参考文献 2. 3
3. 既往火山噴火被害(現象)
3.3. 三宅島
3.3.2. 一次被害
(1)1983年噴火
1983年10月3日,14時頃から群発地震が発生し,
15時15分に,二男山付近(七島展望台付近)で割 れ目噴火が始まった.割れ目は徐々に拡大し,17時 過ぎには,約 3kmの溶岩噴泉となった.20 時以降 は少数の火口からストロンボリ式噴火を行った.噴 出したマグマは,東側にスパッター丘を作るととも に,大半は西側に溶岩となって流下した.溶岩流の うち最大のものは,西海岸の阿古に流入し340戸を 埋没させた.
一方,割れ目火口の南方延長は,17時頃になって,
標高 100mの新澪池付近に達し,激しいマグマ水蒸 気噴火が起こった.新鼻海岸にタフリングが形成さ れるとともに,新澪池は,すぐそばにできた火口か らの噴出物で完全に埋め立てられた.灰色の噴煙は 数千mに達し,噴出物の大部分が降下火砕物として
強い西風に流され,坪田方面の住宅,農地,山林に 降り積もって被害を与えた.最終的に,割れ目は延
長4.5km,火口は90個所以上に達した(図3.3.2.1).
(2)2000年噴火の経緯
2000年6月26日18時30分頃から,群発地震と 山体膨張が観測された.地震発生から1時間で噴火 した例もあるため,緊急火山情報が発表され,災害 対策本部が設置された 4).ところが,割れ目噴火は 発生せず,翌日朝に三宅島西方の海底で小噴火があ った.地震の活動中心は三宅島から北西 30km にあ る神津島近海に向かって移動していった.三宅島か らマグマが移動し,噴火は終息に向かうかと思われ た.ところが,7月8日16時過ぎ,山頂付近で小規 模な噴火発生し,翌朝,山頂に直径1km の陥没が 形成されているのが確認された5)(図3.3.2.2).
図 3.3.1.1 三宅島の火山地質図2)
(2000年噴火後,産総研による)
図3.3.2.1 三宅島1983年噴火の地形分類図3)
図3.3.2.2 三宅島山頂雄山の陥没6)
陥没部分は日々拡大し,8 月末には八丁平カルデ ラにほぼ匹敵する,直径 1.6km,深さ 450m に達し た.また,7月14〜15日には,規模の大きな水蒸気 爆発が発生し,三宅島の北東側の1/4 が,火山豆石 を含む細粒な火山灰で覆われた.都道沿いで10cm, 火口縁で 1m程度の厚さであった.火山灰には硫黄 分が多く含まれていたために石膏分が生じ,モルタ ルのように固まって斜面を広く覆った((図3.3.2.3).
また,杉の植林地では,杉葉付着した火山灰の重 さで,枝が落ちる被害が続出し,杉の幹だけが残る 状況となった.地表面を火山灰が覆った流域では,7 月26日の降雨で,二次災害である土石流が発生した.
また,杉の植林地では,杉葉付着した火山灰の重 さで,枝が落ちる被害が続出し,杉の幹だけが残る 状況となった.地表面を火山灰が覆った流域では,7 月26日の降雨で,二次災害である土石流が発生した.
8月10日の噴火は,比較的小規模であった.天候 も晴天であり,泥流の発生は予測さていなかった.
しかし,上空に寒気が流れ込んでいたために,大気 が不安定で,噴煙は白い積乱雲状に発達し,火山灰 を含んだ泥雨となって降下した(図 3.3.2.4).泥雨 の多かった,三宅島東部では泥流が発生し,道路に 被害を生じた.
8月18日14時に,最も激しいマグマ水蒸気噴火 が発生した.噴煙は15,000mにまで上昇した.無風 だったこともあり,火山灰は,島内全域に堆積し,
中腹の村営牧場地区では,火山岩塊や火山弾が多数 落下し,牛が15頭亡くなる被害を生じた(図3.3.2.5).
8月29日早朝に,時速10km以下と低温火砕流が 発生して北麓,南西中腹に流下した(図 3.3.2.6).こ れは,噴煙の温度が低いために浮力が不足して,噴 煙柱崩壊が発生してカルデラ内に落下,その後跳ね 返るように溢れ出して,カルデラ外をゆっくりと流 れたものである.いわゆる普通の火砕流に比べて,
低温・低速(時速10㎞程度)であるため,火砕流と 呼ぶかどうかという議論もあったが,その後の現地 調査で火砕流の産状が報告されている.
この低温火砕流は,北側で海に到達した.温度は 三宅島測候所の観測30度程度を記録している.火山 灰は水分に飽和しており,付着性がきわめて高く,
停電なども発生した.この火砕流の発生は,9 月 1 日からの全島避難のきっかけともなった.
図3.3.2.5 8月18日噴火による噴煙 坪田より肉倉真撮影6)
図3.3.1.6 8月29日の低温火砕流
三宅高校より千葉撮影7)
図3.3.2.3 7月14-15日噴火の火山灰
(雨にぬれる前,7月22日千葉達朗撮影)
図3.3.2.4 8月10日噴火と泥雨の状況
アジア航測撮影,アジア航測ホームページより6)
(3)2000年噴火の噴出量
2000 年 噴 出 物 の 見 か け 体 積 の 総 量 は お よ そ
0.01km3 (図3.3.2.7)と,1940年,62年,83年に
匹敵する噴出量であったが,その過半は既存の溶岩,
変質した溶岩の砕屑物であって,本質物の割合は最 も高い8月18日噴出物で40%程度である9).一方,
陥 没 し た 体 積 は 噴 出 物 の 50 倍 以 上 に 相 当 す る
0.6km3であった10).
(4)火山ガスの放出
2000年8月下旬からは,火口から二酸化硫黄など の火山ガスの放出が顕著となった.そのため,島民 の帰島は2005年まで延期せざるを得なかった.2000 年 か ら 最 近 ま で の , 火 山 ガ ス の 推 移 を 示 す (図 3.3.2.8).
(4)火山ガスの放出
2000年8月下旬からは,火口から二酸化硫黄など の火山ガスの放出量が顕著となった.9月〜12月の
平均では 4.2 万 t/日となっており,このような高い 値は世界でも例を見ない.この火山ガスの放出は,
2005年の帰島まで継続したが,現在でも完全に収ま っていない.
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参考文献
1) 宮崎務,歴史時代における三宅島噴火の特徴.火山, 29,
p.1-15,1984
2) 気象庁,昭和 58 年(1983 年)三宅島噴火調査報告,
験震時報, 49,p.1-472,1984
3) 津久井雅志・川辺禎久・新堀賢志,三宅島火山地質図, 産業技術総合研究所 地質調査総合センター,2005,
http://riodb02.ibase.aist.go.jp/db099/volcmap/12/
index.html
4)遠藤邦彦・田場穣・千葉 達朗・宮地直道・隅田まり・
早川栄一,1983 年 10 月三宅島噴火の経緯と噴出物−火 山灰層序学的検討を中心に−,日本大学文理学部自然科 学研究所研究紀要,19,p.9-43,1984
5) 大野希一・中田節也・笹井洋一・長井雅史・森博一,
三宅島 2000 年噴火の山頂地形とその噴出物,東京大学地 震研究所ホームページ,
http://www.geo.chs.nihon-u.ac.jp/quart/Miyake/071 4/0714.html
6) アジア航測,三宅島 2000 年噴火のページ,
http://www.ajiko.co.jp/bousai/miyake/miyake.htm 7)千葉達朗, 2000 年三宅島噴火の 8 月 29 日 5 時 50 分に
発生した火砕流,火山工学入門,表紙写真解説,p.1-1,
2009
8) 中田節也・長井雅史・安田 敦・嶋野岳人・下司信夫・
大野希一・秋政貴子・金子隆之・藤井敏嗣,三宅島 2000 年噴火の経緯―山頂陥没口と噴出物の特徴―,地学雑誌,
110,p.168-180,2001
9) 宇都浩三・風早康平・斎藤元治・伊藤順一・高田 亮・
川辺禎久・星住英夫・山元孝広・宮城磯治・東宮昭彦・
佐藤久夫・濱崎聡志・篠原宏志,三宅島火山 2000 年噴 火のマグマ上昇モデル─8 月 18 日噴出物および高濃度 SO2 火山ガスからの考察─,地学雑誌,110,p. 257-270,
2001
10)高田亮,玄武岩質火山成長に伴うカルデラ形成─重力 崩壊モデル─,地学雑誌,110,p. 245-256,2001 11) 気象庁,三宅島火山ガス(二酸化硫黄)放出量
http://www.seisvol.kishou.go.jp/tokyo/320̲Miyakej ima/320̲So2emission.htm
12) 津久井雅志・新堀賢志・川辺禎久・鈴木裕一,三宅 島火山の形成史,地学雑誌,110,p. 156-167,2001
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図3.3.1.7 三宅島2000年噴火の等層厚線図8)
図3.3.2.8 三宅島の火山ガス放出量の推移11)