4. シナリオ分析への応用:所得に関するリバウンド効果の分析
4.1. リバウンド効果
消費者は限られた資源である所得と時間を,移動,食事,余暇などの各消費活動に配分 する。したがって,消費者の所得と時間の使い方は消費者のライフスタイルを反映している。たとえ ば
2
つの消費パターンを考え,その一方は現状の消費パターンであり,もう一方は環境負荷を軽減 させるとされている消費パターンであるとする。消費者が消費の組すなわち消費パターンを変更す るとき,変更後の新しい支出総額は変更前のそれとは一般には異なる。しかし,所与の予算制約の 下では,消費者は余った予算を使って他の財を購入することになるが,この追加的な消費が,結果 として環境負荷を上げてしまう可能性がある。このような,環境にやさしい方向に自らの行動を変え ようとしている消費者個人の意図に反する効果が,リバウンド効果(rebound effect; 反発効果)であ る。リバウンド効果の問題は,もともとエネルギー経済学の研究で議論されていたものである
(
Binswanger 2001
)。それ以前には,19
世紀の経済学者W. S. Jevons
により,エネルギー効率の 向上と経済全体での石炭使用量の増加の問題として提起されていた(Alcott 2005
)。エネルギー経済学におけるリバウンド効果の典型例は,経済全体でのエネルギー効率と エネルギー消費に関連した問題として議論される。たとえば,エアコン等の設備のエネルギー効率 が上がることは,個別家計でのエネルギー需要の減少を意味する。その場合,同機能あたり(たと えば室温を
1℃下げるなど)に必要な費用は減少する(Berkhout, et al. 2000)。したがって,消費者
は,以前はエネルギー消費に使っていた費用を節約することが出来,結果として,その余った予算 を別の財消費に使う。別の財に関する追加的な消費は,結果的に社会全体でのエネルギー消費 量や原材料消費量を増大させる可能性がある。また,例えばエアコンの保有台数が増加すること により,その生産を通して経済全体の資源消費量を増大させることもありえる。言い換えれば,エネ ルギー効率の改善は,期待していたほどの省エネルギー効果をもたらさない可能性があり,それど9) この節の解説は,
Takase, Kondo and Washizu (2005)
および高瀬・近藤・鷲津(2006)
をもとにしたものである。Takase, Kondo and Washizu (2005)
の分析モデル(所得に関するリバウンド効果の調整法)を改良した。ころか,かえってエネルギー消費量や原材料消費量を増加させることすらある。Greening, Greene
and Difiglio (2000) は,エネルギー経済学の文脈で,このようなリバウンド効果について,直接リバ
ウ ン ド 効 果 (direct rebound effects) , 二 次 的 リ バ ウ ン ド 効 果 ( secondary effects
) , 経 済 効 果(economy-wide effects),変形効果(transformational effects)に分類している。
現状の生活水準を維持しつつ,消費に起因する環境負荷排出のより少ない消費パター ンを探る「持続可能な消費」の研究分野においても,リバウンド効果は同様の方法で定義される。
消費者が消費の組すなわち消費パターンを変更するとき,変更後の新しい支出総額は変更前の それとは一般には異なる。したがって,消費者は余った費用をつかって他の財を購入する。このこ とが結果として環境負荷を上げてしまう可能性がある。一方,消費パターンの変更により,新しい支 出総額が元のそれよりも増加する場合もありえるが,この場合は,予算制約に直面する消費者は他 の財の購入を減らさざるを得ず,その結果,消費に起因する環境負荷に変化をもたらす。また,消 費パターン変更の影響は,財の生産にもおよび,生産部門の活動を通して,経済全体の環境負荷 を増加あるいは減少させることも考えられる。これらを「持続可能な消費」の文脈ではリバウンド効果 と呼んでいる。「持続可能な消費」の分析では,複数の消費パターンをそれらに起因する環境負荷 排出量にもとづいて比較することが一般的であり,シナリオ分析を行う際には,リバウンド効果を適 切に評価することが必要であるとされている(稲葉
(2005)
,Hertwich (2005b)
など)。消費パターンに起因する環境負荷の分析においては,上述のリバウンド効果を考慮する ことが必要である。なぜなら,仮に一方がより低環境負荷な消費パターンであると思われているとし ても,リバウンド効果を考慮した場合,全体での環境負荷の低減は保障されないからである。本章 では,WIOモデルを家計の消費・廃棄行動分析用に拡張したモデル(2.1節)を用い,所得に関す るリバウンド効果を評価するための簡便な方法を提示する。すなわち,現状消費パターンとシナリ オによる仮想的消費パターンの両方の支出計を固定し,消費パターンの変化前後で支出額が同 額になるようなモデルを考える。本章で考慮しているリバウンド効果は,
Greening, Greene and
Difiglio (2000)や Hertwich (2005b)の分類のうち,直接リバウンド効果(direct rebound effect)の一
部である。以下,そのことを強調する意味で,本章で考慮する種類のリバウンド効果を,所得に関 するリバウンド効果(income rebound effect)と呼ぶこととする。一方,価格に関するリバウンド効果は,Greening, Greene and Difiglio (2000)や Hertwich (2005b)の分類上,直接リバウンド効果に分類さ
れる。しかし,本研究で用いる分析モデルでは財価格の変化を考慮していないため,価格に関す るリバウンド効果(price rebound effect)は考慮されていない。また,経済全体での最終需要や生産 技術の変化による影響,あるいは需給バランスによる価格変化が引き起こす社会全体のリバウンド 効果(間接リバウンド効果,indirect rebound effect
)については,本研究のモデルでは考慮されて いない。リバウンド効果という用語は上述のように広範な意味を持つが,本研究で考慮する所得 に関するリバウンド効果は,以下のようなものである。図 8 は,現状消費パターン,より低環境負荷 とされる仮想的消費パターン,および所得に関するリバウンド効果の関係を図示したものである。以 下,Z1および
Z
2を代替的な機能を持つ消費とする。45度線は,等機能をもたらすZ
1およびZ
2の 組み合わせであるとする。たとえば,Z1が公共交通機関による移動,Z2は自家用車による移動とす ると,この場合の機能は,たとえば10
人km
の旅客輸送である10)。図 8中で等費用のZ
1およびZ
2 の組み合わせは図中の灰色の実線で表される。Z2の方がZ
1よりも同機能あたりの費用が高いこと は,予算制約を表す灰色の実線が45
度よりも緩やかであることで表現されている。図 8: リバウンド効果と代替的な消費パターン
10)
1
人km
とは,1人の旅客を1km
輸送するための交通需要量の単位である。等機能
Z 1 Z 2
C o
O
C sc
C sc
予算制約
45
○リバウンド効果の調整
*
図 8中の点
C
oは現状の消費パターン,点C
scはより低環境負荷とされる仮想的消費パタ ーンを表す。消費行動に起因する環境負荷を比較する場合には,点C
oおよび点Cscで評価した環 境負荷を比較するだけでは十分ではない。なぜなら,両者の消費に必要な費用が異なるためであ る。低環境負荷の消費パターンと現状消費パターンに必要な費用を合わせるための方法の一つと して,Takase, Kondo and Washizu (2005)
では,仮想的消費パターンの各財の消費を比例的に拡 大(あるいは比例的に縮小)させて点C
sc*を求めた。図8
では,点C
scから点C
sc*への比例的拡大 を直線の矢印で表現している。所得に関するリバウンド効果を考慮した上で消費パターンの比較 を行うためには,点C
o と点C
sc*で評価された環境負荷を比較すればよい。Takase, Kondo andWashizu (2005),および本研究 4.2
節のシナリオ分析では,この方法を交通手段のシフト,家電製 品の長寿命化,自炊の外食への振替のシナリオ分析に応用している11)。以下,家計消費ベクトル
X
I,H( )o で現状の消費パターンを表すこととする。また,消費者は「環境にやさしい」と思われる方向に消費パターンを変化させると仮定し,その変化後の家計消費 ベクトルを
X
I,H( )sc と表す。この消費パターンの変化の前後で,総支出額は一般に一致しない。変化 前(上添え字(o)
)と変化後(上添え字(sc)
)の消費パターンが直接・間接に誘発する環境負荷は,(15)
式(2.1
節)より,( ) ( ) ( ) ( )
I,H I,H
o o sc sc
Q = L X , Q = L X (16)
と表される。変化後の支出
X
I,H( )sc の総額と変化前の支出X
I,H( )o が異なる場合,所得に関するリバウン ド効果が考慮されていないため,(16)
式のQ
( )o とQ
( )sc との比較では,どちらの消費パターンがより 低環境負荷であるかに結論を出すことが出来ない。異なる消費パターンをそれらが誘発する環境負荷の観点から評価するためには,所得に 関するリバウンド効果を
WIO
モデルの家計消費ベクトルX
I,Hに取り込む必要がある。Takase, Kondo and Washizu (2005)
では,新しい消費パターンの支出総額が変化前の支出X
I,H( )o の総額と11) リバウンド効果を考慮した実証分析としては,応用一般均衡モデル(
CGE: computable general equilibrium
model)によるものがある(たとえば Grepperud and Rasmussen (2004),鷲田 (2004) など)。消費・廃棄行動に起
因する環境負荷の計測には,物質収支の考慮が本質的である(中村(2003)
)。CGE
モデルでは,CES
型生産 関数やコブ=ダグラス型効用関数がよく用いられるが,これらの生産関数では物質フロー(物質の流れ)が考慮 されていない(中村(2003)
)。一方,本研究の分析は,WIO
モデルを基礎としているため,廃棄物の流れを明 示的に考慮した上で,リバウンド効果の評価を行うことが可能である。一致するよう,以下のように
X
I,H( )sc を調整した。( )
( A) ( )
I,H ( ) I,H
( ) ( )
( ) ( ) I,H
TE TE
TE TE
1 TE
o
sc sc
sc
o sc
sc sc
X X
X
= ×
⎛ − ⎞
= ⎜ + ⎟ ×
⎝ ⎠
(17)
ここで,
TE
( )o は変化前の家計支出総額( ( ) I ( )TE
o n1 ioi=
x
= ∑
),TE
( )sc は変化後の家計支出総額( ( ) I ( )
TE
sc n1 isci=
x
= ∑
)である。変化後の支出総額TE
( )sc が変化前の支出総額TE
( )o の総額よりも小さ い場合,(17)
式の調整により,変化後に余った予算(TE
( )o− TE
( )sc )は,すべての財に新しい消費 パターンに従って比例的に配分することになる。なお,この調整を行うことは,効用関数の相似性を 仮定することに対応する。(17)式で調整した消費パターンX
I,H( A)sc が直接・間接に誘発する環境負荷 は,(16)式と同様に,( A) ( A)
I,H
sc sc
Q = L X (18)
である。
(17)
式の調整法は,所得に関するリバウンド効果を非常に簡単に調整することが出来る。しかしながら,余った予算を変更後のすべての財(
X
I,H( )sc のすべての要素)に比例的に配分してい るため,シナリオ分析で消費額を変化させた財に関しても,シナリオに関係しない財と同様に比例 的に拡大あるいは縮小することになる。たとえば,自家用車の使用を10
%減らすという消費パター ンのシナリオ設定(X
I,H( )sc )を行った場合,そのシナリオ設定にもかかわらず,(17)式の調整(X
I,H( A)sc ) により,変化後の支出総額が低い場合は自家用車移動が現状(X
I,H( )o )比の90%を超えることになる。
反対に,変化後の支出総額が高い場合は,
(17)
式の調整により,現状(X
I,H( )o )比の90%
以下の自 家用車移動となる。以上の問題を解決するため,本章では,以下のように
X
I,H( )sc を調整する。( ) ( )
( *) ( ) ( )
( ) ( )
( ) NO
TE TE
1 TE
sc i
sc o sc
i sc
i
Y i
Y
Y
⎧ ⎪
= ⎨⎛ ⎪ ⎜ + − ⎞ ⎟ ×
⎝ ⎠
⎩
第 財がシナリオ関連財の場合,
その他の場合
(19)
I
( *) ( *) ( *) ( *)
I,H (1) (2) ( )
sc sc sc sc
X = Y + Y + " + Y
n(20)
ここで,