「サピエンツァ」ローマ大学東京研究学部日本語日本文学科 准教授 マティルデ • マストランジェロ
「サピエンツァ」ローマ大学では700年に渉る歴史上に於いて、15世紀からアジア文化に関する 研究が始まりましたが、それは特にアラビアやサンスクリットの分野の研究でした。現代に至る東 洋文化への関心は18世紀末からの研究を引き継ぐものと言われています。では、日本語教育およ び日本研究の現状を紹介する前に軽く日本科の来歴に触れたいと思います。日本語コースは1878 年度から開始されましたが、実はその時は「東洋言語および東洋文学」という現代の研究課題から は考えにくい、とても幅広い一つの科目として中国語および日本語の両方を含めていました。時 間は過ぎ日本から帰国したアウリーティ大使が、1941年に新しく開設された「日本語、日本文学、
日本史」という科目の責任者になりました。その後2年間、戦争の勃発まで、外国人講師として勤 めた人は野上弥生子の息子で、イタリア文学者の野上素一でした。戦争中しばらくそのコースは中 止されていましたが、1961年からナポリの東洋大学の教授でもあったムッチォーリ教授によって 改めて開始され、その時に科目名は「日本語日本文学」になりました。その後、責任者になったス トラミジョーリ教授を受け継いでオルシ教授が1986年から責任者になりました。日本への関心は 高まり続け、日本文化の研究を広めるために、日本の歴史、古語、現代文学、美術など、様々な科 目が次第に開設されました。2001年には「サピエンツァ」大学にイタリア最初の東洋研究学部が 創設されるに至りました。2005年度以降は更に私が担当しております「日本語・日本語翻訳」に 替わって「日本文学」とは別の科目になりました。日本語コースにおける「翻訳」教育の役割に関 しては、後ほどもう一度触れたいと思います。1996年からは1年生で日本語を学ぶ学生の数が増え 始め、その結果として、2010年度には1年生だけで350人が入学しました。学部の3年間および専 門課程の2年間の日本語の学生の総数は全部で700人ぐらいです。北京オリンピックの影響と関係 があると考えられますが、2年ほど前から中国語を学ぶ学生の数が多くなりました。しかし、日本 語の学生は今後安定した数で続いていく見通しです。それは日本文化を好み、高い関心を持ってい る人が多いからです。もう一つの理由はローマには大学以外にも、日本文化会館、「イタリア・ア フリカ東洋研究所」、私立の語学専門学校などもあリ、中等教育でも少し日本語が教えられている とは言え、イタリア全体と同じように日本語教育の中核は現在でも大学にあると言えるからです。
数にこだわっているような話を出しましたが、実は最近イタリアの大学ではよく学生の数が話題に なっていて、「数の戦争」が行われていると言えるぐらいになっているのです。それは、東洋言語 の場合には学生が減っていく恐れがあるわけではありませんが、数によって文部省からもらえる援 助が違ってくるからなのです。特に入学者の数と卒業者の数の比率は非常に大切なデータになりま した。ある法律の指針では教師の給料は担当している科目の卒業者の数および受験者の数に従って 変更するべきものだとしています。それは現実にはならないかもしれませんが、イタリアの文部省 の最近の方針は大学の活動の結果をできるだけ数、統計で決定しようとする傾向があります。これ は特に人文科学系の学問の場合には考えにくいことです。言葉を換えますと、工業生産のように大 学の「生産結果」がチェックされようとしているということです。従って、先ほど申した例の外に も、例えばこれから大切になっていくと考えられるのは、学生の最後の試験から卒業するまでの時 間です。この間の時間が長いと教師たちは余り仕事をしていないという結果になります。
この10年間に教育制度の改革はいくつかありました。それに対処するためにできるだけ教師と して学生のレベルが下がらないようにしてきましたが、様々な教育方法、試験のやりかたに関し てはほとんど毎年新しい解決を考えなくてはなりませんでした。1999年、省令509号による大学 制度改革により2000/2001年度から学部4年が3年に変更されて、専門課程(スペチャリスティカ Specialistica と言い修士課程にだいたい相当する2年間)が新設されました。専門課程では科目は
「日本語日本文学」として残りました。そして、初めて単位の制度も導入されました。単位数とそ れに相当する学習者の勉強時間の比率は厳しくなりましたし、そしてかつての4年制と比べて1年 増えましたので、勉強できるプログラムも少し増えました。2009/2010年度からは省令270号によっ て改めて大学制度改革がありまして、「日本語・日本語翻訳」の単位は、学部およびマジストラー レと名を変えた専門課程、ともに9単位になり、研修の単位は8単位から2単位になりました。マ ジストラーレの研修単位は6単位です。研修については後ほど詳しい説明をいたします。又、今ま で入学試験がありませんでしたが、2009年9月に初めて本学部にも入学試験が導入されました。最 初の入学試験として悪い成績を取った学生も入学でき、入学するただ一つの条件は受験することと なっていましたが、2010年の入学では、入学試験を通して、学部に入学できる学生数は全部で460 人だけで、マジストラーレの場合100人になりました。従って、日本語の学生も現代より少なくな ります。更に現在もう一つ大きな制度の改革に直面しています。今まで学部の役割は主に高度な教 育を与えることでした。それに対して学科(Department)は研究への援助を行うことでした。し かし、今年の秋から、不景気の影響もありますが、学部はなくなって、教育だけではなく研究も学 科の負担になります。この改革が日本語教育にどのぐらい影響をあたえるかは、まだ言うことがで きません。1年ぐらい経ったら言えるかもしれませんが、今既に言えることは文部省の要求と私た ち教師の関心、期待が大きく対立していることです。
ここで実際の授業の内容についてお話したいと思います。実はこの発表のサブタイトルとして入 れようとしましたのは「多人数学習者への教育」です。300人以上のクラスを扱うのは確かに簡単 ではありません。しかし、よい結果がないわけではありません。時間数に関しては1、2、3年生の 場合、私の行う文法解説、翻訳が週に2時間で、日本人教師による文法演習は1年と2年は週に5時 間、3年生は4時間です。マジストラーレの1、2年生の場合、オルシ教授および私による翻訳と文 学は週に4時間、日本人教師の文法解説・演習は週に6時間です。そして、LL 教室の時間もあります。
学部の1年生の授業は大講堂で行われて、300人ぐらいの学生を前にした講義です。授業に出る のは義務ではありませんので、入学者がすべて全員授業に参加するわけではありません。私が担当 している授業ではイタリア語で文法の説明をして、日本語で例文を出します。学生に読ませたりも しますが、もちろん前の列に座っている学生を指しますので、後ろに座っている学生で一年間に一 度も声を出さない人もいます。大勢なので、皆を静かにさせるのに結構厳しい態度が必要です。実 はイタリアの学生はよく反応するタイプの学生です。しばしば授業の終わりに満足、あるいは敬意 を表すために拍手することもあります。授業はパフォーマンスのようなものなのでその世界のト リックを少しでも使ったほうが役に立つと思います。彼らの反応を授業のためにどのぐらい利用す るべきか、どんな風に利用したら良いか、興味深いポイントだと思っております。教育ストラテ ジーとして学習者の注目を集めるのに様々な工夫を凝らさなくてはなりません。例えば、効果的な のは彼らのまだわからない日本語の表現をしばしば使うのです。最初の授業で日本語の特徴、最初 の文型を導入すると学生は益々うるさくなってしまうのですが、日本語で「静かにしてください」
などと言うと、まだ彼らは意味がわからないので、かえって、皆の注目を呼び戻せます。また、授 業の間に様々な指示を日本語で出すと、皆の好奇心をそそれます。もちろん、大学は義務教育では