参考文献 2. 3
3. 既往火山噴火被害(現象)
3.5. セントへレンズ
3.5.1. 概要
1980年5月18日にアメリカ合衆国ワシントン州 にあるセントヘレンズ火山が1842年の噴火から138 年を経て大規模な噴火を起こした.以下,Foxworthy 1) による報告をもとに記述する.
1980年3月20日に地震活動が観測されて以来,
徐々に活動が増加してきた.3月27日には山頂火口 から火山灰噴火が始まった.その後山頂付近の氷冠 に 形 成 さ れ た 亀 裂 が 拡 大 し , 合 衆 国 地 質 調 査 所 USGS は山体崩壊を伴う大規模噴火を想定し,周辺 からの避難を呼びかけた.
5月18日8時32分(USA太平洋夏時間),山体直
下1.6kmで地震マグニチュード5.1の地震が発生し,
それとともに山頂部が北側に大崩壊して,噴煙柱が
24,000m まで上昇した.崩壊土砂は 2.79km3と見積
もられ,崩土は北側山麓部の約60km2を平均45mの 厚さで覆った.
山体崩壊とほぼ同時に細粒子を含むブラスト(爆
風)が480km/hr以上の速度で約840km2の範囲に広
がった(図 3.5.1.1).ブラスト堆積物は山麓部で 1 m,縁辺部で2cm堆積し,温度は350℃程度と推定 されている.山体崩壊後,図3.5.1.2に示す馬蹄形カ ルデラが形成された.
火砕流も発生し,土砂量 1.2 億 m3,速度 80〜
130km/hr,温度700℃以上と見積もられている.
さらに融けた氷河と雪と土砂が混ざって泥流とな り,トゥートル川を流下し,コロンビア川支川のカ ウリッツ川を経て,コロンビア川まで流入した.
成層圏に噴き上げられた火山灰と細粒軽石は,偏 西風に乗って3日間でアメリカ大陸を横断し,15日 間で地球を一周した.降灰面積は約57,000 km2に及 び,降灰堆積深は風下16km付近で30cm,480km離 れた地域でも1.3cm程度あり,火山灰量は1.1km3と 推定されている(図3.5.1.3).
3.5.2. 一次災害
(1)降灰被害2)
噴火数時間後には州道が総延長2,900kmにわたり 閉鎖され,州間ハイウェイ90は1週間閉鎖された.
数1000キロの郡道,市道などは短いもので数時間,
永い場合は数週間通行止めが続いた.地域内の航空 路は噴煙の影響を受け,空港は滑走路に積もった火 山灰により影響を受けた.空港閉鎖は3〜7日間,欠
航は計 1,030 便に及んだ.鉄道は道路や航空路より
は影響が少なかったが,計器トラブルが2日間ほど あった.鉄道路の除灰は道路や空港ほど深刻ではな かった.
(2)ブラスト被害2)
ブラストは,火口の北西から東北東の約 120°に 広がり,半径 13km の範囲では全植生とほとんどの 土壌が失われた.さらに東北東 18kmから北側と北
西側22-24kmでは老齢木はなぎ倒され,植生の一部
がブラストと降下砕屑物により埋没した.破壊され たエリアの周辺では,幅2-3kmの暈による温度低下 で植生が失われた.ブラスト範囲の土木施設被害は 最小であった.
(3)岩屑なだれ被害2)
移動土砂量は2.5km3.スピリット湖の湖岸線がノー スフォーク・トゥートル川の下流側 24kmに広がっ 図3.5.1.1 1980年5月18日の噴煙柱
図3.5.1.2 山体崩壊で形成された馬蹄形カルデラ
図3.5.1.3 火山灰の拡散
た.スピリット湖の公共・私有建物と訪問者施設は 消滅した.州道504号はセントヘレンズの森林限界 からノースフォーク・トゥートル川の岩屑なだれ末 端までの約32kmが永久に埋没した.州管理の7橋 の内2橋はこの区間にあって失われた.さらに林野 局と民間会社の林道と橋梁は何キロにもわたって破 壊された.
(4)泥流被害3)
トゥートル川 Toutle River の泥流は最初に岩屑な だれ堆積物の再移動によって形成された.川沿いの 全壊家屋数は約200戸であった.土木施設被害は,
州道504号は林業基地のベイカーキャンプからトゥ ートル町までの約半分が約2m にわたり埋没した.
何キロもの民間林道と森林鉄道,カウリッツ郡道も
数 km にわたって埋没した.破壊または大規模な被 害を受けた道路延長は,以下のとおりであった.
・ワシントン州道:48km,林野局管理道:38km,
・ カ ウ リ ッ ツ 郡 道 :16km, 私 有 道 :198km,
総計300km(その他森林鉄道 27km)
・破壊または深刻な被害を受けた橋梁は27箇所で内 訳は,州道504号 5橋流出(全数7橋),林道橋 15箇所・森林鉄道橋5箇所,カウリッツ郡道橋 2 箇所であった.
・カウリッツ川に流入した泥流は,河川沿いの地域 で氾濫し,地域給水設備と下水処理設備の機能障 害を生じた.
・南麓のルイス川に発生した泥流は,スイフト貯水 池に流入したが,下流への被害はなかった.
図3.5.3.1セントヘレンズ噴火の土砂移動範囲3)
3.5.3. 二次災害
(1)コロンビア川の河床上昇3)
カウリッツ川の泥流と洪水はコロンビア川に流 入し,コロンビア川河口より100〜120km区間に34
×106m3の土砂が堆積した.カウリッツ川合流地点 で最大12m河床上昇が生じ(図3.5.3.2),船舶の航 行が不能となった.舟運の回復には夏の間まで要し た.
(2)噴火後の土砂流出4)
1980〜81年の冬期出水時には17〜28×106m3の土 砂流出があると推定された5) (米国太平洋岸は冬期 に大雨や豪雪を伴う嵐に襲われやすい).実際には推 定を下回ったが,その後20年間以上にわたって土砂 流出が継続した.
3.5.4. まとめ
セントヘレンズの噴火は,20 世紀最大級の噴火で,
とくに山体崩壊と岩屑なだれが人類の眼で初めて観 察されたことが火山学的にも意義が深い.また,破 局的噴火の約2ヶ月前から前兆現象が検知され,火 山監視体制が強化されて,噴火に至るまでの詳細な データが得られたことも,その後の火山噴火予測に 多大な影響を与えた.
噴火によって発生した現象は,ハザード評価で想 定されていた現象とほぼ一致し,ハザードマップの 有効性も検証された.
破壊が人口密度の低い地域に集中したため,人的 被害は少なかったが,広域の降灰や,泥流が社会に 与えた影響は少なからず大きなものであった.直接 被害額は,当初25億ドルと見積もられていたが,そ の後8億6千万ドルに修正された.その内,森林被 害が半数の4億5千万ドルを占め,被害樹木の除去 などに2億7千万ドル,橋梁や道路など公共資産被 害が8千5百万ドル,農業被害が3千9百万ドルと 見積もられている 6).間接被害額を見積もった資料 がないので不明であるが,総被害額は50億ドル以上 になると考えられる.
=======================
参考文献
1) Foxworthy, B.L., Hill, M.:Volcanic Eruptions of 1980 at Mount St. Helens the first 100 days, Geological Survey Professional Paper 1249, 1981
2) Shuster, R.L.: Effects of the Eruptions on Civil Works and Operations in the Pacific Northwest, The Eruptions of Mount St. Helens, Washington (edited by Lipma, P.W. and Mullineaux D.R.), Geological Surbvey Professional Paper 1250, p701-718, 1981 3) Lombard, R.E., Miles, M.B., Nelson, L.M., Kresh, D.L.,
Carpenter, P.J.: The Impact of Mudflows of May 18 on the Lower Toutle and Cowlitz Rivers,The Eruptions of Mount St. Helens, Washington (edited by Lipma, P.W.
and Mullineaux D.R.), Geological Surbvey Professional Paper 1250, p693-699, 1981
4) Pierson, T.C.,:Flow Behavior of Two Major Lahars Triggered by the May 18, 1980 Eruption of Mount St.
Helens, Washington, Proceedings of the Symposium on Erotion Control in Volcanic Areas, Technical Memorandum of PWRI, No. 1908, p99-129, 1983
5) Dunne, T. and Leopold, L.B.:Flood and Sedimentation Hazard in Toutle and Cowlitz River System as a Result of the Mount St. Helens eruption, Federal Emergency Management Agency, Region X, 1981
6) Sorensen. J/ H.:Emergency response to Mount St. Helens’
eruption: March 20 to April 10, 1980, Natural Hazard Research, Working Paper #43, University of Colorado, 1980
=======================
図3.5.3.2 コロンビア川の河床上昇3)