについて、厳しく問うていく必要性がある ことが分かる。
堀(2002)は交通施設の利用可能性について述べた論文において、「交通サービスは自然通 路と利用可能性を除けばいずれも私的財に分類される」と述べている(堀(2002):34)。また、
非排除性と非競合性の程度をもとに財・サービスの分類を行いつつ、「公共財や私的財の位 置づけは、記述的・実証的概念として捉えられるものであって、規範的な意味合いは含まれ ない」とも述べている(堀(2002):36)。実際、第2章第7節でみてきたように、多くの交通 サービスは公的セクターから民間セクターによる管理・運営にシフトしてきている。公共的 供給の必要性が減ってきていることがその理由であると考えられる。
公共財の定義は困難であるが、中条(1992)によってその定義と、その中で利用可能性を どのように位置づけているのかについてみていきたい。まず、「経済学の専門用語としての 公共財の定義として有用なのは、社会欲求財と価値欲求財の2つである」と記している(中
24 黒川は「具体的には、民主制を歪める力の行使がある場合、交渉の規模が大きくなりす ぎた場合、個々の主体にとって、長期的なヴィジョンでの利益が見通せない場合、初期の 投資が巨大すぎて、投資への自発的な同意が生じない場合、交渉相手に対して信頼がおけ ない場合、自分自身で消費する確率が極めて低いが、消費する場合には多大な負担となる 財(PIP(probabilistic individual preferencesの略である(筆者注))財)の場合、目先の利益を 個人的に追っていく時、社会的に生じるアンバランスが引き起こす危険の回避(所得分配 の問題)等、数多くの場合を想定することができる」と述べている(黒川(1987):38-39)。
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条(1992):52)。社会欲求財(ソーシャル・ウォンツ)とは、マスグレイヴの定義を示しな がら、「特定の個人の消費を排除せずに、政府が人々の支払意思を推測し、最適供給量を推 定し、政府が費用を負担して社会の成員全部に一様に当該サービスを供給した方が効率的 である」財とし、外交・国防の例を挙げている(中条(1992):53-54)。
また、価値欲求財(価値財)(メリット・ウォンツ)については、「特定の人の消費を妨 げないで、支払意思を有さない人にも無料ないしは補助金によって供給することが『望まし い』財」とし、ワクチンの例を挙げている。そして、競合性が高い財を価値欲求財とし、競 合性の低い財を社会欲求財としている。
さらに交通施設のなかで社会欲求財的性格を有するものとして一般道路とローカル鉄道 を挙げている。一般道路については、料金徴収所によってそのアクセスをコントロールする ことが技術的には可能であるが、その費用は禁止的に高いと言及している。ローカル鉄道に ついては、「典型例は、ローカル鉄道がその地域のステータス・シンボルとしての便益を有 しているケースである。鉄道の実際の利用については排除は容易であるが、利用可能性や存 在便益は消費の競合性を有さないうえに、沿線住民のうちこのような便益に対して支払意 思を有しているものとそうでないものとを識別するのが通常は困難である。」(中条 (1992):55)と述べられている。この交通分野における利用可能性について以下でみていき たい。
8.1.2. 利用可能性とは
利用可能性について、「交通施設は実際の利用便益のほか、いつか利用する可能性、すな わち先物需要としての便益や施設の存在自体にも便益を有する」と定義している(堀 (2002):36))。
典型的には、地方鉄道がその地域におけるステータス・シンボルとしてその便益を有して いる場合がある。地方鉄道が存在することによって、地図に路線図が示され、バス路線網が 地図に表示されないことに比べて、その地域へのアクセスの容易性を示すことができる。こ うした利用可能性の内容については、第5章の鉄道をケーススタディとした分析において 検討する。
もっともこうした見方については、外部性があるからといって即、公的供給や費用負担を
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公的財源に求めることができるわけではないことが衛藤(1988) 25、中条(1992)26によって指 摘される。