第4章 結論と今後の課題
第2節 今後の課題
2003年3月に出されたr今後の特別支援教育の在り方について(最終報告)」では、今 までの特殊教育から特別支援教育への転換の必要性が求められている。つまり、特殊教育 の対象を、これまで心身に障害のある子どもの教育から、心身に障害が無くとも特別な教 育的二一ズがあれば特殊教育の対象にするという方向性が示された。これは、r障害のあ る人は別の場所で」という古い体質からの脱却を意味しており、インクルージョンの観点 からも歓迎されるものである。提言の中でも、学校内の特別支援教育体制の確立の必要性 や特別支援教育コーディネーター(仮称)や個別の教育支援計画(個別移行支援計画)の 重要性が述べられている。しかし、予算措置や中心的な役割を果たす機関などの具体的な 記述はなく、今まであった資源の有効活用が求められている。このことは、今後の課題と
言えよう。
さらに、個別移行支援計画の長期的な目標の一つに障害者の地域移行の成功がある。障 害者が地域で充足した生活を送るためには、社会資源や福祉政策を充実させる一方で、地 域社会の理解を高めることが必要であると言われている。ノーマライゼーションが叫ばれ て、障害者差別を無くそうという運動が高まりをみせていながら、地域に知的障害者施設 の建設予定が発表されると周辺住民から反対運動が上がることがある。無理解を責めるよ りも、さらなる実践と啓蒙を続けていく以外解決策はないと言われている。地域移行は、
そこに住む住民と交流がうまくいってこそ、その目的が有効に達成されたことになる。
今回の研究では、個別移行支援計画を取り上げながら、学校や関係機関からみた社会資 源や移行支援に関する施策にスポットを当てたもので、それだけでは不十分である。障害 者の移行が成功するためには、地域の住民自体が、お互いの問題として福祉課題に対処し、
公的なサービスやボランティア活動を通して、どう支え合っていくかというコミュニティ 自身の問題もあり、取り上げていかなければならない。
さらに、この研究で地域移行を支援するツールとして取り上げた「個別移行支援計画」
は、全国的にも始まったばかりで、実施している学校や関係機関も少ないことが分かる。
そのため、「実施している」と回答した学校、機関の数も少なく、さらに、「実施してい る」と答えても「今年から」という意見も多くあり、質問紙の各項目の信頼性からいうと 十分なものではない。しかし、個別移行支援計画を実施していなくても、連携やネットワ ークについて多くの貴重な意見が収集でき、興味深い資料となった。さらに、数年後、個 別移行支援計画が地域に浸透し、さまざまなケースが報告されるようになって、学校や関 係機関側の意見、さらには保護者・本人の考えを再度研究していくことは、さらに興味深
いと言える。
今回は、知的障害養護学校に在籍している生徒を対象に実施されている「個別移行支援 計画」について研究を進めてきた。水谷9)は、将来I T Pと同様に、普通校にいるL D・
周辺児や重度重複障害生徒も含めたすべての生徒が対象になる可能性を示唆している。
さらに、今の「知的障害」という概念も狭すぎると言われている。高次脳機能障害などは、
問題の質は違うが、「知的障害」と重なる部分が多く、家族や関係者の中には「知的障害」
として援助を確立してほしいという声もある10)。
私自身、中学校の教職員である。進路指導時に、中学校の通常学級に在籍しているLD 児(学習障害)やADHD児(注意欠陥・多動性障害)が、数字的には少ない割合である が就職して、社会で出て行くケースを経験している。また、上級学校に進学したとしても、
その後地域移行して行くのであるから、福祉や労働行政の援助を必要とする時期が必ず来 るはずである。
内海11)は、「軽度発達障害生徒の中学校生活は、失敗経験やいじめ等の負の体験を蓄 積しがちな時期であり、否定的な自己理解や、その後の生活への不適応を生じやすい」と 述べている。卒業後の地域生活を円滑に進めていくという視点からいうと、中学校在籍の 軽度発達障害児にも、支援の手をさしのべていくできである。この事は、特別支援教育を 充実させていく観点からも重要である。
つまり、個別移行支援計画は、知的障害養護学校高等部に特有のものではなく、中学校 の通常学級に在籍している軽度発達障害生徒や障害児学級の生徒にも適応可能と思われ る。早期にキャリア教育・キャリアカウンセリングの視点を進路指導に導入していくべき である。そして、中学校時代から個別移行の支援体制を確立していければ、将来の見通し が立ち、今社会問題となっている、社会に出た軽度発達障害者の援助が見逃されることも 少なくなるであろう。そのためにも、原点に戻り地域や学校での就学指導をさらに充実さ せていかなければならない。
面接調査の中で、離職の是非が挙げられた。r離職することは本当に悪いことなのか。
雇用率を達成していれば良いのか。就労を継続できている障害者には、支援は必要ないの か。就労していても、差別や偏見に苦しんでいる障害者がいるのではないか」。一般就労 を最終目的とした今までの進路指導では、解決できない課題である。障害者の人々が本当 に望んでいる支援は、どうあれば良いのか、支援者全員が一同に集まり話し合うr個別移 行支援計画」は、それ自体貴重な場であると言える。今後さらに、この支援が、全国的に 浸透し、充実していくことにより、障害の重い人も軽い人も、その人に合った支援計画が 確立されていくことを期待したい。そして、女も男も障害のある人も無い人も、すべての 命が尊重され、幸せに暮らしていける社会を築き、次世代に残していかなければならない。
引用・参考文献(第4章)
1)地域生活移行マニュアル作成委員会「地域生活の可能性に関する調査」
東京都内39施設の全利用者3002名対象、2002年10月実施。
2)厚生科学研究障害保健福祉総合研究事業「知的障害者の入所施設から地域への移行に 関する研究」1999。
3)石川勝己「『就学指導』の在り方に関する研究」一各教育委員会の調査から一 兵庫教育大学修士論文、2002。
4)全国社会福祉協議会r地域福祉論10」1997、p7。
5)山口洋史「障害者福祉論」コレール社、2003、4。
6)兵庫教育大学大学院修士論文。
7)総理府(内閣府)r15歳以上の障害者の就業率』r障害者白書」、1994、p31。
8)Bedini,LA。,Bullock,C.C,and Driscoll,LB.(1993):The effects of leisure education on factors ccntributing to the successful transition of students with mental retardation from school to adult life』『herapeutic Recreation Joumal,27(2),70−82.
9)水谷由美rアメリカ合衆国のI T P(個別移行支援)と比較して」
発達の遅れと教育、2003、3、NO547。
10)石渡和実rQ&A障害者問題の基礎知識」明石書店、1997、P124。
11)内海淳「主体的な進路指導のために」一進路学習の開発一 発達の遅れと教育、2003,3、NO547。
参考文献一覧
・石川勝己「『就学指導』の在り方に関する研究」一各教育委員会の調査から一 兵庫教育大学修士論文、2002。
・井谷善則・今塩屋隼男r障害児教育」ミネルバ書房、2001。
・市村たづ子「主体的な進路選択のため 進路支援と保護者・関係機関との連携」
発達の遅れと教育、2003.3NO547。
・伊藤孝義「移行ポートフォリオ作成についての調査研究」特殊教育学会P発表、2003。
・石渡和実rQ&A障害者問題の基礎知識」明石書店、1997。
・内田治rEX C E Lによるアンケートの調査・集計・解析」東京図書、1997。
・内海淳「知的障害者の移行支援」特殊教育学会第36回大会論文集。
・内海淳「主体的な進路選択のために 一進路学習の開発一」
発達の遅れと教育、2003.3NO547。
・梅永雄二 「自立をめざす障害児教育」 福村出版、2000。
・梅永雄二r自閉症者の就労支援」エンパワメント研究所、1999。
・小鴨英夫r米国における個別移行プラン(I T P)の実施状況」
リハビリテーション研究、NO107、2001。
・緒方直彦「知的障害生徒の個別移行支援計画に関する一考察」
東京学芸大学大学院修士論文、2002。
・小川浩rジョブコーチ入門」筒井書房、2001。
・小澤温、北野誠一「障害者福祉論」ニネルバ書房、2002。
・鎌原雅彦、宮下一博、大野木裕明、中澤潤「心理学マニュアル質問紙法」
北大路書房、1998。
・川上博 発達障害児(者)の就労と支援の在り方(4)特殊教育学会ポスター発表,2003。
・川喜田二郎「発想法」中央公論社、1967。
・川喜田二郎「続発想法」中央公論社、1970。
・菊地直樹「個別移行支援計画の作成と実施」発達の遅れと教育、2003.3NO547。
・厚生科学研究障害保健福祉総合研究事業「知的障害者の入所施設から地域への移行に 関する研究」1999。
・厚生労働省障害者雇用対策課「H15年度障害者雇用施策関係予算内示の主要事項」2003。
・斉藤孝r学術論文の技法〔第二版〕」日本エディタースクール出版部、1998。
・坂井清泰r進路指導と個別移行支援計画」障害者問題研究30(1)、2002。
・佐藤恵利子rアメリカ障害児教育の魅力」学苑社、1998。
・佐藤圭吾「知的障害者の地域生活と地域資源」秋田大学大学院修士論文、2002。
・全国社会福祉協議会「地域福祉論10」1997。
・全国社会福祉協議会「障害者福祉論n」7、1997。
・全国特殊学校長会r障害児・者の社会参加をすすめる個別移行支援計画」
ジアース教育新社、2002。
・総理府(内閣府)『15歳以上の障害者の就業率』「障害者白書」、1994。
・高山佳子rはじめての特別な二一ズ教育」川島書店、2001。