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カイロ大学 准教授 エルカウィーシュ・ハナーン

1. はじめに

 エジプトで最初に行われた日本語講座は、1969年の大使館広報文化センター日本語講座である。

この日本語講座はエジプト・日本両国の相互理解促進に資することを目的として開設された。その 後、1974年のカイロ大学文学部日本語日本文学科(以下は日本語学科と省略)の設立によってエ ジプトにおける本格的な日本語教育が始まった。開設当時の同学科はエジプト及びアラブ世界にお ける唯一の日本語教育・日本研究を行う学科であった。35年を経過して、同学科は着実に発展し、

この地域における日本語教育の中心的な拠点として成長を遂げたといえる。

 本稿の目的は「エジプトの日本語教育の現状」と、「エジプトとアラブ諸国における日本教育の 現状の相違点と類似点」を紹介することである。

2. エジプトの日本語教育機関

 エジプトの日本語教育機関の概要を表1に示す(これらの機関の詳細は「別添資料①」参照)。

 まず、一般大学の中で日本語教育の歴史が最も長いのは、カイロ大学である。(前述したように 日本語学科は1974年に設立された。)カイロ大学とアインシャムス大学には大学院が設置されてお り、これらの2大学のみで教師の養成が可能となっている。

 ほかに第2外国語や選択科目、あるいは社会人対象の一般講座として日本語教育を実施し、観光 産業と関わっている機関がエジプトには数多くある。その理由は、多くのエジプト人日本語学習 者が、卒業してから日本人観光客相手のガイドになると考えられているからである。日本とは違っ て、観光国のエジプトではガイドの仕事は重要で、社会的地位も高い。

3. エジプトの日本語教育に関連する主な活動 弁論大会

 エジプトで行われた日本語弁論大会は次のようにまとめられる。

  ①1984年〜 2004年 : カイロ大学日本語学科の主催でアラブ諸国初の日本語弁論大会の開催。

同学科の弁論大会は2004年まで続けられた。

  ②2001年 : 国際交流基金カイロ事務所の主催で「中東日本語弁論大会」の開催。こ の大会にはイラン、シリア、サウジアラビア、ヨルダン、モロッコ、エ ジプトなどから弁士が登壇した。

表 1 エジプトの日本語教育機関  (2009.10.14 現在)

一般大学 3 校(うち、大学院併設 2 校)

観光業系大学(専攻以外) 3 校

観光業系高等教育機関 3 校

一般講座 4 機関

観光業系社員研修 1 機関

  ③2002年 : エジプト日本語教師会の主催で「全エジプト日本語弁論大会」の開催。

カイロ以外の地域からも弁士が10名登壇し、220名が参加した。

  ④2009年 : エジプト日本語スピーチ大会実行委員会の主催で「エジプト日本語ス ピーチ大会」の開催。

 なお、2005年から2008年までの4年間はエジプトでは弁論大会が行なわれていない。

日本語能力試験

 1998年に初めて日本語能力試験がカイロで開催された。アフリカ大陸でも初めての実施である。

毎年受験者はエジプトからだけではなく、近隣諸国からも参加している。カイロで行われている日 本語能力試験の特徴は3級と4級の日本語能力試験の受験者数が1級と2級の受験者数よりも多いこ とである(「別添資料②」参照)。つまり、中東では、中国や韓国と違って、初級レベルの学習者の 方が上級レベルの学習者よりも多いということである。

日本語教育と関連があるセミナーとシンポジウムや記念行事

 エジプトで行われた日本語教育と関連があるセミナーとシンポジウムや記念行事は次の通りである。

  ①1999年 : カイロ大学日本語学科の主催で「カイロ大学文学部日本語日本文学科創 設25周年記念事業」の開催。

  ②1999年と2000年 :国際交流基金の主催で「日本語教育巡回セミナー」の開催。

  ③2001年と2002年 : 国際交流基金カイロ事務所(現在の名称は「国際交流基金カイロ日本文 化センター」)の主催で「中東日本語シンポジウム」の開催。

  ④2003年〜 2009年 : 国際交流基金カイロ事務所の主催で「中東日本語教育セミナー」の開催。

 2001年から2009年までの行事は同じものであるが、2003年に「シンポジウム」から「セミナー」へ 名称が変更された。なお、2006年から2009年まで行われたセミナーのテーマは以下の通りである。

  ①2006年:「初級の文法指導、音声指導」「中級の作文添削」

  ②2007年:「『わかる』から『できる』へ」

  ③2008年:「インプット活動に注目した聴解指導」「生教材を生かした授業」

  ④2009年: 「JF 日本語教育スタンダード」

4. カイロ大学文学部日本語日本文学科

 日本語学科の日本語教育事情の概要を次の表2に示す。

表2 日本語学科の日本語教育事情の概要   (2009 年 11 月現在)

沿革 1974 年 学科開設、1994 年 学科に大学院開設 教員 12 人(日本語のネイティブ 1 名、ノンネイティブ 11 名)

カリキュラム 2 学期制で、前後期およそ各 13 週である。週 17 〜 19 時間日本関連科目を学 び、4 年生の大半が日本語能力試験 2 級を受験する。初級レベルの教科書は「み んなの日本語」をベースにしている。1 〜 2 年の場合は日本語に関する授業が 多いが、3 〜 4 年の場合は日本文学史や日本思想についての授業の方が多くな る。(同学科の授業時間数は「別添資料②」参照)

学習者 102 名(学部 92 名、大学院 10 名)

学習動機 就職、特にガイド志望が多い。

学習環境の問題 教材不足、留学の問題、学位制度の問題、日本語の輪の狭さ、2010 年6月か らネイティブの専門家がいなくなること。

(Hanan 2010、p24 に加筆)

 表2の「教員」と「学習動機」と「学習環境の問題」の項目については、Hanan(2003、2010)

で同様の解説を行っているが、ここで再検討してみよう。

教員

 カイロ大学の日本語学科のエジプト人の正規教員は11名で、教授2名、准教授6名、講師3名で ある。正規教員というのは「博士学位を取得している教官」のことである。他に正規教員以外に 13名がおり、助講師4名、助手9名で構成される。助講師というのは「修士学位を取得している教 官」のことで、助手というのは「卒業時に成績が一番トップで、学科に任命された人(つまり、教 師の卵)」のことである。しかし、正規教員以外の人はある期間に博士学位を取得しないと、学部 の事務員になり、教官としての身分を失う。

 ここで注目したいのは、同学科の教官がエジプトの他の大学に出講して教鞭を執るほか、同学科 出身者がエジプト以外のアラブ諸国で日本語を教えている例もあり、アラブ全体の日本語教育の現 場に人材を供給していることである。

学習動機

 労働市場の厳しい状況は学習者に影響しており、彼らの学習動機の中に文化的なものよりも物質 的なものの方が優先されている。一般に日本語を話せることによって高収入が得られる観光ガイド の資格取得は具体的な利益につながると考えられている。そのために自らの意志で日本語学習を始 める学習者が多く、学習意欲は全体に高いと言える。学習者があげた動機は、「就職に有利」「日本 の経済力・発展に対する関心」「語学学習が好き」「日本と日本文化に対する関心」などである。

ここで注目したいのは、学習者は最終的には、入学後日本文化に触れることによって、日本語・日 本文化に対する熱意・興味を示し、勉強を続けているということである。エジプトを含めて中東全 体と日本との文化的な背景の違い及び地理的な距離のために、エジプトでは日本の情報が少ないた め、学習者が文化への関心を学習動機とすると考えられる。

学習環境の問題

①教材不足 

   エジプト人の日本語学習者は経済的な理由から日本で出版された高価な教科書・辞書などを購 入することができない。その上、アラビア語で書かれた日本語学習者向けの日本語教材、または 教科書、辞書は殆どないのが現状である。結局学習者が使っている教科書の殆どは英語で書かれ たものである。学習者が英語の単語が分からない場合は、さらに英語・アラビア語の辞書を引か なければならないのである。中東は「非漢字系」文化圏に属する。したがって学習者が日本語で 書かれた文章1ページを読むのに相当的な時間がかかるのは言うまでもない。勿論日本語教師は あらゆる手段を使って、すなわち教材・新聞・雑誌・ネットなどをもとに自作教材を作るなどの 方策を考えているが、不十分である。研究者や院生でも研究資料の入手は困難な状況にある。

②留学の問題

   エジプトと日本の物価の違いなどから私費留学はほぼ不可能である。そのため、日本の国費留 学に頼らざるを得ず、機会がとても限られている。従って日本また日本人と直接接触することは 殆どなく、学習者にとって日本の文化を理解するチャンスも少なくなっている。

③学位制度の問題

   エジプトの大学の学位制度では、専任講師になるためには博士の学位が必要である。日本で修 士の学位のみを取得して帰国したエジプト出身の研究者達はエジプトでは大学の専任講師になれ