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ムチランの数量的実施状況

ドキュメント内 都市貧困層の社会運動への参加 (ページ 60-64)

第 3 章 都市貧困層向け参加型住宅政策ムチラン

3.2. ムチランの数量的実施状況

ここではサンパウロ市の住宅政策としてムチランを推進したエルンジーナ市政におい て、同政策が実際どのくらい実施されたのかを数量的に確認する[近田2004]。

エルンジーナ市政ではムチラン以外にも様々な住宅政策が実施され、それらは「土地と 住宅供給プログラム(Programa de Provisão de Terra e Moradia)」と「ファヴェーラ・

アクション・プログラム(Programa Ação em Favelas)」の2つに大別される。前者には

「 自 主 監 理 ム チ ラ ン に よ る 住 宅 ユ ニ ッ ト (Unidade Habitacional por Mutirão e Autogestão)」 と い う 名 称 の ム チ ラ ン の ほ か 、「 請 負 業 者 に よ る 住 宅 建 設 (Unidade Habitacional por Empreiteira)」や「コルチッソ対策(Intervenção em Cortiço)」が含ま れる。また、ファヴェーラ対策に特化した後者には、総合的な都市インフラ整備である「フ ァヴェーラ都市整備化(Urbanização de Favelas)」、請負業者や制度監理ムチランまたは 自助建設により住宅を建設する「ファヴェーラの住宅建設(Unidade Habitacional em Favela)」、部分的な都市インフラの整備である「ファヴェーラ改善(Melhorias em Favelas)」などが含まれる48

これらの住宅政策のうち主要なものについて、エルンジーナ市政が終了した 1992 年の 11月時点の実施状況をまとめたのが表3.2.Aである。エルンジーナ市政では約12,000戸 の住宅をムチランで建設することが目指されたが、主要住宅政策全体に対するムチランの

割合は14.1%であり、数量的に必ずしも主要な住宅政策ではなかったことがわかる。また、

エルンジーナ市政終了時にムチランにより完成した住宅数は、当初目標の約 12,000 戸の 5.6%で、84.3%が建設途中、10.1%は建設作業に入る前の計画段階または計画予定の状態 であった。特に完成率に関して、部分的な都市整備である「ファヴェーラ改善」は数値が 高いが、ムチランのそれは1桁台であり、0.0%だったコルチッソ対策に次いで低い完成率 に止まった。

48 [Ferreira1998:15-19] 及び[PMSP n.d.,a]。これらの文献においてムチランの名称は

「Unidade Habitacional por Mutirão」となっており「Autogestão」が付されていない。しか し、Bonduki [2000:41]では「Autogestão」が付した名称で紹介されており、政策の内容が明 らかに「自主管理」を行うムチランであることから、ここでは混乱を避けるために「Autogestão」

を付して記述する。

表3.2.A エルンジーナ市政の主要住宅政策の実施状況とムチランの割合:1992年11月時点 (単位:戸)

政策 完成 割合

% 建設中 割合

計画の 段階/予定

割合

% 合計 割合

% ムチラン 654 5.6 9,865 84.3 1,180 10.1 11,699 14.1 請負業者による住宅建設 3,749 26.1 10,588 73.9 - - 14,337 17.2 コルチッソ対策 0 0.0 481 32.8 987 67.2 1,468 1.8 ファヴェーラ都市整備化 5,869 14.2 21,288 51.5 14,141 34.2 41,298 49.6 ファヴェーラの住宅建設 248 13.9 1,293 72.4 244 13.7 1,785 2.1 ファヴェーラ改善 10,610 83.9 2,033 16.1 - - 12,643 15.2 合計 21,130 25.4 45,548 54.7 16,552 19.9 83,230 100.0

(出所)PMSP [n.d.,a] のV.3.1.2.- Unidade Habitacional por Mutirãoをもとに筆者作成。

エルンジーナ以降、サンパウロ市ではマルーフィ(1993~96年)とピッタ(1997~2000 年)という労働者党ではない右派系の政治家が市長に就任した。両市長は都市貧困層向け 住宅政策として、前述したシンガポール・プロジェクトを推進したため、ムチランのほとん どが中断された。こうした中、ムチランに参加した住民組織により「ムチラン・フォーラム

(Fórum dos Mutirões)」が結成され、プロジェクト再開のため市政府と交渉を繰り返し た結果、ピッタ市政になりムチランが一部再開されることとなった。その後、再び労働者 党によるスプリシ(2001~04 年)市長が誕生し、エルンジーナ市政時ほど積極的ではな いがムチランが実施された[Arantes 2002:188, Bouduki 2000:53]。

2002年9月時点でのムチランの実施状況を地区別にまとめたのが表3.2.Bである。合計

の12,281戸はエルンジーナ市政時にプロジェクト契約を締結した数で、そのうちの51.6%

と半数以上が建設作業を終了し、24.9%の住宅が建設作業の最終段階にあり、既に住民が 入居していた。一方、ほぼ10年が経過した後でも9.7%の住宅が依然として建設または計 画の途中で、13.9%の住宅は建設が中断されたままであった。また、ピッタ市政で新たに

約2,000 戸のプロジェクト契約が締結され、総合計で約 14,000 戸の住宅建設がムチラン

により進められていた。

表3.2.B ムチランによる住宅建設地区別実施状況:1989年~2002年9月(単位:戸)

地区 中心部 東部 北部 西部 南東部 南部 全体

合計1 0 6,460 1,252 1,916 486 2,167 12,2813 割合:対全体 0.0% 52.6% 10.2% 15.6% 4.0% 17.6% -

完成 0 4,384 250 462 27 1215 6,338

割合:対合計 0.0% 67.9% 20.0% 24.1% 5.6% 56.1% 51.6%

最終段階(入居済) 0 974 802 837 200 239 3,052

割合:対合計 0.0% 15.1% 64.1% 43.7% 41.2% 11.0% 24.9%

建設・計画中 0 793 0 10 200 186 1,189

割合:対合計 0.0% 12.3% 0.0% 0.5% 41.2% 8.6% 9.7%

中断 0 309 200 607 59 527 1,702

割合:対合計 0.0% 4.8% 16.0% 31.7% 12.1% 24.3% 13.9%

新規2建設・計画中 0 460 0 514 100 924 1,998

総合計 0 6,920 1,252 2430 586 3091 14,279

割合:対全体 0 48.5% 8.8% 17.0% 4.1% 21.6% -

(出所)サンパウロ市政府の住宅・都市開発局(SEHAB)局長秘書(当時)のセンテーノ

(Anaclaudia Centeno)氏作成データをもとに筆者作成。

(注)1 エルンジーナ市政時にプロジェクト契約を締結した戸数。

2 ピッタ市政時にプロジェクト契約を締結した戸数。

3 表3.2.Aの数値と異なる。各データにより数値が異なるが、ほとんどが12,000戸近辺

であることからそのまま記載。

このムチランの数量的実施結果は、当時のサンパウロ市における貧困層の住宅需要のど れくらいに相当したのであろうか。ムチランを実施したエルンジーナ政権が、発足当時に 認識していたサンパウロ市の貧困層の住宅需要49と比較してみる。この住宅需要は 1990 年にエルンジーナ政権が行った調査をもとに算出され、その対象は平均世帯月収が最低賃 金の1~8倍50、かつ、コルチッソやファヴェーラなどの劣悪な賃貸住宅に居住する家族と される。そして、これに該当する家族数を「潜在住宅需要(demanda potencial)」と定義 している(表3.2.C)。この潜在的に住宅を必要とする家族数は全体で約100万家族であり、

当時のサンパウロ市に居住する全家族数の約35%に相当する。地域的には東部で潜在的住 宅需要およびコルチッソなどの割合が高く、南部ではファヴェーラが多くなっている。

49 PMSP[n.d.,a]のⅡ.1-Caracterização da Demanda de HABI。

50 所得を基準として都市貧困層を定義する場合、最低賃金の4倍を基準にすることが多いが、

ここでは1980年代に実質賃金が低下したことを考慮に入れ、基準を最低賃金の8倍まで広げ、

「潜在的な」住宅需要を算出している。

表3.2.C サンパウロ市地区及び居住形態別の貧困家族潜在住宅需要:1990年(単位:家族)

地区 中心部 東部 北部 西部 南東部 南部 全体*

ファヴェーラ 86 43,090 10,622 42,860 15,879 80,264 192,801 割合:対全体 0.0% 22.3% 5.5% 22.2% 8.2% 41.6% 6.8%

コルチッソ等 60,460 292,229 88,465 152,400 107,332 94,850 795,736 割合:対全体 7.6% 36.7% 11.1% 19.2% 13.5% 11.9% 28.1%

合計 60,546 335,319 99,087 195,260 123,211 175,114 988,537 割合:対全体 6.1% 33.9% 10.0% 19.8% 12.5% 17.7% 34.9%

(出所)PMSP [n.d.,a] のⅡ.1.1.- Programa de Provisão de Moradiaをもとに筆者作成。

(注)*全体の割合は、サンパウロ市全家族数(2,835,332家族:1991年のIBGEによる人口 センサス)に対するもの。

このサンパウロ市の潜在住宅需要と、ムチランの2002 年9月までの数量的実施結果を 比較したものが図3.2である。エルンジーナ政権が認識していた潜在住宅需要に対し、ム チランが実施されたのは僅か1.44%で、最終的にムチランにより自らの住宅を完成できた

家族は同 0.64%のみであった。また、エルンジーナ政権が当初目標としていた約 12,000

戸というムチランによる住宅供給数も、潜在住宅需要の1.21%と非常に限られたものであ った。つまりムチランは実施状況や政策計画の点から、数量的に決して大規模な展開を意 図した政策ではなかったといえる。なお地域的には、潜在住宅需要の高い東部やファヴェ ーラの多い南部の住宅需要を相対的に満たしているが、実施率と完成率のギャップに地域 的な差異が見られる。

図3.2 地区別ムチランの対潜在住宅需要実施率及び完成率

(出所)表3.2.B及び表3.2.Cをもとに筆者作成。

0.0%

0.5%

1.0%

1.5%

2.0%

中心部 東部 北部 西部 南東部 南部 全体

対潜在的住宅需要ムチラン完成率 同実施率

0.64%

1.44%

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