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シンガポール・プロジェクトにおけるエンパワメント

ドキュメント内 都市貧困層の社会運動への参加 (ページ 97-104)

第 4 章 都市貧困層のエンパワメント

4.3. シンガポール・プロジェクトにおけるエンパワメント

本節では、ムチランと同様に住民組織を活用するが、政府が組織化を行う点でよりトッ プ・ダウン型の住宅政策であるシンガポール・プロジェクトを対象に、都市貧困層のエン パワメントを分析する。その際、制度論的アプローチによりシンガポール・プロジェクト の政策スキームを明らかにしながら、ムチランのケースと同じく、政策実施プロセスにお ける資源へのアクセス様態を明らかにする。そして、シンガポール・プロジェクト独自の

(反)エンパワメントを提示し、同政策における都市貧困層のエンパワメントのメカニズ ムについて考察する[近田2006]。

4.3.1. シンガポール・プロジェクトにおける資源へのアクセス

シンガポール・プロジェクトのアクターは、都市貧困層であるファヴェーラ住民、サン パウロ市政府、民間建設会社の 3 者である。ただし後述するように、民間建設会社による 集合住宅が完成した後、ファヴェーラ住民をメンバーとする住民委員会(comissão)とい う「社会組織」が市政府により結成されることになる。以下、シンガポール・プロジェク トのアクターの役割や実施プロセスについて、各自の資源へのアクセス様態を明らかにし ながら説明する(図4.3.1)。なお、同政策の実施プロセスは約10ヶ月の期間が必要とされ ている。

まず、「政府」であるサンパウロ市政府が、政策対象となるファヴェーラの調査を行い、

シンガポール・プロジェクトの集合住宅に入居する家族を決定する。ファヴェーラの全住 民がプロジェクトの対象に選ばれることもあるが、多くの場合、集合住宅へ入居できるの はファヴェーラ内の約 30%の住民とされる。そして、市政府は対象住民に対してプロジェ クトの説明を行う。このプロジェクト実施前の段階には、約 1 週間の期間が設定されてい る。プロジェクトの用地は、ファヴェーラが存在している不法占拠地であるため、公有地 の場合は問題ないが、私有地の場合には市政府が収用を行ったのち、住民たちに廉価で払 い下げを行う。

次に約 2 ヶ月をかけて、「外部アクター」である民間建設会社が集合住宅の建設を行う。

建設される集合住宅の大半は4階建て以上で、各アパートは広さが約42㎡、2つの寝室と 1つの居間などがあり、最大5人の家族が居住できるように設計されている。バラックなど で造られたファヴェーラのあった場所に 4 階建て以上の集合住宅を建設することで、新た な住宅に必要な敷地はプロジェクト実施前の4 分の1 以下で済むため、残りの土地には道 路などの都市インフラが整備され、住宅完成後には公園や運動コート、駐車場などが設け られる。プロジェクトの対象となった住民は、集合住宅が完成するまでの 6~8 ヶ月の間、

当該ファヴェーラの近辺に市政府が準備した暫定住宅に居住する。この暫定住宅ではトイ レや洗濯場を共同で使用することになっており、暫定住宅に居住する間、住民は他の住民

との共同生活を学習することが期待されている。一方、集合住宅に入居できない住民は、

居住しているファヴェーラの住宅に残ることになるが、プロジェクト実施の際に整備され る上下水道や電気の供給を受けることができる(写真4.3.1)。

(写真4.3.1)シンガポール・プロジェクト。

(2003年11月 サンパウロ市南部で筆者撮影)

集合住宅の完成とともに住民の入居が始まるが、ムチランの場合と異なり、通常どのア パートに入居するかは市政府によって決められる。住民は集合住宅への入居と同時に月々 市政府に住宅建設と土地の費用の返済を開始する。この返済額は最低賃金のほぼ半分で、

25年間の分割払いとなっている。また、集合住宅では管理費を支払わなければならず、こ の費用は最低賃金の1割強に設定されている。返済終了までの25年間の光熱費を除いた住 民の月々の住居費は、最低賃金の約7割弱とされる64。ただし、管理費を支払う余裕のない 住民は後述する住民委員会の活動に参加し、集合住宅の清掃などの作業を行うことで管理 費の支払いの代替とすることができる。

64 最低賃金が112レアルであった1996年10月の時点における月々の返済額は57レアルで、

管理費は17レアルであった(Folha de São Paulo, Implantação do Cingapura, 1996年10月 13日)。

ここまでの段階において、都市貧困層であるファヴェーラ住民たちは、都市インフラの 整備された集合住宅を獲得し、「防御可能な生活空間」と「労働と生計を立てるための手段」

へのアクセスを増加させる。また、のちに返済しなければならないが、市政府が提供する

「資金」へもアクセスすることになる。さらに、暫定住宅での共同生活により「社会ネッ トワーク」へのアクセスも、若干ではあるが増加が期待される。

ここまでのシンガポール・プロジェクトによる住宅建設プロセスにおいて、プロジェク トへの都市貧困層の主体的な参加というものは想定されていない。しかし完成した住宅へ の入居後、集合住宅や共有施設の維持管理をはじめ、住民同士の交流やコミュニティとし ての活動を行うべく、入居住民をメンバーとする住民委員会という「社会組織」が市政府 により結成される。この住民委員会には、集合住宅の維持管理や居住区内の日常的な交流 活動を行うだけでなく、居住区近辺に居住環境改善のためのニーズが存在する場合、市政 府とニーズ充足のための交渉などを行うことが期待されている。一方の市政府内にも住民 たちのニーズに応えるべく、住民委員会に対する窓口や専門の部署が設置され、プロジェ クト終了後も都市貧困層により構成される住民委員会を拠点に、居住環境改善の試みが継 続されることになっている。

都市貧困層はシンガポール・プロジェクトにおいて、市政府の「資金」援助により民間 建設会社が建設する集合住宅という、「防御可能な生活空間」へのアクセスを増加させる。

その際、プロジェクト終了後に住民委員会という「社会組織」が組織されることで、住民 同士の交流をはじめとする「社会ネットワーク」へのアクセスを増やすとともに、住民委 員会をベースとして、市政府の提供する「知識と技能」、「適正な情報」、「労働と生計を立 てるための手段」という資源へもアクセスできる。ただし、住民委員会は住民の自発的な 意志にもとづいているのではなく、市政府の「政府による行動」により結成される。また ムチランのケースとは異なり、プロジェクトの対象となる都市貧困層は社会運動などによ り事前に組織化されている人々ではない。そのため、集合住宅などの組織的な維持管理の 知識や経験が不十分であったり、住民間にモチベーションの差があったりするなど、住民 委員会の活動は必ずしも持続可能性が高いとはいえない[PMSP n.d.,c, Krahenbuhl 1996, Pereira 2001]。

図4.3.1 シンガポール・プロジェクトのプロセスと資源へのアクセス

4.3.2. シンガポール・プロジェクトの(反)エンパワメント・モデルとメカニズム

シンガポール・プロジェクトにおける資源へのアクセス様態に対して、ムチランと同様

にFriedmannの(反)エンパワメント・モデルを援用し、シンガポール・プロジェクト独

自のエンパワメント・モデルを提示する(図4.3.2)。そしてこのモデルをもとに、同政策に おける都市貧困層のエンパワメントを分析する。

民間建設会社(外部アクター)

住宅建設 ① ⑦

サンパウロ市政府(国家・政府)

インフラ整備・用地提供・仮設住宅提供 ① ⑦ 資金提供 ⑧、対象の選定

入居後の居住環境改善支援 ① ③ ④ ⑦ (1)調査・選定

(3)住宅建設

(2)建設依頼 資金

(4)返済

①防御可能な生活空間 ②生存に費やす時間以外の余剰時間

③知識と技能 ④適正な情報 ⑤社会組織 ⑥社会ネットワーク

⑦労働と生計を立てるための手段 ⑧資金

住民委員会 ⑤ 入居後の維持管理および 居住環境改善 ① ③ ④ ⑥ ⑦

(3)インフラ整備

(出所)筆者作成

(5)要請 ファヴェーラ住民

仮設住宅入居 ⑥ 返済 ⑦ ⑧

(6)支援

図4.3.2 シンガポール・プロジェクトの(反)エンパワメント

シンガポール・プロジェクトの入居対象となる都市貧困層は、劣悪な居住環境ではある がファヴェーラという居住場所をすでに有しており、最低限の「防御可能な生活空間」を 確保している。また、同資源の対極にある「生存に費やす時間以外の余剰時間」に関して も、最低限は確保できているといえる。なぜなら、集合住宅への入居対象者選別の際には、

入居後に発生する返済の履行能力の有無が基準のひとつになり、この基準を満たす条件に

「生存に費やす時間以外の余剰時間」も含まれるからである。

「政府」であるサンパウロ市政府による用地提供と都市インフラ整備、および、「外部ア 防御可能な

生活空間 資金

社会ネットワーク

適正な情報

生存に費やす 時間以外の

余剰時間

労働と生計を立てるた めの手段 知識と技能

社会組織

政府による行動

政治的エンパワメント 個 人

外部アクターによる行動 自信

信頼 愛着心

連帯感

社会的エンパワメント

心理的エンパワメント 経済的エンパワメント 相 対 的 貧 困

(出所)筆者作成

「意識化」や「気づき」の領域

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