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長男雌.

火死七

彪尺鈍の取1て血い始ある

硯在81歳

  〈ケース5:Eさん 88歳 女性 単身世帯〉

 ○生活歴

 明治42年、6人きょうだいの次女として那覇市松山に生まれる。6人き ょうだいのうち、姉と弟2人は戦争で亡くなったため、現在はEさんと妹・

弟の3人きょうだいとなっている。

 結婚後は同じ那覇市の首里で暮らす。昭和10年頃から昭和20年までの 戦時中の約11年間を、南洋のサイパンで生活していた。終戦後の昭和21 年に沖縄に戻り、以後今日まで首里で生活している。

 戦後沖縄に戻った後、針仕事などをしていたが、その仕事を辞めた後 は、海運会社に定年まで勤めていた。退職後、「これからの人生をどう 過ごしたらいいのかなあ」と考えていた時に、現在通っている老人福祉 センターが開所されたことを知り、その当時から今日まで21年間ずっと 通い続けている。自宅からバスで10分ほどかかる老人福祉センターへは、

現在、月・金・土曜日の週に3日通っており、ペン習字・健康体操・書 道・コーラス・カラオケなどの各クラブ活動をして過ごしている。

 Eさんには息子が4人と娘が1人の5人の子どもがいる。昭和8年に長 女・昭和11年に長男・昭和16年に次男を出産し、戦後昭和21年に三男・

昭和31年に四男を出産する。夫は戦争で亡くなったため、現在県営アパ ートで一人で暮らしている。

 ○健康状態

 Eさんは「私はお産の時と白内障の手術で入院したぐらいで、今まで大 きな病気をしたことがないですよ」と話し、一見とても88歳とは思えな いほど元気な様子で、実際の年齢より10歳は若く感じられた。

 ○日常生活活動

 朝は、だいたいam5:00頃起床し、朝食の支度・洗濯をして、 a皿6:30 分頃に朝食を食べている。その後、新聞を読み、週に3日の月・金・土 曜日には、am7:30頃には家を出て、バスで10分ほどの所にある老人福祉 センターに行く。センターでは、amlO:00からペン習字・健康体操・書 道・コーラス・カラオケなどのクラブ活動が始まり、昼食は12:00頃か らセンターで注文するお弁当を友人達と一緒に食べる。午後は、また 15:30頃まで各クラブ活動をして過ごしている。

 また、それ以外の火・水・木曜日には、午前中は「那覇へ行く」つま り那覇市の中心地の牧志まで買い物に行くことが多いということである。

午後は、pm16:00頃には家に戻り、自宅でその日に出されたペン習字や 書道の課題をしたり、牧志へ買い物に行ったりして過ごしている。

 また、日曜日には毎週のように、Eさんの家から車で15分ほどのとこ ろに住んでいる次男の家を訪ねに行っている。次男から「お母さん今日 ひま?」という電話があり、息子が家に呼んでくれるので訪ねに行くと いうことだ。時間的には、am9:00から11:00頃まで2時間ほど一緒にテ レビを見たり、今の政治のゆくえなどいろいろな話をして楽しく過ごす。

なお、家族の誕生日など何か祝い事のある日には、皆で一緒に食事(昼 食)を取るが、普段はそのようなことはないということである。

 夕食はpm19:00頃に食べており、昔からの習慣でゴーヤーちゃんぶる 一を毎日食べているということだ。その後は、世間の事情を知るために NHKのニュースを見たり、趣味の卓上ピアノを弾いたりして過ごし、

22:00頃には就寝する。

 ○つきあい状況

 1).血縁関係

 ア).別居子とのつきあい

 Eさんには4人の息子と1人の娘の5人の子どもがいる。長女は63歳、

長男は60歳になる。また55歳になる次男は、現在食糧会社に勤めており、

50歳になる三男はN且Kに勤め、また40歳になる四男も会社に勤めてい る。四男は独身だが、他は皆結婚し、また息子たちは、全員Eさんの家 から車で20分以内の同じ首里に住んでいる。

 日曜日には、Eさんは毎週のように、車で15分ほどのところに住んで いる次男の家を訪ねに行っている。次男から「お母さん今日ひま?」と いう電話があり、息子が家に呼んでくれるので訪ねに行くということだ。

時間的には、am9:00から11:00頃まで2時間ほど一緒にテレビを見たり、

今の政治のゆくえなどいろいろな話をして楽しく過ごす。また、誕生日 や母の日など家族のお祝い事がある日にも、孫から「おばあちゃん来て え」と電話があり、家に呼んでくれるため訪ねに行っているということ である。また、家族のお祝い事がある日には、皆で一緒に食事(昼食)

をしながら、いろいろな話をして楽しいひとときを過ごすということで

ある。

 また、電話でのつきあいも週に1回ほどはあり、電話は特に中でも次 男からかかってくることが多いが、 「お母さん元気ねえ?大丈夫?」と 様子を気にかけてくれるということである。

 またEさんは以前白内障の手術で入院した際に、「子どもを持つとい うことはありがたいことだなあと思ってつくづく感謝しましたですよ」

と話し、白内障で目が見えにくくなっていた時に、子ども達が白内障の 手術は今は簡単らしいからと手術することを勧めてくれたということで、

「子どもは育てるのは大変ですけど、大きくなると親のことを考えてく れますから、子どもがいてよかったなあと思っておりますよ」としみじ み話す表情が印象的であった。

 イ).i親族とのつきあい

 親族は全員で70人ほどおり、そのうち、近い親族は20人ほどである。

Eさんの家から最も近い距離に住んでいる5入の親族は、バスで20分ほ どの同じ那覇市内の波の上宮という神社の近くに住んでいる。旧暦の5 月15日と6月15日には、Eさんの実家のムンチュウ(門中)のご先祖様 を拝むという日のため、30〜40人程の多くの親族が「ムートウヤー」といわ れる本家に集まる。Eさんの実家のムンチュウでは、女性は結婚した後も

自分の実家を重んずることになっており、Eさんもこの行事にはご先祖様 の中でも最高の人を拝むため、「ムートウヤー」を訪ねるということである。

その際に、1000円程のお菓子(菓子折)を用意し、ご先祖様に御供えす る。ご先祖様を拝んだ後、皆で一緒にお茶菓子をつまみお茶を飲みなが らいろいろな話をして過ごすが、食事を共にすることはまちまちで、そ の時希望があれば共に食事をする程度で、特に決まっていないという。

 また清明祭の時には、70人程の親族がムンチュウのお墓に集まり、一 緒にひとときを過ごす。このように多くの親族が集まって一緒にひとと

きを過ごすことをEさんは「みんなが集まるから楽しいですよ。ご先祖 様はどんな方だったというような昔話ができますから」と話す表情から、

このような親族で集まる時をとても楽しみにしている様子が感じとれた。

ウ).きょうだいとのつきあい

Eさんは、姉と妹・弟3人の6人きょうだいの次女として生まれたが、

姉と弟2人は戦争で亡くなったため、現在は3人きょうだいとなっている。

妹は現在、宮古島に住んでおり、足が悪いためなかなか会いに来ること はないということだが、月に1回「元気ねえ?どうしてる?」とお互い に電話をかけ合っており、電話でのつきあいが翻心となっている。また 一方弟は、現在熊本県に住んでおり、月に1回「元気ねえ?」と電話が あったり、また、年に1回顔が見たくなったからと夫婦でEさんに会いに 来るということである。弟が訪ねてきてくれた時には、子ども達家族も 一緒に交えて歓迎会を開き、皆で一緒に食事をしながら歌を歌ったりい

ろいろな話をして語り合って楽しい一時を過ごすということである。

 2).地縁関係

 ア).近隣とのつきあい

 Eさんは、現在9階建ての県営アパートの4階に住んでいるが、同じア パートに住んでいる入達の大半は、若い人達で働いている人が多いため、

日頃はエレベーターで会っ スときに挨拶を交わす程度で、特につきあい はしていないということである。このアパートの8階に、同じ老人福祉 センターに通っている友人が一人住んでいるが、受講している講座がお 互いに異なるため、センターで会うことはなく、時々会ったときに言葉

を交わす程度で、親しいつきあいはしていないということである。

 3).その他

 ア).友人とのつきあい

 Eさんは、老人福祉センターで様々なクラブ活動をしていることもあり、

それぞれのクラブ活動を通じて30人ほどの友人がいる。日頃友人達とは センターで会うと、昔話や健康状態に関する話や、またこれからどうな

るかねえ?体が弱ってきたら老人ホームに入ることになるのかねえ?と いった将来の心配ごとなどのいろいろな話をして過ごしている。また 時々喫茶店にコーヒーを飲みに行ったり、一緒に食事をすることもある

ということだ。

 また、学生時代の同期生10人置昨年まで切合をしていた。その模合は 発起人の名前をとって「本村グループ」と呼ばれ、終戦直後から何十年

と続いていたが、 「去年から仲間が入院したりして人が少なくなってし まったから、もう模合はやめて話し合いだけにしましょうねえ」という ことになり、今年からは毎月第1水曜日に、Eさんが通っている老人福祉 センターに8人ほどが集まり、一緒に昼食を食べながら午後の13:00か ら15:00頃まで2時間ほど、昔話などいろいろな話をして語り合い楽し く過ごすということである。Eさんは「これが一番の楽しみですよ」とに こにこした表情で話していた。また、このように「友達がたくさんいる のはいいですねえ、学生時代の頃の昔話や今の健康状態のこととか、ま たこれからのことなどいろんな話ができますでしょ」と話し、多くの友 人と会って、このようないろいろな話ができるごとを楽しみとしている 様子が感Cとれた。

 ○まとめ

 戦時申にサイパンで生活した経験があるが、那覇市に生まれ育ち、引 き揚げ後も今日までずっと那覇市内に住んでいる。老人福祉センターに は、センターが開所された当初からずっと通い続けており、現在は週に3

日、コーラス・カラオケ・ペン習字・書道・健康体操など様々な講座を 受講し、積極的で活動的な生活をしている。Eさんは一人暮らしだが、

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