ベトナムにおける日本語教育・研究の現状と課題
1. ベトナムの日本語教育
1-1 日本語教育の現状
① ベトナムでは1957年にサイゴン大学(当時)の日本語クラスで始まったが、国立大学であるハ ノイのベトナム貿易大学で本格的に始まったのは1961年のことである。ハノイ大学(旧ハノイ 外国語大学)では1973年のことであった。
その後ドイモイ政策以降、政府が「経済発展に役立つ」として語学学習を奨励したことを背 景に日本語学習熱も高まった。その結果、1990年代前半からハノイ国家大学外国語大学( ’92)、
ホーチミン市国家大学人文社会科学大学( ’92)、ハノイ国家大学人文社会科学大学( ’93)をは じめ、ベトナム全土の30以上もの機関で日本語教育が実施されている。
当初は主に国立大学で日本語教育が行われていたが、私立大学や日本語センターへと拡大され た。ホーチミン南学コース( ’91)、ドン・ドセンター( ’91)、トン・ズセンター( ’91)、ハノイ とホーチミンに設立されたベトナム日本人材協力センター(VJCC、 ’02)などが挙げられる。
日本語センターや日系企業などの教育機関以外にもラジオやテレビ講座も存在する。
② 高等教育に加え、初等・中等教育も2003年よりハノイ市の中学校で課外授業として日本語教育 が始まり、2009年5月の時点で、ハノイ、ホーチミン、フエ、ダナンの中学校・高校計15校で、
第一外国語科目としての日本語教育が始まっている。また2005年にハノイ国家大学外国語大学 付属外国語専門学校での日本語教育が始まり、2008年からはそこでの学習者が大学に進学して いる。
IT 技術者養成のための教育もハノイおよびホーチミンの工科大学と、FPT 大学で行われてい る。ビジネス日本語に関しては、技能研修制派遣を目的とした教育機関が急増しており、2008 年11月に JITCO(国際研修協力機構)の派遣前日本語教育支援プログラムが始まり、翌12月に は日越間で経済連携協定(Economic Partnership Agreement:EPA)が結ばれ、介護・看護の 分野における日本語教育への関心が高まっている。
③ 日本語教育機関数、学習者数ともに急増している。2006年の学習者人口がおよそ3万人であるこ
とはすでに述べたが、最近4年間でおよそ1万2千人の増加である。国際交流基金による1970年 から2006年までの動向は以下の表の通りである。
最新の2006年のデータは2003年と比較して、学習者数で70% 増、教員数で90%増、機関数が およそ100% 増となっている。近年の急激な伸びを示している。
世界の日本語教育の中での順位をみても機関数で18位、教師数で9位、学習者数で9位(世 界の学習者全体のおよそ1%)である。
そういう状況ではあるが、ベトナム国内においても英語、中国語の学習者数とかなりの差があ る。貿易大学での状況を例にとってみると、英語、日本語、中国語、フランス語、ロシア語の5 つの外国語が教えられている。2009年度の学部全体の履修者は英語が1万人(約、以下同)、日 本語が1000人、中国語が400人、フランス語180人、ロシア語120人である。
この比率は卒業後の就職と深く関係する。
④ 日本語教育は日本政府を始め、民間企業や財団法人からの支援を受けている。教材や機器などの 物資はもちろん人的な支援も受けている。国際交流基金による人材育成、日本語教育専門家や日 本語教育指導助手の派遣、国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊、住友商事、日本国際協力 財団による日本語教師の派遣が挙げられる。
また2002年には日越両政府によって人材育成機関であるベトナム日本人材協力センターがハ ノイとホーチミンに設立された。ビジネス教育、日本語教育、さまざまな交流事業を通じて、相 互理解に努め、両国間のネットワーク作りを目指している。
1-2 日本語教育の特徴
① 中学校、高校のレベルから短大・大学・大学院(日本語専修 修士課程 )まで設置されていること
② ハノイ、ホーチミンの大都市だけでなく全土の地方の中心都市にまで教育機関が展開されている こと
③日系企業の進出にともなって、日本語学習者も増加していること
1-3 日本語教育の課題 〜教育の規模の拡大とともに〜
ベトナム日本語教育が拡大されるに伴って、多くの困難に直面している。課題としては学習・実 習環境、教材・参考資料、教師の量・質などが挙げられる。
調査年度 学習者 教師数 機関数
1970 739 18 9
1975 1558 39 13
1981 不明 6 2
1988 25 6 2
1990 25 6 1
1993 3055 134 19 1998 10106 300 31 2003 18029 558 55 2006 29982 1037 110
① 学習・実習環境
日本市場向けの IT エンジニアを育成しているために、FPT 大学は情報化に積極的で、各教室 にパソコンとプロジェクター、スクリーンが設置され、授業は、プレゼンテーションの形で行わ れる。学生も全員が一台ずつパソコンを貸与されており、学内の全域でインターネットにアクセ スできる。また、私立フォンドン大学では Visual Basic を実装したテストシステムが稼動してい る。
学校教育以外では、たとえば Seiko Japanese Center ではほぼすべての授業でパワーポイント を利用している。ベトナム日本人材協力センターでは、教室を使わずにインターネット上の無料 リソースだけを教材にした自律学習支援通信教育プログラム(通称「nihongo@net」)を実施し ている。
それに対して、国立の高等教育機関と初等・中等教育機関では、マルチメディア・コンピュー ターは使用されていなく、主に教室で教科書を使って実施されている。日本語の授業は暗記を中 心にして、日本語を覚えさせる。黒板・チョーク・ポールペン・ノート・本・カセットが依然と して一般的な教育ツールである。
教室外で日本語を使う機会も少ない。ごく普通の基本的な会話でさえ、日本語らしい日本語と なっていない。
② 教材・参考資料
高等教育機関では、日本で出版されている教科書が主に使用されている。東京外国語大学留学 生日本語教育センター(凡人社)の『初級日本語』、東京外国語大学留学生日本語教育センター
(凡人社)の『中級日本語』、スリーエーネットワーク(スリーエーネットワーク社)の『みんな の日本語』、松田浩志ほか(研究社)の『テーマ別中級から学ぶ日本語』、小柳昇(日本語研究社)
の『ニューアプローチ中級日本語 [ 基礎編 ]』等である。その他、自主開発教材を使用している 教育機関もある。
初等・中等教育機関では、教科書審査委員会の認可を得た教科書『にほんご6 - 9』が使われて いる。また、ハノイ国家大学附属外国語専門高校においては、独自に開発した教科書を使って日 本語教育が実施されている。
学校教育以外の機関では、ベトナム北部ではスリーエーネットワーク(スリーエーネットワー ク社)の『みんなの日本語』が多く使用され、ベトナム南部では高等教育同様『みんなの日本語』
(前出)、『テーマ別中級から学ぶ日本語』(前出)が多く使用されている。自主開発教材を使用し ている機関もある。
参考資料は、まだ少ない。
③ 教師の量・質
ベトナム人の教師が多い。日本語学習者の数は増えているが、教師の数は、それになかなか応 えられない数にとどまっている。通訳になれば教師になるより4倍も高い報酬が期待されるため もあって、いまだ日本語教師は不足している。
語学としての日本語に精通した日本語教師はまだ少ない。大学で教えている教師には、日本に 留学した者もいる。しかし日本語はうまく話せるが、教授法に関する知識はまだ浅い。また、日 本人教師については、最近、就労ビザ取得が難しくなっている。