時々において、子どもも何かをわかりたい、何かができるようになりたいという 思いを持ち、自己を高めようとしているのであって、自己を生かしたい、誰かに 認められたい、所属感や満足感を持ちたいという思いを持ち、自己実現をしょう としているのである。このように、子どもの将来における臼己実現だけが承要な のではなく、現在における自己実現も重要なのであり、それをいかに援助してい
くかが日々の教育活動の課題なのである。
以上、教育の長期的な視点や日々の教育活動の課題ついて述べてきたが、これ らのことは、本研究が学級経営に焦点を絞っていたとはいえ、他の教科や道徳、
特別活動など、全教育活動においても同じように捉えることができるのであり、
また、そうする必要がる。なぜなら、既に述べたように、今の教育においては、
教育の長期的な視点を持つことがきわめて困難だからである。例えば、教科指導 を取り上げてみると、今の教育においては、教科指導の課題はその教科における 知識や技能を生徒に習得させることだけにある。もちろん、そのことも重要では あるが、それだけでは、生徒を教育の中心に据えているとは言えず、教育の長期 的な視点も持ち得ないのである。そこで、その教科を、生徒の成長や自己実現を
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援助するための一つの手段として捉え直すのである。つまり、その教科を教える
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のではなく、その教科で、あるいは、その教科によって生徒の成長や自己実現を 援助することを教科指導の課題と捉えるのである。このように捉えるならば、教 科指導においても、先の学級経営と同様、生徒を教育の中心に据えることができ、
教育の長期的な視点も見えてくる。すなわち、教科指導においても、日々の教育 活動の課題は生徒の成長や自己実現を援助することであり、生徒の小さな成長や 自己実現の積み重ねが、将来における生徒の自己実現へとつながっていくと捉え ることができるのである。シュタイナーも、教科の内容は手段であり、「知識その ものを伝えるのではなく、人間の能力を伸ばすために、知識を用いるということ が大切なのである。」2と主張している。
今後は、このような視点で、全教育活動の在り方を問い直し、日々の教育活動 の具体的な方法を探求していかなければならない。すなわち、生徒の将来におけ る自己実現を目指して、日々の教育活動で生徒のその時々における成長や自己実 現を援助していくためには、どうずればよいのか、その具体的な方法を探求して いかなければならない。それが、今後の実践における課題である。
(2)子ども一人一人を大切にすることに関して
第1章で述べたように、シュタイナーは徹底的に個人主義であった。しかし、
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それは、人間関係や社会を全く無視した自己中心的なものではなく、利己的なも のでもなかった。教育においても、彼は、子ども一人一人を問題にしており、個々 の子どもの存在自体を重視し、一人一人の子どもの成長・発達をいかに援助する かがシュタイナー教育の最重要課題であるとしていた。しかし、既述したように、
シュタイナーは、子ども同士の関係や子どもと社会との関係を無視して教育を考 えていたわけではなく、具体的な実践の中では、きわめて重視していたのである。
それゆえ、本研究では、生徒一人一人を大切にすることを、学級集団の中でその 生徒を生かすことと捉えたのであった。
子どもは、家族、遊び仲間、学校、地域など、様々な小集団に所属している。
学校の中だけで考えても、学級や学年集団、学級の中での係りや生活班、学習班 などの集団、さらには、クラブ活動や課外活動での異年齢集団など、子どもの所 属する集団は様々である。今後は、これらの集団の中で、いかにして個々の生徒 を生かしていくか、すなわち、各集団の中でいかにして生徒一人一人を大切にし ていくかも探求していく必要があろう。今後の課題としたい。
2 学級経営の視点から
(1)肯定的評価に関して
第2章では、意識・実態調査をもとにして、朝の会・帰りの会の特性を生かし、
それを有効に活用するためには、朝の会・帰りの会に肯定的評価を取り入れるこ とが最適であることを指摘した。また、第3章では、学級経営の実験について述 べたのであるが、そこでの学級経営とは「生徒一人一人を大切にする学級経営」で あり、具体的には、生徒一人一人の思いや願いを生かした学級目標をつくり、肯 定的評価を朝の会・帰りの会に取り入れて、学級目標と関連した肯定的評価を継 続的に実施していくというものであった。その実験の結果については既に述べた ように、学級の参加的雰囲気が良い状態に保たれ、学級目標がほ.ぽ達成できてお り、生徒同士が互いに認めあえる雰囲気ができていた。この結果から、「生徒一人 一人を大切にする学級経営」は、生徒個々人や学級集団に対して好ましい影響を与 えるものであり、それは一つの有効な学級経営の在り方であるといえる。また、
肯定的評価に限って言えば、生徒の良いところを見つけたり、生徒の意欲的な姿 勢や活動を評価し、認めることによって、生徒に所属感や存在感、満足感などを 味わわせることの大切さは以前から主張されてきた。その評価し、認めることの
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有効性をある程度検証できたことは、本研究の成果であろう。
ここで注意しておかなければならないことがある。それは、先の学級経営の実 験において、肯定的評価を学級目標と関連させたのであるが、そのことが、肯定 的評価の範囲を狭めるものではないということである。すなわち、学級目標に関 わることのみを評価し、認めていけばよいのであって、他の良い面を評価するこ とは不要である、といっているのではない。その逆である。既に第2章で述べた ように、教育の現状を見ると、肯定的評価が少ないのである。それゆえ、肯定的 評価を学級目標と関連させ、評価の視点を明確にすることによって、少しでも良 い評価を引きだそうとしたのである。肯定的評価のもつ意味を考えるならば、学 級目標に関係のないことでも、数多く評価し、認めていくべきであろう。
本研究において、肯定的評価の有効性を検証できたとはいえ、実験対象は第1 学年のみであり、今後他学年での実践・研究が必要である。特に、朝の会・帰り の会に肯定的評価を取り入れる.ことを実践し、さらに研究を深めていきたい。
(2)朝の会・帰りの会に関して
朝の会・帰りの会は、.学級活動の陰に隠れて、あまり注目されることがなく、
その研究もほとんどない 。このように、学級経営の場として、一般的にはあまり 注目されることのない朝の会・帰りの会を、本研究では取り上げた。その朝の会・
帰りの会が継続的な指導の場として重要であることやその有効な在り方を、本研 究において示すことができたことは、朝の会・帰りの会の意義を問い直す意味で 有意義であったと考える。
坂本3は、朝の会・帰りの会について、次のように述べている。
(朝の会・帰りの会の本質として)朝の会は、ひとことで言えば〈子どもにその 日のめあてを示し、やる気を起こさせるところ〉である。そして帰りの会は、<
その日の頑張りを励まし明日への希望をいだかせるところ〉である。……(そのた めに必要な中身は)朝の会で、前日の生活や活動の中にあった優れた事実を褒めて やること。そのうえで今同は何をめあてに頑張ればよいかを示してやることだ。
そして帰りの会では、子どもたち同士に頑張ったことを見つけ出させ、それをお 互いに評価し合わせることである。(括弧内筆者)
さらに、こうした中身のある朝の会・帰りの会を実施するには、子どもたちの活 動がなければならないとも述べている。つまり、評価の対象となる事実がなけれ
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ば、形式的な評価になってしまうというのである。本研究の学級経営の実験の中 での朝の会・帰りの会の内容は、坂本のいう朝の会・帰りの会のそれとほとんど 同じであうが、評価の対象となる事実を学級目標との関連で引き出そうとしてい るところが、工夫している点である。つまり、その日のめあてや評価を学級目標 と関連させ、そこに学級目標の達成という一つの方向を持たせることによって、
生徒の活動意欲を高め、生徒の活動を引き出すとともに、評価の視点を明確にし て、肯定的評価を引き出そうとしているのである。さらに言えば、このように毎 日のめあてや評価に一つの方向を持たせることは、毎旧実施されるという朝の 会・帰りの会の継続性をより有効に活用することができるのである。
いずれにしても、朝の会・帰りの会で評価する際に、その対象となる事実が重 要であることに変わりはない。今後は、生徒の学級、学年、あるいは全校での諸 活動.、例えば係活動や生徒会活動、行事への取り組みなどを、学級目標と関連さ せながら、いかに充実させていくかが重要な課題である。そして、それらを活性 化していくことが、朝の会・帰りの会をさらに充実させていくことにつながるの
である。
1『中学校指導書 特別活動編』文部省1989 p8
2R.Steiner著坂野雄二・落合幸子訳『教育術』みすず書房 1986 p2
3坂本光男編 岡本輝昭著 『朝の会・帰りの会のやりかた』 明治図書 1990 p88
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