第2章 生徒一人一人を大切にする学級経営
第2節 朝の会・帰りの会
このことから、肯定的評価は、生徒の自己価値感を育てる上で重要な意味を持っ ていることがわかる。また、自己価値感が育つ中で、社会受容が起こるというこ とは、生徒と学級集団の関係が望ましいものになるということであり、それは所 属感へもつながるものであろう。このように、肯定的評価は、その生徒だけに影 響するのではなく、個と集団の関係にも影響を与えるものなのである。それゆえ、
肯定的評価は、生徒一人一人を大切にするという意味で重要であるだけでなく、
学級経営において、望ましい学級集団をつくるという意味でも重要なのである。
一目のプログラムについてのいっそう詳しい示唆として、(a)から(h)まで7項目 が示されているが、朝の会・帰りの会については、(a)と(h)で次のように述べら れている。
(a) 児童が話し合う時間。健康の検査の時間。これは児童が各自の経験を話し合 つたり、前の学習の結果を反省し合ったり、またその日の計画を話し合ったり するような時間である。児童が一日の学習にはいって行くきっかけを作り、興 味を持って学習活動をするようにするためにきわめて大切である。
(h) 反省及び後かたずけの時間。一日の学習の最後に、その日の活動の状況を反 省したり、また、机やいすや学用品の後かたずけをする時間をおく必要がある。
また、この最後の時間に、教師は、児童が明るい楽しい気持ちで家に帰ること ができるように、児童を激励してやるようにしたいものである。
※尚、以上は小学校について書かれたものであるが、中学校においても、これ を参照する.ように記されている。
このように、朝の会・帰りの会は教育課程の中に明確に位置づけられている わけではないが、きわめて大切で、重要な時間として示されている。
昭和33年以降の学習指導要領の中では、朝の会・帰りの会については、全く 触れられていない。
(2)中学校指導書から
昭和33年の学習指導要領の改訂において、特別教育活動は、各教科、道徳、
学校行事とともに、中学校の教育課程を構成する一つの領域として確立された。
その特別教育活動の内容は、A生徒会活動、 Bクラブ活動、 C学級活動の三つ であるが、その中の学級活動について、その基本的な性格が、昭和35年に出さ れた特別教育活動指導書の中で述べられている。そこでは、朝の会・帰りの会 は学級活動の一部として、つまり特別教育活動の領域としてとらえられている。
その指導書では、学級活動は「学校の事務的な仕事を処理するための場とし て役立つものである」として、事務的な仕事(例えば、出欠点検、伝達、設備 の整備、各種の費用の徴収事務、父母への連絡など)は、 「いわば学級の雑務」
であるが、なくてはならないものであり、それらの仕事を価値ある教育活動と して活用するためには、 「学級活動の一部として、生徒の自発的自治的活動に よる協力を促すよう配慮することが望まれるJと述べられている。さらに、「主
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としてこれらの事務的な仕事を処理するために、毎日の授業のはじめまたは終 わりに、比較的短い学級活動の時間を準備するのが普通である。」と記されて いる。また、この指導書の別の箇所では、学級活動を「50分単位の時間」のも のと、 「比較的短い時間」のものに分類し、それらを「長時間の学級活動」、
「短時間の学級活動」と呼んでいる。この短時間の学級活動では、偶発的な問 題の処理や日常的経営的な活動(事務的な仕事の処理を含む)が行われるので、
年間を通じる指導計画を必要としないか、または、それを作成することが困難 であり、学級活動全体にわたる指導計画のうちで、基本的な指導方針を明らか にしておくという程度にとどめざるを得ないであろうと述べられている。
このように、朝の会・帰りの会は学級活動の一部としてとらえられてはいる ものの、その内容は出欠点検や伝達などの事務的な仕事が主である。また、生 徒の自発的自治的活動による協力を促すよう配慮する事によって、事務的な仕 事を学級活動に組み込んでいこうとしているが、これでは単なる教師の仕事の 下請けであり、真に生徒による自発的な活動とは言い難い。
昭和45年の指導書特別活動編では、朝の会・帰りの会について具体的に触れ られている。そこでは、 「これまでは、朝や帰りに短時間の学級活動として特 設の時間が考えられてVXたが、今後もこの時間は、そのまま短時間のものとし て、学級指導にも学級会活動にも使われることになろう。」と述べられており、
朝の会・帰りの会が特別活動の領域としてとらえられていることがわかる。ま た、短時間の学級の時間について、次のように述べられている。
短時間の学級の時間を有効に活用することは、学級や学校生活を円滑にする上 できわめて大切である。学級を単位とした指導として展開されるこの時間は、短 時間ではあるが、毎日継続されることから、年間にすればかなりの合計時間にな り、特別活動の内容の充実に重要な役割を果たしていると考えられる。この時間 の内容としては、朝夕のあいさつ、出欠の調査、健康状況の観察とそれらの記録、
一日の活動予定の連絡、諸注意、伝達、委員会や係りからの連絡:、提出物の収集、
関係印刷物の配布、集金、生活上の問題についての話し合いなど、学級会活動と 学級指導のいずれにもまたがる内容を持ち、学級生活上欠かせない内容である。
そこで、この時間の計画化をできるだけ図り、楽しい学校生活ができるような 環境を整備するとともに、日常の基本的な生活態度や生活の規律などを繰り返し
自覚させ、生徒の自己指導の力を育成する上に効果的な手だてを講ずることが望 まれる。
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このように、朝の会・帰りの会の内容は、学級会活動と学級指導の両方にま たがり、学級生活上欠かせないものとして示されており、この時間の計画化を 図ることや、生徒の自己指導の力を育成する上に効果的な手だてを講ずること が望まれることなど、朝の会・帰りの会における指導の重要性が強調されてい
る。
昭和53年の指導書特別活動編には、 「(学級会としての)諸活動をより充実 したものにするためには、朝や帰りの短時間の学級会と長時間の学級会との関 連を図り、十分な話し合いを行って、適切な活動の計画を立てて実践を展開す
るように指導する必要がある。」と記されているだけで、朝の会・帰りの会に ついての具体的な記述は見あたらない。また、平成元年の指導書においても、
朝の会・帰りの会についての特別な記述はなく、ただ、学級活動の「指導計画 作成上の配慮事項」の一つに、次のように示されているだけである。
ケ 朝の会・帰りの会などの時間との関連をはかること。
学級活動における活動は、教育課程内の時間割の中に位置づけられている学級 活動の時間以外の、例えば、朝の会や帰りの会などにおける活動と相まって行わ れることによって効果が高まることが多いと考えられる。したがって、これらの 時間との関連を十分に配慮して学級活動の指導計画を作成することが大切であ
る。
このように、現在においては、朝の会・帰りの会の位置づけや内容は不明確で あり、教育の現状を見ると、昭和33年の指導書が示すような内容を踏襲している だけのように見える。つまり出欠点検や伝達などの事務的な仕事に終始している のである。これでは、朝の会・帰りの会を有効に活用しているとはいえない。朝 の会・帰りの会を今一度見直し、その改善を図る必要がある。
2 朝の会・帰りの会の重要性
毎日実施される朝の会・帰りの会は、教科担任制の中学校において、生徒の継 続的な指導ができる唯一の場である。シュタイナーがいうように、子どもが日々 変化・成長する存在であるならば、そして、教師が真に子どもを大切にし、子ど
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もから学ぼうとする姿勢を持とうと思うならば、この朝の会・帰りの会こそ、重 視されるべきものであろう。
朝の会・帰りの会は、その両方を合わせても一日約20分程度のものではあるが、
毎日実施されることを考えれば、年間90時間近くになり、それゆえ、これは週1 時間実施される学級活動の時間の三倍近くにもなる。先にも述べたように、朝の 会・帰りの会は、単なる連絡だけに終わりやすいが、その時間を有効に活用する
ことができれば、相当な教育効果が期待できるのである。坂本7は、朝の会・帰り の会の研究・実践に全教師で取り組むことによって、学校の「荒れ」を克服した学 校があることを紹介し、朝の会・帰りの会にはそれだけの値うちと効果があると 主張している。そして、坂本は、朝の会・帰りの会が連絡だけで、子どもに任せ っきりになっていること、また教師が付いている場合でもそれが形式的に進めら れているだけの学校が多いことは、今日の中学校の重大な欠陥であると指摘して いる。では、この欠陥を改善するためにはどうすればよいのか。そのためには、
朝の会・帰りiC 会に対する教師の意識改革が、まず必要であろう。串橋8は、 「二 三(学級活動)の時間が主、短三三(朝の会・帰りの会)が従というのが通常の位置づ
けであるが、これは一種の固定観念である。」(括弧内筆者)と言い、このような 固定観念を打ち破らなければ、朝の会・帰りの会の充実は望めないと主張してい る。既に述べたように、特別活動の指導書等をみても、朝の会・帰りの会の教育 課程上の位置づけは不明確であり、朝の会・帰りの会は単に学級活動の補助的な
ものと捉えられているだけである。そのため教師もそのような意識が強く、朝の 会・帰りの会が軽視されているのである。このような教師の意識を打ち破るため
にも、継続的な指導の場としての朝の会・帰りの会の存在意義を十分に強調する 必要がある。継続的な指導の場としては、学級活動よりもむしろ朝の会・帰りの 会の方が有効であり、重視されるべきものなのである。